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Vol.46 薬害イレッサ訴訟について

医療ガバナンス学会 (2011年2月24日 06:00)


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薬害イレッサ訴訟について
薬害肝炎訴訟原告・薬害肝炎の検証及び再発防止のための薬事行政のあり方検討委員会委員
坂田和江
2011年2月24日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


薬害イレッサ訴訟について、医療界からのコメントが少なからず公にされています。「CB医療介護ニュース」には、1月29日と31日の2回にわたって、上昌広先生の「Dr.Kamiの眼~イレッサ和解勧告に思う」というコメントが掲載されました。
しかし、その内容には、薬害イレッサ訴訟について誤解されていると思われる箇所がいくつかありましたので、指摘させて頂きたいと思います。

(1)承認前の間質性肺炎発生数

上先生のコメントでは、承認時点の間質性肺炎の発生数について、「承認時点では155例中3例に間質性肺炎が生じていたに過ぎない」と書かれています。 しかし、公開されているイレッサの審査報告書には、国内の治験133例中3例の発症例のほかに、2002年4月時点で海外での4症例が報告されていること が記載されています。
さらに、訴訟では、国内治験3症例、審査報告書の海外の4症例の他にも、審査報告書作成後に3例の報告があり、承認までに合計10例の報告があったこと が明らかになっています。国も企業もこの発生数を認めていて、訴訟では、承認時点で少なくともこの10例は国と企業は把握していた、という前提で判断され ています。承認時点での間質性肺炎の発生数が国内治験の3例しかなかったかのように書かれている上先生のコメントは、読者の誤解を招きます。

また、訴訟で、原告側は、国と企業が認めている10例以外にも、報告された副作用症例の中に、イレッサによる間質性肺炎の副作用症例と見るべき症例が多 数あったのに、審査で見落としがあったと主張しているということです。これについては国は争っているようですが、これが事実であれば重大な問題だと思いま す。本来は、こういった点についても検討された上でなければ、国の対応が適切であったのかどうかについてのコメントは出来ないのではないかと思います。

(2)治験外症例についての誤解

上先生のコメントは、「東京・大阪地裁は、10月15日の緊急安全性情報まで、間質性肺炎の記載を添付文書の2ページ目『重大な副作用』の欄の4番目と いう目立ちにくい場所に書いていたこと、および個人輸入など治験以外の副作用が検討されなかったことを問題視し、『医薬品の添付文書の記載は不十分だっ た』と断罪したが、これは無理筋だ。」と批判されています。しかし、ここにも、和解勧告について2つの誤解があります。

1つ目は、治験外症例についての誤解です。
上先生のコメントでは「個人輸入など治験以外の副作用」と書かれていますが、和解勧告で指摘されている治験外症例は、全て国内外の EAP(Expanded Access Program)からの症例です。EAPは未承認薬の使用を例外的に認める公的な制度で、アストラゼネカの管理の下で患者へのイレッサの提供が行われてい ます。そのため、アストラゼネカは、EAPで発生した副作用症例を入手して、治験副作用報告制度に基づいて厚労省に報告していました。
上先生が、和解勧告が言っている治験外症例を、患者や医師が勝手に行う個人輸入のことを指しているのだと思われているとしたら、全くの誤解です。

(3)記載の順番だけの問題ではない

2つ目の誤解は、和解勧告が求めている添付文書の記載内容ついての誤解です。
上先生のコメントだけではなく、医療界からのコメントは、和解勧告が、間質性肺炎の副作用を、添付文書の『重大な副作用』欄の4番目ではなく、1番目に書くべきだった、としている点を批判しているものが多いです。
しかし、和解勧告は、重大な副作用欄の1番目に書くべきだということだけでなく、間質性肺炎が致死的なものとなり得ることについても記載すべきだったとしています。

そもそも、訴訟において、国は、イレッサによる間質性肺炎が致死的なものとなりうることは分かっていた、と主張していました。その上で、薬剤性の間質性 肺炎が致死的なものとなりうることは医師なら知っているから、わざわざそのことを明記しなくても良い、というのが国の主張だったようです。しかし、それで は不十分だ、というのが和解勧告の内容です。 実際にイレッサの承認当時の添付文書を見ましたが、素人の私には、これでは死亡の危険性があるとは思わない んじゃないか、と感じられました。
上先生のコメントには、この「致死性をもっとはっきり書くべきだった」という和解勧告の指摘については触れられていません。しかし、これを書かなければ、和解勧告の問題意識は正確に伝わらないと思います。

