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Vol.42 データの積み重ねによ​って進歩したイレッサ​治療

医療ガバナンス学会 (2011年2月20日 06:00)


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PMDAと医療現場の専門家の意見交換が有効性・安全性確立に不可欠

医師 村重直子
2011年2月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

イレッサ国家賠償訴訟について、1月7日、東京、大阪両地方裁判所が和解勧告を出し、1月28日に国はこれを拒否しました。裁判のことは当事者ではなく分かりませんが、薬の承認に関する専門家であるはずの独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)としての見解が伝わってこないため、一国民として大きな不安を感じます。PMDAは法務部や広報部を設置するなどして、裁判や国会対応、メディア対応などを担える人材を用意し、国民への説明責任を果たすべきでしょう。

本稿では、医師として論文や審査報告書などから事実関係を追ってみました。皆さんが今回の件について考える上での一つの材料になれば幸いです。

1.承認時(2002年)の状況

イレッサ(一般名:ゲフィチニブ)は、2002年1月25日に申請され、同年7月5日に、「手術不能又は再発非小細胞肺癌」に承認されました。承認時点での状況や、審査を行った医薬品医療機器審査センター(2004年4月以降、PMDA)の判断は、「審査報告書」としてPMDAのホームページに掲載されています[1]。

審査報告書に記載がある通り、非小細胞肺癌は、診断時に既に手術できないほど進行している場合が多く、そのような患者さんの5年生存率は約1%と極めて予後不良でした。進行期の非小細胞肺癌に対する治療は、プラチナ系抗がん剤を含む抗がん剤治療が、標準的な一次治療とされており、一次治療後に進行した患者さんの治療(二次治療以降)の開発が望まれていました。

二次治療以降で用いる抗がん剤の選択肢は当時もありましたが、その治療成績は決して満足できるレベルではありませんでした。加えて、従来の抗がん剤はがん細胞だけでなく正常細胞も殺すため、患者さんは骨髄抑制などの生命に関わる副作用や、吐気・嘔吐、脱毛などの副作用に苦しんでいました。

そこで、従来の抗がん剤とはメカニズムが違う、イレッサのほか、慢性骨髄性白血病などに対するグリベック(イマチニブ)などの分子標的治療薬や、乳がんに対するハーセプチン(トラスツズマブ)などの抗体薬が、世界的に注目されていました。

このような背景の中、イレッサ単独投与による日本人および外国人の進行非小細胞肺癌患者(化学療法による既治療例)を対象とした第II相国際共同臨床試験が行われ、奏効率(腫瘍が縮小した人の割合)は18.4%(19/103)であり、そのうち、日本人における奏効率は27.5%(14/51)、外国人における奏効率は9.6%(5/52)でした。また、米国におけるイレッサ単独投与による進行非小細胞肺癌患者(2回以上の化学療法による既治療例)を対象とした第II相臨床試験の結果、2001年8月時点までの集計において、奏効率は11.8%(12/102)でした。

日本と海外での奏効率がそれぞれ27.5%(14/51)、9.6%(5/52)と大きく異なっていることについて、患者背景の違いなどのデータに基づいた考察が審査報告書(1)に詳しく述べられています。例えば、国内の方が腺癌の症例が多く(国内76.5%:海外50.0%)、Performance Status(0、1 と2)のうちPS2の症例(身体機能の悪い症例)が少ない(国内8.8%:海外16.7%)こと、本薬の治験に登録する前の治療歴が、国内外での前治療(本薬の治験に登録する前の治療)期間の中央値はそれぞれ8.5週、18.0週であり、海外症例の方が国内症例の倍以上の期間、前治療を受けていたことなどを挙げ、海外での250mg群における9.6%の奏効率は、「必ずしも本薬の有効性を否定するものではない」と判断しています。加えて、この第?相国際共同臨床試験に登録された患者群よりもさらに病態の進んだ症例を対象とした(三次治療薬としての)米国の第?相試験での奏効率11.8%(12/102例)も、「本薬の臨床的有用性を支持するものである」と書かれています。

