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Vol.44 中途半端な些末主義、 出河雅彦「ルポ 医療事故」(朝日選書)を読んで

医療ガバナンス学会 (2011年2月22日 06:00)


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中途半端な些末主義、 出河雅彦「ルポ 医療事故」(朝日選書)を読んで

鹿鳴荘病理研究所 広島大学名誉教授
難波紘二
2011年2月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


朝日新聞の出河雅彦氏が書いた『ルポ 医療事故』(朝日選書)の「解剖」をやっと終えた。結論から言うと、こんな本になんで「科学ジャーナリスト賞」が与えられたのか不思議でならない。

一般に書物とは、執筆者の脳の中に蓄えられた思想や物語や事実の組み合わせについて、執筆者に特徴的な語彙や文体で記述したものである。平たくいえば書物が 執筆者の脳のアウトプットであるなら、書物の分析を通じて執筆者の脳の構造と機能を探ることが可能である。

昨年10月15日「朝日」の「がんペプチドワクチン」に関する記事の不可解さを説明するのに、「謀略説」が出されている。中村祐輔氏か、オンコテラピー 社と利害が相反する立場にある個人か製薬会社が背景にいて、出河・野呂両記者に問題の記事を書かせたというものだ。ある事件がある個人または組織の陰謀に より起こされたと考えるものの見方を「謀略史観」という。雑誌『正論』などによく載っている意見だが、荒唐無稽で歴史的実証に耐えないものが多い。

私は「謀略説」は採らない。代わりに出河氏の著書を「病理解剖」して、彼があのような記事を書かざるを得なかった理由を説明することを試みたい。「病理 診断科」は標榜科として認められたが、あれは病理診断が臨床的治療にもっとも直結しているからで、病理診断そのものは病理学という大きな学問のほんの一部 である。「出河という病気」がどのように成立し、どのように振る舞い、どのように害を与えるか、それを解明するのが本来の病理学である。

本書の構成は以下の通りだ。多くは情報開示請求により、調査報告書、検事面接調書、公判記録、鑑定書等を入手し、事件を再検証している。

1)「京大病院エタノール誤注入事件(2000/2)」(薬液を間違えた看護師に禁固10ヶ月猶予3年)
2)「都立広尾病院ヒビテン静注事件(1999/2)」(警察への届出を怠った院長に懲役1年猶予3年, 事故を起こした看護師に禁固1年猶予3年)
3)「埼玉医大病院抗癌剤誤投与事件(2000/10)」(抗癌剤投与量を間違えた耳鼻科医師に禁固2年猶予3年, 教授に禁固1年猶予3年,指導医にも同じ量刑)
4)「慈恵医大青戸分院腹腔鏡下前立腺手術事故(2002/11)」(手術した3人の泌尿器科医に、それぞれ禁固2年6ヶ月猶予5年, 禁固2年猶予4年, 禁固1年6ヶ月猶予4年)
5)「名古屋大学病院内視鏡手術大動脈損傷事故(2002/8)」(警察立件せず)
6)「大阪大学病院手術室空気静注事件(2003/3)」(警察立件せず)
7)「東京医大4連続医療事故(2003/3〜2004/1)」(警察立件せず)
8)「東京女子医大病院心臓手術事故(2001/2)」(心臓外科医に懲役1年猶予3年, 麻酔医は無罪)
9)「福島県立大野病院産婦人科事件(2004/12)」(産婦人科医に無罪判決)
10)パロマ瞬間ガス湯沸かし器不調事件(死者15人)
11)時津風部屋事件
12)「医療事故調査の課題」、「日本の死因救命の問題点」という総括的な2章

「朝日」連載の記事をまとめたものと思われるが、「まえがき」にも「あとがき」にも、本書の目的や成り立ちについての記載がない。引用文献も索引もな い。人名の表記も恣意的で、実名、仮名、記号A, Bが混在しており、著しく公平性を欠く。死んだ患者の遺族の取材は十二分に行われているが、加害者(業務上過失致死罪)となった医師の言い分やその後につ いてはほとんど取り上げられていない。