(4)裁判手続きに関する誤解

上先生のコメントは、和解勧告が出された裁判手続きそのものについても、「薬系技官がもたもたしている間に、裁判官はマスメディア報道を通じて『厚労省 が悪い』という膨大な情報が送られてくる。裁判官がイレッサも肝炎・エイズ同様の『薬害』だと思い込んでも無理はない」、「私は和解勧告を出した裁判官も 無責任だと思う。判決直前になって和解勧告を出したのは、自らの責任で判決を書きたくなかったからだろう」と批判しています。しかし、これは、薬害肝炎訴 訟の原告として薬害訴訟を経験した私からすれば、大変な誤解です。

裁判所が和解勧告を出す以前は、イレッサ訴訟についての報道はとても少なかったと思います。薬害事件に関心を持っている私でも、あまり目にした印象がありません。
マスメディアというのは、そんなに簡単に動いてくれるものではありません。私たちの薬害肝炎訴訟でも、メディアに取り上げてもらえないというのが、提訴 から長い間の原告団・弁護団の悩みでした。大阪、福岡、東京、名古屋と勝訴判決が繰り返されても、大きく取り上げられるのは判決直後の短い間だけでした。 メディアに火がついたのは、厚労省がフィブリノゲン製剤による肝炎感染者が特定できる情報を持っていながら放置していた「418人リスト」の存在が明らか になって以降です。外部の人は、それ以降の報道の盛り上がりだけが印象に残っているので、薬害肝炎は大々的にマスメディアに取り上げられていたと思われる かもしれません。しかし、5年以上も訴訟を闘ってきた私たち原告の実感は違います。ましてやマスメディア報道に影響されて裁判官が勝訴判決を書いてくれた などということは、あり得ません。

実は私たちも、薬害エイズ訴訟がマスメディアに大々的に取り上げられていた、というイメージが残っていて、それと比較して、薬害肝炎は全然ダメだ、と 思っていました。でも、薬害エイズの関係者に聞くと、薬害エイズも長い間マスメディアには相手されず、盛り上がったのは裁判所の和解勧告が出た後だという ことです。
薬害イレッサでも、被告の責任を認める和解所見が出たことによって、一挙にメディアに火がついたというのが実際のところだと思います。だから裁判官に報道を通じて膨大な情報が送られたなどという事実は全くないと思います。
国は訴訟上、膨大な書面等により、最大限の防御活動をしています。もちろん、原告側も同じです。それは、私たち薬害肝炎訴訟も同じでした。裁判所はそれをふまえて判断しています。マスメディア報道で簡単に結論が変わってしまうようなものではありません。
また、このイレッサ事件においても、判決書きも相当な長さになると思います。私たち薬害肝炎訴訟の時も同じでした。そういう場合、裁判所は判決書の作成 もかなり早くから始めていて、和解勧告が出た1月7日の時点では、判決書はほぼ完成しているはずだということです。判決を書きたくないから和解勧告という ことはありえないのではないでしょうか。

(5)賠償額に関する誤解

上先生のコメントでは、「イレッサの賠償金も数千億円になるだろう」、「納税者として納得できない」とも述べられています。
この賠償額についても、大きな誤解があります。
薬害イレッサ訴訟での死亡患者遺族の請求額は3300万円ですが、イレッサによる副作用死亡者の数は、薬害肝炎やB型肝炎の被害者数と比べたらはるかに 少なく、しかも和解勧告が国とアストラゼネカの責任を認めているのは2002年10月15日以前に投与された患者のみとなっています。
2002年10月15日以前に間質性肺炎で亡くなった被害者は、国への報告数で162名です。実際には原告の請求通りの賠償額が認められる例はほとんど 無いことや、賠償金は主に企業側が負担するのが通例であることなども考えると、国が負担する賠償額は、上先生のコメントで言われている「数千億円」より2 ケタは少なくなるのではないかと思います。

最後に

今回、上先生のコメントについて指摘させていただきましたが、このコメントに限らず、今回の問題で私が目にした医療界からのコメントについても、色々と考えましたが、訴訟について正確に理解した上で書かれたものが無いように思われます。
将来、抗がん剤による治療を受けるかもしれない立場として、このイレッサ訴訟は他人事とはいえないものであり、医師と力を合わせてがんに立ち向かう患者 にとって、最も大事な薬や治療内容に対する正しい情報の提供とそれに基づく患者のアドヒアランスの確保が将来のがん治療には欠かせないものではないかと思 います。
薬害イレッサ事件に関する正しい情報を関係者だけでなく、多くの皆様方に知っていただきたく、意見を述べさせていただきました。
2月25日と3月23日の判決がどのような結果となるにしても、薬害イレッサの訴訟が一つの契機となって、抗がん剤と薬害、そしてがん治療における抗が ん剤の副作用の問題に関する医師、患者、学会、国、そして企業等の関係が新しくなることを、イレッサによりなくなられた多くの被害者並びにそのご家族とと もに祈りたいと思います。

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