日本人の奏効率が海外での奏効率よりも良いというデータが示される状況の中で、日本は世界に先駆けてイレッサを承認しました。日本が世界で初めて承認するのは、極めて稀なことです。

安全性についても、膨大なデータとそれに基づく考察が、詳細に「審査報告書」(1)に述べられています。その中で、間質性肺炎については、上記の第II相国際共同臨床試験に登録した国内症例のうち2例、別の臨床試験の国内症例のうち1例に発症しています(分母の人数は不明)。審査報告書には、「間質性肺炎の発症に本薬が関与している可能性は否定できないと判断しており、本薬と間質性肺炎との関連性については、今後も市販後調査等を踏まえ慎重に検討していく必要がある」として、メーカーに対する承認条件は次のように書かれています。

【承認条件】

(1) 非小細胞肺癌(手術不能又は再発)に対する本薬の有効性及び安全性の更なる明確化を目的とした十分なサンプルサイズを持つ無作為化比較試験を国内で実施すること。

(2) 本薬の作用機序の更なる明確化を目的とした検討を行うとともに、本薬の薬理作用と臨床での有効性及び安全性との関連性について検討すること。また、これらの検討結果について、再審査申請時に報告すること。

また、間質性肺炎については、一般的にかなり多くの抗がん剤で起こりますし、抗がん剤でなくても間質性肺炎が起こる薬もたくさんあります。間質性肺炎は発見も治療も難しく、死に至ることも多いのは医師の皆さんご存じの通りです。間質性肺炎などが添付文書に記載されている薬は、例えば、抗がん剤を中心に、比較的よく使われるものを見ても、エルロチニブ(タルセバ、間質性肺疾患4.5%)、ボルテゾミブ(ベルケイド、間質性肺炎2.9%)、イマチニブ(グリベック 間質性肺炎5%未満、肺線維症 頻度不明)、レフルノミド(アラバ、間質性肺炎 頻度不明)、イリノテカン(間質性肺炎 頻度不明)、メルファラン(アルケラン、間質性肺炎1.9%、肺線維症 頻度不明)、ゲムシタビン(ジェムザール、間質性肺炎1.0%)、ドセタキセル(タキソテール、間質性肺炎0.6%、肺線維症0.1%未満)、パクリタキセル(タキソール 間質性肺炎0.5%,肺線維症 頻度不明)、ブレオマイシン(ブレオ、間質性肺炎・肺線維症10%)、ビノレルビン(ナベルビン、間質性肺炎1.4%)、メソトレキセート(メソトレキセート、間質性肺炎、肺線維症 いずれも頻度不明)、インターフェロンα(スミフェロン、間質性肺炎0.1~5%未満)などがあります。

つまり、特別にイレッサが他の薬剤よりも間質性肺炎を起こす確率が高いことを示すデータは、承認時には見当たりません。それでも、重大な副作用だから注意喚起しておこうということで、承認時の添付文書の「(1)重大な副作用」の欄に「4)間質性肺炎(頻度不明)」と記載されたのでしょう。

「審査報告書」を読めば、イレッサの安全性・有効性の検討は、承認した段階で終了ではなく、承認後も市販後調査等を続け、慎重に検討していく方針であったことが分かります。イレッサに限らず、世界的にも、特にがんのような死に至る病気で残された時間が少ない中、薬を待ち望んでいる患者さんが、できるだけ早く薬を使えるようにするために早期の段階で承認し、市販後の臨床試験や安全対策を重視してさらなるデータを蓄積・検討する方針にシフトしてきています。米国食品医薬品局(FDA)も、重大な病気の薬を速く開発し、早く使えるようにすることには、皆が関心を持っており、他に治療薬がなく初めての薬である場合や既存の治療よりもメリットが大きい場合は特にそうであるとして、速く承認する道を用意しています[2]。日本も例外ではありません。

