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Vol.24131 出産費用の保険適用に関する法的論点の整理

医療ガバナンス学会 (2024年7月9日 09:00)


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この原稿は月刊集中7月末日発売号に掲載予定です。

井上法律事務所所長、弁護士
井上清成

2024年7月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.政府与党と業界団体の動向
現在、政府与党の主導で、出産費用の保険適用に向けた作業が進められている。政府の中心は厚生労働省保険局(伊原和人局長)とその保険課(山下護課長)であり、与党の中心は「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟(会長 小渕優子衆議院議員、事務局次長 国光あやの衆議院議員)」、「地域で安心して分娩できる医療施設の存続を目指す議員連盟(会長 田村憲久衆議院議員)」、「社会保障制度調査会(会長 加藤勝信衆議院議員)」、「こどもまんなか保健医療の実現に関するプロジェクトチーム(PT座長 橋本岳衆議院議員)」であると言えよう。

たとえば、同プロジェクトチームでは、この6月4日、「骨太の方針2024および令和7年度予算編成に向けた提言」として、「出産(正常分娩)の保険適用に関して、〈出産等の経済的負担の軽減〉が議論の出発点であることを十分に踏まえ、いつでも、どこに住んでいても安全かつ妊婦がアクセスできる周産期医療提供体制の確保、多様なニーズへの対応、他の医療行為や管理との関係などさまざまな論点があることも鑑み、
サービスの利用者である妊娠・出産を望む方や妊産婦、サービス提供者である医療者を含む多様な関係者の意見を広く集め、現行の療養の給付のみに囚われることなく新たな政策体系の検討も含め、あらゆる政策手段の選択肢およびその組み合わせを考慮し、丁寧に検討を行うこと。」を取りまとめて政府に示した。

これに対して、業界団体である公益社団法人日本産婦人科医会(会長 石渡勇医師)は反対の意向を表明している。また、公益社団法人日本助産師会(会長 髙田昌代助産師)は曖昧な態度ではあるが、実質は日本産婦人科医会に追随しているらしい。
きちんと論点を提示している業界団体は日本産婦人科医会だけであるので、その医会の提示するところに沿って、法的な観点から論点を整理しようと思う。

2.日本産婦人科医会の見解とそれへの反論
以下には、日本産婦人科医会の見解(2024年5月31日付、6月3日付)をかっこ内に引用しつつ、それぞれに対して法的論点をコメントする。

(1)「分娩費用等の医療保険化についての日本産婦人科医会の見解を説明します。」
医会は、政府与党の考えとは異なり、後記(15)のとおり、反対の姿勢を示していると言えよう。ただ、結論から言えば、医会の見解は必ずしも説得的には思えない。

(2)「正常分娩は疾病ではなく、 また妊産婦の要望に応えられるように、保険にはなじみません。」
これは、明らかなミスリードであると言えよう。すでに、正常分娩(出産)は、公的医療保険給付の対象として、出産育児一時金が健康保険法によって位置付けられているからである。

(3)「妊産婦の経済的負担を軽減するために出産育児一時金を給付してきました。 なぜ、これを保険にしなければならないのか、保険にして経済的負担が軽減され、しかも安全が確保できるのか、エビデンスはありません。」

これは、医会の独自の見解と言えよう。他の診療科の医療は、すでに保険によって経済的負担が軽減され、安全が確保されている。逆に、保険化されていないのは、正常分娩(出産)と美容くらいであると言ってよい。特に美容に対しては、その経済的負担や安全性につき、批判も多いようである。
そもそも公的医療保険の給付、さらに一歩進めて、それを「現物給付化」する趣旨には、国民の経済的負担の軽減や給付の安全の確保と共に、「給付の標準化」という要請もある。安全性の確保を第三者の専門家達が検討した上で、厚労省が「標準化」を行うので、一般国民は安心して給付を受けることができよう。

なお、ここで言う「標準化」は、「画一化」ということではない。同様の疾病や負傷(や出産)に対して複数の「標準的な現物給付」を設定して、「多様化のニーズ」に応じるものである。むしろ、往々にして自由診療の名の下に押し付けられることのある「画一的な給付」「危険な給付」「高額な給付」とは、正反対である。
そして、「多様化のニーズ」によって、複数の「標準的な現物給付」だけでなく、選定療養(たとえば、差額ベッドなど)のような「上乗せ給付」、さらには、「自由診療」(たとえば、希望による無痛分娩)を利用して対応できるようにもなっていく。つまり、現在の「自由診療」だけの場合よりも、遙かに選択肢が増えて急拡大していくのである。