例えば都立広尾病院事件では、整形外科で関節の手術を受けた女性患者が、点滴用の静脈針が詰まらないように抗凝固剤ヘパリン生塩水の注射(10ml)を 受けるところを、看護師の過ちで皮膚消毒薬ヒビテン・グルコネート(10ml)を注射されたために、皮膚の表在静脈炎を起こし、多発性血栓を生じ、これに より多発性肺栓塞症が生じ、急性循環不全が生じ死に至ったものだ。

「ヒビテン」はクロルヘキシジン塩酸の商品名で、5%液と20%液が大日本住友製薬から市販されている。通常20%溶液が皮膚消毒用として用いられるか ら、10mlに2gmのヒビテンが含まれていたと推定される。ヒビテンは強毒性で、マウスでのLD50は静注の場合22mg/Kgであるから、2gmのヒ ビテンを静注すれば体重100Kgの人間の半数を殺すことができる。体重50Kg程度の女性患者がほとんど即死したのも当然である。

ところが出河記事には「ヒビテン」がどういうものか、どうして死体の腕に赤黒い血管走行が認められたのか、一切説明がない。クロルヘキシジン塩酸の毒性について知識を持たないで記事を書いている証拠である。

この事件では、「異状死」を警察に届けなかったとして病院長や主治医が起訴されている。昭和23(1948)年制定の「医師法」第21条に「医師は、死 体又は妊娠4ヶ月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届けなければならない」という規定があるのを利用している のである。

後に東大公衆衛生学の教授になった山本俊一が「浮浪者収容所記」(中公新書)に記しているように昭和20年末から21年にかけて住所不定の浮浪者が大都 市に溢れた。彼らは食料の配給が受けられなかったから、上野駅の地下道や公園で餓死者や病死者が多発した。見かねてGHQ厚生課が指導して21年4月1日 から死因究明のための「監察医務院」の設置を命じた。新医師法の制定はその2年後であり、巷にはまだ「異状」死体が溢れていた。だから第21条に「異状死 体の24時間以内の警察への届け出義務」が課されたのである。

出河記者は「24時間以内」に何度も言及しているが、その理由は説明していない。「24時間以内」の根拠はこうである。「墓地埋葬法」(昭和 23.6.1施行)第3条により、死亡診断書記載の死亡時刻より24時間すぎると管轄役所の発行する「火埋葬許可証」により、死体の火葬が可能となる。火 葬されれば「異状」死体が消滅してしまう。これを防ぐために医師法第21条が存在するのである。

従って、この医師法第21条にいう「異状」とは本来的には、「死体に関する法医学的な異状」を意味すると解釈されていた(昭和44.3.27,東京地裁 八王子支部判決)。もっともこの判決にも、「当該医師が病院を経営管理し、自ら診療中である患者の死体を検案した場合であっても同様である」というあいま いな表現が見られる。この点、「死体解剖保存法」(昭和24.6.10施行)第11条の規定は明解で、「死体を解剖した者は、その死体について犯罪と関係 のある異状があると認めたときは、24時間以内に、解剖をした地の警察署長に届け出なければならない。」となっている。つまり、病理解剖を行った病理医が 観察した病変を「犯罪と関係のある異状」と見なすかどうかが、届け出るかどうかのカギを握ることになる。

医療事故で医師や看護師が逮捕され刑事罰を科されるようになったのは、上記2.「都立広尾病院ヒビテン静注事件(1999/2)」(警察への届出を 怠った院長に懲役1年猶予3年, 事故を起こした看護師に禁固1年猶予3年)が最初である。以後堰を切ったように医療事故への司法介入が激しくなった。