2.承認後

2002年7月5日に承認、8月30日に保険収載されましたが、承認から約3カ月後の10月15日に、厚労省から緊急安全性情報が出されました[3]。この冒頭部分に「本年7月16日の発売以降10月11日まで(推定使用患者数およそ7000人以上)に本剤との関連性を否定できない間質性肺炎を含む肺障害が22例(うち本剤との関連性を否定できない死亡例が11例)報告されています」と書かれています。

厚労省が発表したグラフ[4]を見ると、保険収載の後にイレッサの使用量(推定延べ患者数)が増え、ほぼ同時期に急性肺障害・間質性肺炎の報告数が増えたであろうと思われます(厚労省のグラフは報告日別集計ではありませんが)。それまでは、特別にイレッサが他の薬剤よりも間質性肺炎を起こす確率が高いことを示すデータはなかったようですから、承認後にPMDAに集まった報告数の急増がきっかけとなって、緊急安全性情報を出したのだろうと思われます。

厚労省は、承認から5カ月以上経った12月25日に、「ゲフィチニブ安全性問題検討会」を開き、間質性肺炎の危険因子を調べる臨床試験開始を含め、いくつかの対策を取りました[5]。

残念なことは、いち早く間質性肺炎の報告数が急増したことを知ったはずの医薬品医療機器審査センター(2004年4月以降、PMDA)が、なぜ自ら迅速に医療現場へ情報提供せず、承認から5カ月以上も厚労省の検討会を待ったのか、という点です。

さらに国が和解勧告を拒否した2011年1月28日、細川律夫厚生労働相が、「医師から副作用について説明を受けずに投与されて間質性肺炎となった患者については『現場の当事者間の問題』として、医師に責任があることを示唆した」(1月29日、日経新聞)そうですが、現場の医師へ責任転嫁する発言をしたことは、極めて遺憾です。PMDAは国民に対しても大臣に対しても、専門家としての説明をしていないのでしょうか。専門的な検証や説明を、厚労省から独立して自ら公開する実力をつけてはいないのでしょうか。

一方、米国FDAの専門家と、現場の専門家が、記者会見や論文などを通して、医学的・科学的な情報交換をしているのとは対照的です。

PMDAが専門家として厚労省から独立し、PMDAからの医学的・科学的情報に、現場の専門家である医師たちが注目し、専門家同士の議論を活発化していくことが、患者さんのより良い治療につながるのではないでしょうか。

その後、厚労省だけでなく、国内外で多くの臨床試験が行われ、副作用頻度などのデータも蓄積されてきました。臨床試験のデータ蓄積と、その情報を正しく速く医師たち・患者たちが共有することの重要性を示しています。

今後も、まだまだ臨床試験などを繰り返して、解明していかなければならない課題もあります。例えばイレッサを使い始める前に、どの患者さんに間質性肺炎が起こりやすいかを予測する方法は、今も確立していません。これまでの臨床試験では、年齢や喫煙などが危険因子ではないかという可能性が指摘されたにすぎず、間質性肺炎が起こりやすい患者さんを事前に見極めて、イレッサを使わないようにする方法はないのです。また、どうすれば間質性肺炎を防げるかも分かっていません。

イレッサについては、副作用の側面が大きく取り上げられていますが、最近になり、有効性を事前に検査できるようになったという側面もあり、稀に見る日本発の画期的な成功例でもあります。”投薬前に遺伝子検査”をすればイレッサが効きやすい人・効きにくい人をほぼ区別でき、その結果、効かない人は副作用リスクを取ってまで内服しなくて済むようになってきました。しかも、海外で確立してから日本へ導入するいつもの「ドラッグラグ」[6]ではなく、日本の医療者たち・患者たちが世界に先駆けて行った研究発表が大きな功績となりました。

日本だけでなく世界的に、「イレッサの有効性は人によって違うらしい」「東洋人、女性、腺癌、非喫煙者などの患者さんに効きやすいのだろうか」という点が、原因不明のまま長らく議論されてきました。世界各地で様々な臨床研究が積み重ねられ、EGFR遺伝子変異がある患者はない患者より有効性が高く、日本人で有効性が高かったのは、日本人でEGFR遺伝子変異の患者が欧米よりも多いからではないかと考えられるようになってきました。