(4)「現代の女性は、 出産を人生の大きなイベントと取らえており、分娩に対するこだわりも多く、自由な発想で分娩する時代になっています。 出産の保険化政策は、自由を当たり前として育ってきた現代女性の意向に沿いません。」
自由を当たり前と考える現代女性からすれば、むしろ出産の保険化政策こそが、選択肢を増やし、自由度を高めるものと捉えることであろう。往々にして、自由診療一辺倒は、産科医療機関が現代女性に多くの選択肢を提供することを怠り、結果としてパターナリズムに陥りやすい弊害を有している。現代女性(妊産婦)としては、実際にはむしろ不自由さを感じがちであろう。

法的にも、産科の自由診療一辺倒は、出産(正常分娩)が疾病でも負傷でもないことと相まって、実際上、医師法に定める応招義務の対象から外れた取扱いになってしまっている。しかし、出産の保険化によって、健康保険法の定める「標準化された現物給付」となり、妊婦の保険証等の提示があれば産科医療機関にとってその給付が義務となる。このようにして、実際上、応招義務の対象としてしまうことが望ましいであろう。そうすれば、産科医療機関は、妊婦のインフォームドコンセントの前提として、複数の「標準化された現物給付」の多様な選択肢をあらかじめ提示しなければならなくなって来るのである。

(5)「分娩料の地域差は、 地方と都会だけでなく、都会でも区間で大きな違いがあります。このことは、女性がそれぞれ分娩料の高い安いに関係なく、自分の好みの地域で、好みの病院や診療所で分娩を迎えることが、今日の日本では定着していることを意味します。」

医療費の地域差は、産科に限ったことではない。他の診療科においても同様である。そもそも、そのことを「女性がそれぞれ分娩料の高い安いに関係なく、」という論理に導くのは、牽強付会であると共に、そもそも事実に反するものであろう。

(6)「この自由診療の良さを維持することこそ自由民主主義国家の本来の姿であります。」
これもミスリードと言ってよいであろう。出産の保険化によって、自由診療も上乗せ診療(いわば混合診療)も否定されるわけではない。むしろ、妊産婦の選択肢が増えることになるのである。これこそ、自由民主主義国家の本来の姿と言えよう。

(7)「分娩料の保険化が実行されれば、各地域の分娩施設の存続は不可能となり、我が国の周産期医療供給体制は崩壊します。」
他の診療科を見れば明らかなように、保険化によって医療供給体制が崩壊するということはない。病院を集約化し、開業助産所を飛躍的に増やし、診療所は開業助産所と連携し、保険化を契機にそれぞれの役割分担と連携強化をすることこそが、周産期医療供給体制を充実したものとすることであろう。

(8)「正常分娩と言っても、その経過は様々です。これらを一律、保険化することは困難です。」
その経過が様々なのは、正常分娩のみならず、他の疾病や負傷も同じである。それこそ、他の疾病や負傷が保険化されているのだから、同様に、正常分娩の保険化も容易なことであろう。

(9)「現在、分娩数は約75万台、全国の分娩の47%が産科診療所で、26%が一般病院が、27%が総合地域周産期母子医療センターで行われています。」
つまり、全国の分娩の約半数は、産科診療所によって担われている。これら産科診療所は何としても維持・存続させていかねばならない。現在、いわゆる無痛分娩の保険化や公的補助を望む声もあるが、その施策は逆に産科診療所を経営的に潰してしまう結果をもたらす。無痛分娩の保険化や公的補助は、妊婦を病院にばかり集中させてしまう結果をもたらし、逆に産科診療所の経営を悪化させてしまうので、実施してはならない。

(10)「分娩機関は相応な資金を投入しています。」
確かに今まではリッチさを競い、投入資金競争の状況を呈していた面もあったであろう。しかし、むしろ出産の保険化によって、その無益な競争の連鎖に歯止めもかかりうる。

(11)「都道府県によって全く違います。 全国一律の保険化は不可能です」
他の診療科はすでに、全国一律の保険化で数十年、十分に成り立っている。産科も同様であるので、決して不可能ではない。

(12)「妊産婦さんは分娩費用では分娩機関を選択していません。」
妊産婦にとって、それこそ費用負担の軽減は進めなければならない最重要課題であることは、異次元の少子化対策を持ち出すまでもなく、明らかであろう。

(13)「妊産婦さんが要望する満足度の高いサービスとは 「特別食」や「アロマケア」から「出産時の心理的ケア」 や 「出産時の医療的処置」まで様々であります。」
諸々のサービスの上乗せは、出産の保険化自体によって妨げられるものではない。出産の保険化によって、さらに様々なサービスも、上乗せの選択肢として提供できるようになるであろう。

