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Vol.24138 「今日から水道水を飲まないでください」/PFOA工場のない町でなぜ(シリーズ「公害PFOA」岡山・吉備中央編-1)

医療ガバナンス学会 (2024年7月19日 09:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2024年7月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

本シリーズ「公害PFOA」の開始から2年半が経った。

ダイキン工業は、大阪府摂津市にある淀川製作所の周辺地域を汚染してきた。半世紀にわたりPFOAを製造・使用した結果だ。

ダイキンは、汚染の実態を2000年代には掴んでいた。

ところが、ダイキンは汚染を隠蔽した。地元自治体の摂津市と、同社を監督する立場にある大阪府は隠蔽に加担した。企業と行政のもたれ合いによって、被害住民の数と汚染範囲は計り知れない程に膨らんでいる。

Tansaの追及に、ダイキンは「自社が汚染源の一つであることは間違いない」と初めて認めた。地元議会や国会はTansaの記事をもとに、PFOA汚染への対応について審議を重ねた。

PFOA工場周辺の汚染の責任は、今後も追及していく。

その一方で、私は次第にある疑問を抱くようになった。

「PFOAは、最終的にどこへ行くのか? 」

PFOAは国内で50年以上もの間、世界8大メーカーのダイキンはもちろん、多くの企業が製造・使用してきた。

しかもPFOAの残留性は極めて高い。「フォーエバー・ケミカル(永遠の化学物質)」と呼ばれるほど分解されにくい物質だ。完全に分解させるには1,100度以上の超高温で燃やさなければならない。だが、対応できる施設は国内で数えるほどしかない。

分解処理をした上で廃棄していなければ、今でも多くのPFOAが国内のどこかに存在することになる。淀川製作所周辺の汚染をもたらしているPFOAは、ごく一部ということだ。

PFOAの行き着く先に関する疑問は、懸念へと変わっていった。

「PFOAの後始末は、製造企業だけでは手に負えない状況になっているのではないか」

その矢先、事件は起きた。

2023年秋、岡山県吉備中央町の水道水から高濃度のPFOAが検出された。国が定める目標値の28倍に上る値だ。

1,000人を超える町民が、少なくとも3年間、日常的に飲用していた。先行して血液検査を受けた住民27人全員から、高濃度のPFOAが検出された。2歳の子どもも含まれている。

この町にPFOA製造工場は存在しない。

原因は、企業が町外から持ち込んだPFOA含有廃棄物だった。

Tansaは新たに、本シリーズで「岡山・吉備中央編」を始める。

●カレーライスを食べさせていたら

2023年10月16日の午後5時半ごろ、上原京子(仮名)は岡山県吉備中央町の自宅にいた。2歳と6歳の息子に夕食のカレーライスを食べさせていた。

そこへ、同居する義母が慌てた様子で帰宅した。

「オフトーク、聞いた? 」

オフトークとは、町内の各世帯に取り付けられた町内放送用のスピーカーだ。朝晩の決まった時刻や緊急時に役場から通知が届く。定刻放送の音量をOFFにしていたとしても、火事や災害の重大事が起きたら必ず鳴る仕組みだ。

京子の自宅では、キッチンとリビングを繋ぐダイニングルームに取り付けている。料理中や食事中にオフトークが鳴れば、必ず耳に入る。しかし京子は聞いていない。

京子が「何も鳴ってないよ。なんで? 」と尋ねると、義母は友人宅で聞いた内容を伝えた。

「水道水に変なものが入っていたから、今日から飲むなって」

京子には意味がわからない。

「水を飲むなってどういうこと? 今、水道水で作ったカレーをこの子らに食べさせよるよ」

義母は「ようわからんけど、夜7時までに水を取りに行かなあかんらしい」。それで急いで帰宅したのだ。

●ペットボトルをかき集めて

京子は食事の手を止め、町役場の電話番号を調べた。水道課の直通番号にかけた。

「水道水を飲むなって聞いたんですけど、何が入っていたんですか? 」

職員は答えた。

「有機フッ素化合物です」

京子が初めて耳にする言葉だった。一体どのような問題があるのか。職員は答える。

「すぐに身体に影響が出るものではないので大丈夫です」

すぐに影響はないというが、京子も息子たちも朝からこの水を飲んでいる。夕食を作り終えた後に通知されても、もう遅い。京子は「いつ判明したんですか? 」と尋ねた。

職員の答えは、「13日です」。

なぜ、3日前からわかっていたことを今日になって公表するのか。3日間も、得体の知れない水を飲んでしまっていたのだろうか。京子はさらに尋ねた。

「何日間、この水を供給していたんですか? 」

職員は明確な期間は答えず、こう言った。

「何日前というものではないです」

職員は続ける。

「とにかく水道水は飲まないで、午後7時までに給水所まで水を取りに来てください」

京子は時計に目をやった。午後7時まで、あと1時間ほどしかない。

「給水時間を延ばしてもらえないですか」と掛け合ったが、「それはできません」と断られた。

電話を切った後、京子と義母は家中から空のペットボトルをかき集めた。

子どもたちの世話をする京子に代わって、義母が給水所へ向かった。

しばらくして、義母が戻ってきた。4リットルのボトル2本を持ち帰ってきたが、なぜか空のペットボトルも抱えている。義母が言った。

「1家庭2本までやった」

上原家は、京子、息子2人、義母、夫の5人暮らしだ。8リットルでは、とうてい足りない。

京子は町外に仕事に出ている夫に、帰りにペットボトルの水を買ってくるよう連絡した。

●「身体に悪い」の一点張り

上原家から300メートルほどの畑で、小倉博司はこの日の午後5時、農作業をしていた。自宅の方から、オフトークの音がするのを聞いた。夜の定刻放送は8時のはずだ。何か特別な連絡でもあったのだろうか?