この事件は、死亡した患者が看護師であり、看護学校の教員であったこと、実妹も看護師であったこと、実妹の夫は元都職員で広尾病院の事務に務めた経験があったこと、病院長が事故の起こった整形外科の出身であったことなど、特殊な要因が重なっていた。

この事件では遺族側に十分な医学知識と法知識があった。病院側も病理解剖を行い、ヒビテン誤注の可能性が高いことを認識していたが、内部検査で血液、臓 器から薬物を検出できなかったこともあり、遺族を満足させる説明もできず、警察への届出も遅れた。結果として遺族は被害届を出し、テレビに通報し、病院側 を告訴した。裁判はマスコミを味方に付けた遺族側の勝訴に終り、これが医療事故を刑事裁判で追求する糸口となった。警察も検察も判事もマスコミに煽られ た。

医師法第21条の「警察への通報義務」が「医療事故の可能性のある事例」にまで及ぶと知って医療界もパニックに陥った。入院中の暴力団組長が、対立する 暴力団の組員に射殺されたといった事例ならともかく、想定外の突然死をすべて警察に届けるというのは非現実的である。約5年間医療側はメディアと患者と司 法に押されっぱなしであった。医療事故が起こると主治医が悪者にされた。

この傾向に変化の兆しが見えたのは、
1) 2004年の新研修医制度導入による大学医局への派遣医の呼び戻し、それに伴う医師不足による僻地医療の崩壊
2) 「福島県立大野病院産婦人科事件(2004/12)」をきっかけとする医学会からの批判。ことに「医療崩壊」という流行語を生んだ虎の門病院泌尿器科小松 秀樹医師による同名の著書(朝日新聞社, 2007)の影響が大きい。同氏は「医療における罪の明確な定義なしに、医師に刑事罰を科すと医療を壊すことになりかねない」と明瞭に主張した。小松氏ら の言論のお陰で、県立大野病院産婦人科事件では、帝王切開に続いて前置癒着胎盤の剥離術を行う過程で、妊婦を死なせた執刀医は無罪となった。

いま国民は小松氏の述べた「医療崩壊」とか「立ち去り型サボタージュ」の意味がやっとわかりつつあるところである。患者の権利ばかり主張して、大した病 気でもないのに病院に時間外受診を繰り返していると、やがて医者が疲労困憊して嫌気がさして辞めてしまう。後に来る医者はいない。当直の負担は残った医者 にかかってくるから、これもやがて辞める。かくて病院は閉鎖、無医地区が新たにひとつ生まれる。

これは僻地の病院に限らない。大都市でも公的病院では部長クラスの会議数、事務量が著しく増えている。臨床医としての腕は落ちるばかりである。このような状況に絶望して、開業したり私立病院に転じる中堅も後を絶たない。「医療崩壊」は進行中である。

医師と患者の関係を対等な「診療契約」関係にあるととらえるのは、理念としては正しい。ただしそれは「料金を払うから、私の病気をなおして」という通常 の商行為ではない。医師は患者に備わっている自然治癒力を、薬や手術を通じて助長するだけであり、厳密には病気を治すのは患者自身である。糖尿病患者の 60%が処方された薬をちゃんと飲んでいないという。だから糖尿病患者は増える一方である。「医道」があるなら「患者道」もあるべきだ。

「医療事故」の中には患者の側に責任があるものもある。しかしこの出河氏の本では病院側に全面的責任があるものばかりが取り上げられている。これはフェ アーではない。さらに、患者側が積極的に警察に届けたり、告訴したり、マスコミに訴えた例が取り上げられ、まるで参考にしろとばかり、そのプロセスが微に 入り細に入り記述されている。

しかしこの不幸な出来事から、何を学ぶか、再発を防ぐためにどのような仕組みが必要か、それについての提言はない。厚労省などで検討されている案を紹介するだけである。取材に精力を注いだ割には本質的事柄が書いてない。「中途半端な些末主義」と呼ぶゆえんである。

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