(14)「産科単科の分娩機関では22%、24%の分娩で負担が発生します。この産科単科施設は妊婦さんにとっては地元地域の分娩機関であり、 その分娩機関の経営がいきづまれば、4人に1人のお産難民が発生し、地域の周産期供給体制は破綻する可能性があります。」
地域の周産期医療供給体制の維持・存続は少子化対策や地域活性化対策の重要な要素であると共に、それら政策の結果でもある。分娩施設の役割分担と連携強化こそが鍵であろう。むしろ、出産の保険化を契機に、改めて維持・強化をしていくべきところである。

確かに妊婦の自己負担が増加しないよう、一部負担金の生じないようにし、また、全体的な負担軽減を図っていくべきであろう。今回の制度改正ではともかく、将来的には、「出産」だけでなく、「妊娠」「産後」を通して、保険化を進めて行くべきである。安全面についても出産場所についても、すでに繰り返し述べたように、分娩施設の役割分担と連携強化がさらに一層、それらのためにも図られねばならない。

妊産婦の多様なニーズに対しては、今までは、ともすれば、提供者側はパターナリズムに陥りがちであった。今後は、出産の保険化を契機に、提供者(病院、診療所のみならず、助産所も。)についても、出産場所(医療機関のみならず、助産所も自宅も。)についても、継続性(出産時のみならず、妊娠時も産後も継続的に。)についても、健康・生活相談(医療的な観点のみならず、健康・生活全般に渡って、ワンストップないし司令塔的に。)についても、産み方(帝王切開や無痛分娩のみならず、自然分娩やフリースタイルも。)についても、妊産婦の多様なニーズに対応して行くようにすべきであろう。

(15)「産婦人科医会の見解
世界一安全な周産期医療を国民に提供してきた。保険適用化には慎重な議論が必要であり、議論には積極的に参加する。
以下理由から、現段階では保険化には反対である。
妊産婦さんからみれば、
○妊婦の自己負担が増す可能性がある
○妊娠、出産、 産後を通して、医療や十分な保健サービスが受けられない。
○身近に分娩できる施設がなくなる心配がある。急変が起きた時、 自宅で分娩進行した場合に搬送までの時間がかかる。安全面に支障がでる。
提供する医療側からみれば
1.安全面での課題: 世界に誇る周産期医療が提供できるのか
2.分娩取扱施設の運営が困難になり分娩から撤退、出産場所がなくなる課題
3.妊産婦の多様なニーズに対応してきた体制が維持できるかの課題」
産婦人科医会の見解が妥当でないことは、すでに述べてきた反論からして明らかであろう。自己負担は増すことなく、妊娠・出産・産後を通じての継続的なサービスの可能性が広がり、出産場所の多様化と充実が進み、安全性が向上し、今までのパターナリズムから脱却して、真に妊産婦の多様なニーズに対応できる体制が構築できるのである。

(16)「出産育児一時金として、1分娩につき100万円を支給すること」
42万円を50万円に増額するだけでも、大幅なものであるにもかかわらず、さらに100万円に倍増するというのは、世の中全体と比べて見ると、業界団体としての品格に対して誤解を招きかねないほどの要求であるので、TPOを心掛けるべきではないかとも思う。

(17)「保険診療と保険外診療の併用について
●「保険診療」 と 「保険外診療」 の併用は原則として禁止されてお り、いわゆる 「混合診療」 は全体として自由診療として整理される。
●いわゆる「混合診療」 を無制限に導入した場合、 「患者の負担が不当に拡大するおそれがある」 「科学的根拠のない特殊な医療の実施を助長する恐れがある」 として、一定のルール設定が不可欠としている。
●こうしたルールに基づいて、保険診療との併用が認められる保険外診療は「評価療養」 と 「選定療養」に区分されている。」

「混合診療禁止の原則」は、あくまでも健康保険法上の「療養の給付」(疾病・負傷)にのみ適合するものである。したがって、必ずしも広くすべての「出産保険化」(現物給付化)にまで適用されるわけではない。つまり、出産(正常分娩)を「療養の給付」(疾病・負傷)に分類せずに、別枠で新たな「出産保険給付」とするならば、「混合診療禁止の原則」には触れないのである。

3.出産費用の保険適用は別枠で新たな「出産保険」の制定によるべき
以上、反論してきたとおり、日本産婦人科医会の見解は必ずしも妥当なものとは言えない。

したがって、出産費用の保険適用は、一部負担金もなく混合診療禁止もない「出産保険」を、健康保険法上に別枠で新たに創設することによって対処すべきである。そこでは、妊産婦の多様なニーズに対応すべく、希望による無痛分娩は、特別食やアロマや個室(差額ベッド)などと同様に、保険化そのものや公的補助ではなく、いわば選定療養と同様に自費での選択的なものとしていくのが適切であろう。

 

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