博司は家の中いた妻に「何の放送やった? 」と聞いた。妻が答える。

「今日から水道水を飲まないでください、夜7時までに町内の給水所に来てくださいって」

「何が起きてんだ? 」。博司は農作業を中断し、町役場の総務課に電話をかけた。総務課であれば、概要を聞けるだろう。

「放送を聞いたのですが」と聞く博司に、職員はこう返した。

「何のことですか」

「いや、さっき、オフトークで水道水を飲むなと聞いたのですが」

電話の向こうの職員は、何のことだがさっぱりわかっていない。水道水を飲むなという緊急事態を、なぜ総務課が把握していないのか。博司は話がわかる職員を出すよう告げた。

代わって出てきたのは、総務課長の片岡昭彦だ。

水に何が混入していたのか。博司は、その点をまず尋ねた。

片岡は「有機フッ素化合物です」。

それは、どのような危険性があるのか。

片岡は「身体に悪い物質です。保健所から指導があって、それ以上は知りません」。

それでは不十分だ。住民は、飲むのをやめなければいけないほどの水を摂取してきたのだ。どう危険なのか、住民には知る権利がある。

博司は詳細を尋ねた。

片岡は、「身体に悪い」以外は答えなかった。

博司が何度食い下がっても、答えは同じだった。

●小倉博司の懸念

博司には、気になることがあった。

給水時間の短さと、住民への周知の仕方だ。

住民にとって、平日の午後5時に事態を知らされ、2時間以内に給水所へ向かうのには無理がある。7時を過ぎても仕事や所用がある人や、給水所への交通手段がない人も多くいるはずだ。

そもそも、情報が行き届いていない可能性がある。博司自身も、たまたま妻が自宅にいたからオフトークの内容を知ることができた。

博司は片岡に頼んだ。

「給水が夜7時までというのは短すぎる。オフトークが付いていない家もたくさんある。自治会長に情報を流したり、広報車で町内を走ったりしてはどうか」

片岡は「素晴らしいご提言ありがとうございます」と返事した。

片岡は体よく受け流したが、博司の懸念と指摘は的を射ていた。町の周知が行き届かなかったために、この日から1か月以上、水道水を飲み続けた住民がいたことが後に判明する。

●朝から決まっていた飲用禁止

町が町民に対して水道水の飲用をやめるよう周知したのは、10月16日午後5時だ。

だが、その日の朝から飲用禁止は決まっていた。

町の社会福祉協議会には、始業後まもなく、1本の電話がかかってきた。

電話を取ったのは、社会福祉協議会事務局長の杉山芳子だ。

相手は、町の福祉課長の古林直樹だ。

「話したいことがあるので、今日時間を取ってくれませんか」

杉山は要件を尋ねたが、直接話すと言われた。

午後3時、古林が社会福祉協議会にやってきた。

古林が言った。

「やすらぎ事業所の給食に、水道水を使わないでほしい」

町内には、社会福祉協議会が運営する福祉施設が3つある。そのうちの一つが、やすらぎ事業所だ。主に要介護認定の高齢者が利用する施設で、食事の提供や入浴介助などを行っている。

なぜ使ってはいけないのか。理由を尋ねる杉山に、古林は答えた。

「有機フッ素化合物が検出されたんです」

杉山の知らない言葉だった。「それはどんな影響があるんですか」と聞くと、古林は言った。

「いや、それはよく分からないのですが、とにかく飲んだらダメです」

水道水は、施設の運営に欠かせない。お茶や給食にも使う。風呂ももちろん水道水だ。

杉山は「給食で使う野菜を洗うのは問題ありませんか? 」と確認した。

古林は「わかりません」。

「では、お風呂には使えるんですか? 」

古林は「飲まなきゃいいので、風呂はいいんじゃないですかね」。

●町内の水を買い占めた町役場

福祉課長の古林が帰った後、杉山は社協の職員たちを集めて緊急の会議を開いた。

水道水を使えなくなった以上、水を確保しなければいけない。

すぐに近隣のスーパーやホームセンターに連絡した。しかし、すでに町役場が買い占めていた。結局、通販サイト「アスクル」で、2リットルペットボトル270本をネット注文した。翌日の昼には届く。それまでに必要な分は、他の事業所から水を届けることにした。

やすらぎ事業所で使う水の確保はできた。だが、住民全員が安全な水を得られるとは思えない。給水所へ行く手段がなかったり、重たい水を持ち運ぶことができない高齢者がいるはずだ。

杉山は、町の福祉課に高齢者世帯の名簿を提供するよう連絡した。高齢者世帯の状況を把握し、必要に応じたサポートをするためだ。

だが、手元に名簿がないという。役場内で探してみると告げられ、電話を置いた。

杉山は職員らと今後の対応案を練りながら、名簿が届くのを待った。

時計の針は進む。午後5時、6時、7時。

8時を回っても、まだ来ない。

結局この日、役場からは何の連絡もなかった。

=つづく
(敬称略)

※この記事の内容は、2023年5月21日時点のものです。

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