医療ガバナンス学会 (2024年7月22日 09:00)
ポジティヴヘルス学校検診のすすめ
医療法人社団オレンジ
オレンジホームケアクリニック
小坂真琴
2024年7月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
『ほっちのロッヂ』のスタッフが風越学園の中学3年生に行ったインタビューの中で、「普段の生活で検診のことを思い出すことはある?」との問いに対して「自分が検診で〇〇さん(検診医の名前)に話した、自分が心地よくないと感じる場面が実際に起こっている時。〇〇さんに話していた自分の言葉を思い出す。」との答えがあったという。
学校の検診と聞いてどのような光景を思い浮かべるだろうか。子供が順番に並び、白衣の医者に質問され、胸の音を聞かれ、「何も問題ないよ」と言われて終わる、あるいは「一度病院に行って検査してみよう」というのが一般的ではないだろうか。基本的に、身体の異常のスクリーニングを目的としているからだ。
前述の中学生の発言はこうした一般の検診のイメージとはかけ離れたものに思える。
では、具体的な「ポジティヴヘルス検診」の内容を紹介しよう。当日は、まず『ほっちのロッヂ』のスタッフから児童生徒たちに「この時間は自分で自分のことを見つめる時間。医師と話す際には、自分が話したい・考えたいと思うこと(自分の心、身体、仲間、学び、暮らし、二次性徴のことなど)を話して欲しい」と伝えてもらう。そして、年齢に応じて「自分の身体の好きな部分」「身体について聞きたいこと」などのテーマ、ある程度の上級生になると大人と同様のポジティヴヘルスのスパイダーネットの内容に基づいて医師と対話を行う。
自分が夢中になっていることや大切に思っていること、他にも「進路のことを考えるとしんどい」といったことも話題に上がるそうだ。その内容は幅広い。ポジティヴヘルスとは、「本人主導で自分自身について把握し、適切に問題に対処する能力」としての健康の概念である。この概念に照らし合わせると、冒頭の中学生の発言がいかに「健康的」かお分かりになるだろう。検診の際には、この概念に沿って「本人主導で話をできるように」環境整備を工夫している。
検診をコーディネートする澤智子さん(ほっちのロッヂ)は「児童生徒が緊張せずに話せるような事前準備が大事だ。例えば、普段遊んだり学んだりするのが林の中なのであれば、話しやすい空間を作るため、林の中に簡易パーテーションを置いて話すための場所を作ることもある。」と話す。
一方で、現在の検診に至るまでには長い道のりがあった。澤さんは「学校医として内科検診をする際に、子供達の普段の活動を詳しく教えてもらって学校の先生と一緒に作りましょうとなるまでには時間がかかる。今までの内科検診の概念を取っ払い、子どもを起点に時間の設計をできるようになるまでが一番苦労した。」と語る。「最初の頃は、学校側の先生が、早く終わらせるためにと気を遣って列を作って並ばせたりしてくれていたが、それでは子ども主体の時間ではなくなってしまう。」
こうした歴史を経て今年で5年目になる内科検診だが、実際に検診を行っている風越学園の養護教諭の先生からは、「こんなに子供の今の状況や好きなことに即してアレンジできるなんて思ってもいなかった」「一人一人の言葉を こんなに聞ける機会は滅多にない」とのコメントがあったそうだ。澤さんはポジティヴヘルス検診の意義を改めてこう振り返る。「子供がしんどくなる手前で本人がヘルプを出せる、あるいは大人が気づくきっかけを作れる。こうした気づきを元気な時に届けられるのは重要だと思う」
日本では、世界的に高い若者の自殺率が問題になっている。G7諸国の中で、15-34歳の死因1位が自殺であるのは日本だけである。その要因の一つがうつ病に代表される精神疾患である。精神疾患に罹患した成人は、その半数は10代半ばまでに、4分の3は20代半ばまでに発症していることがわかっており、早めに介入することが大事だと考えられる。未だポジティヴヘルスが直接的に精神疾患の予防・改善に効果を示したとする研究はないものの、冒頭のポジティヴヘルス学校検診を受けた児童の発言を振り返ると、自分のキャパシティを捉え、心が壊れるのを事前に防ぐ対処能力が上がる可能性を大いに感じた。
この記事を読んで学校検診に興味を持たれた方は、ぜひ小坂までご連絡ください。(mkosaka@orangeclinic.jp)