そして、ようやく昨年2010年になって、最終的に決着が付いたと言える研究を発表したのは、日本の2つの研究グループでした。EGFR遺伝子変異がある患者だけを集め、一次治療として、既存の標準的な抗がん剤とイレッサを比較した試験で、それぞれThe New England Journal of MedicineとLancet Oncologyという世界一流の医学誌に掲載されました[7、8]。前者の結果は、腫瘍が増大しない状態での生存期間(無増悪生存)10.8カ月 対5.4カ月、腫瘍縮小した患者の割合(奏効率)73.7%対30.7%で、一次治療において既存の標準治療よりもイレッサの方が有効というデータでした。日本人の手によって、抗がん剤治療の場合、遺伝子変異のある患者には、一次治療で他の抗がん剤よりもイレッサを選択することの有効性を世界に向けて証明したのです。まさに日本発の医療イノベーションの成功例です。

3.まとめ

市販後の安全対策の問題は、ドラッグラグの問題と、実は共通の問題です。重要なのは、PMDAの専門家と医療現場の専門家が、活発に情報交換し議論していくことです。それが、患者さん一人ひとりが薬を使うか否か判断するために必要なことではないでしょうか。

【参考文献】

[1] イレッサ錠 審査報告書 衛研発第2685号 平成14年5月9日

http://www.info.pmda.go.jp/shinyaku/P200200028/67022700_21400AMY00188_110_1.pdf

[2] Fast Track, Accelerated Approval and Priority Review. 米国 食品医薬品局(FDA)ホームページ

http://www.fda.gov/forconsumers/byaudience/forpatientadvocates/speedingaccesstoimportantnewtherapies/ucm128291.htm

[3] 厚生労働省 平成14年12月25日 ゲフィチニブ安全性問題検討会 資料No.6 緊急安全性情報「イレッサ錠250(ゲフィチニブ)による急性肺障害、間質性肺炎について」(平成14年10月)、厚生労働省記者発表資料及び改訂後の添付文書

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/dl/s1225-10g1.pdf

[4] 平成15年5月2日 厚生労働省 ゲフィチニブ安全性問題検討会 資料No.4 厚生労働省に報告されているイレッサ錠使用との関連が疑われている急性肺障害・間質性肺炎の副作用発現状況(平成15年4月22日現在)

http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/05/dl/s0502-1d.pdf

[5] 厚生労働省 平成14年12月25日 ゲフィチニブ安全性問題検討会
http://www.mhlw.go.jp/shingi/2002/12/s1225-10.html
ゲフィチニブ安全性問題検討会における検討の結果について

http://www.mhlw.go.jp/houdou/2002/12/h1225-3.html

[6] 村重直子「薬が承認されるまで~そして承認されない理由」楽天Infoseek 内憂外患 http://opinion.infoseek.co.jp/article/968

[7] Maemondo M, Inoue A, Kobayashi K, et al. Gefitinib or chemotherapy for non-small-cell lung cancer with mutated EGFR. N Engl J Med. 2010;362:2380-8.

[8] Mitsudomi T, Morita S, Yatabe Y, et al. Gefitinib versus cisplatin plus docetaxel in patients with non-small-cell lung cancer harbouring mutations of the epidermal growth factor receptor (WJTOG3405): an open label, randomised phase 3 trial. Lancet Oncol. 2010;11:121-8. Epub 2009 Dec 18.

筆者プロフィール
村重 直子(むらしげ なおこ)
1998年東京大学医学部卒業。横須賀米海軍病院、ベス・イスラエル・メディカルセンター内科(ニューヨーク)、国立がんセンター中央病院を経て、2005年厚生労働省に医系技官として入省。2008年3月から舛添前厚労大臣の改革準備室、7月改革推進室、2009年7月から大臣政策室。2009年10月から仙谷大臣室(行政刷新担当、当時)、2010年3月退職)。現在、東京大学勤務。

※この記事は、m3.comに2011年2月2日に掲載された記事に加筆修正したものです。

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