医療ガバナンス学会 (2024年7月25日 09:00)
「今日から水道水を飲まないでください」
突然の通知に町民は混乱した。一体いつから、どのような物質が入っていたのか。町民が町に問い合わせても、十分な情報は教えてくれなかった。
翌17日午後7時、町が住民説明会を開催する。
●声を荒らげる町職員
上原京子(仮名)は、会場の町営体育館に車で向かった。
午後6時45分。「少し早く着いたかも」と思っていたが、会場付近に差し掛かると車の列が目に入ってきた。
「こんなにたくさんの人が来てるんだぁ」
皆、説明会に来た町民たちだった。駐車場が混雑し、警備員が空いたスペースを探して案内している。京子も列に並び、警備員に従って駐車した。
パイプ椅子が並べられた体育館は、約300人の町民で溢れていた。京子は近所に住む友人の我妻瑛子と落ち合い、隣に座った。
会場前方には長テーブルが置かれている。町長の山本雅則、副町長の岡田清、水道課長の歳原雅則、備前保健所長の岩瀬敏秀ら、地元行政の幹部たちが着席していた。
一体、何が起こっているのだろう。京子は前日からの経緯を思い起こした。
16日夕方5時半、水道水を飲んではいけないことを義母から伝え聞いた。すぐに町の水道課に電話した。
目の前の子どもたちは今まさに、水道水で作ったカレーライスを食べている。どう危険なのか、いつから危険な物質が入っていたのか。職員に質問したが、「とにかく水道水は飲まないで」の一点張りだった。
代わりに町が設置した給水所の開設時間も短すぎる。朝9時〜夜7時で、仕事に出ている町民は取りに行くことができない。京子と夫も共働きだ。近所には、仕事に出ている親に代わって、自転車で水を取りに走った中学生もいた。
一晩明けた17日朝。納得のいかない京子は、再度水道課へ電話した。
しかし、回答は同じだ。京子は食い下がった。
「給水時間を延ばしてくれないのであれば、自分で水を買ったレシートを町に提出するので返金してくれますか」
職員は「できません」。
京子が「仕事に出ている人は取りに行けないじゃないですか」と訴えると、職員は苛立った声で言った。
「じゃあ、あなたは何時だったら取りに来られるんですか」
声を荒らげる職員に驚きながらも、京子は「夜9時までにしてください」と答えた。
「それはできないので、平日が無理なら土日に取りに来てください」
あまりに乱暴な対応だった。最後に職員は言った。
「今夜、住民説明会を開催するので、詳しいことはそこで聞いてください」
ここで初めて、京子は説明会の存在を知った。
●県の指摘で発覚
午後7時、住民説明会が始まった。町役場の面々がマイクを握る。
「2022年度の調査で、円城地区に給水している円城浄水場から、国の目標値50ナノグラム/Lを超える1,400ナノグラム/Lの有機フッ素化合物『PFOS、PFOA』を検出していました」
円城地区は、京子が10年以上住んでいる地域だ。人口1万人強の吉備中央町で、522世帯、約1,000人が暮らしている。社会福祉協議会が運営する通所介護施設「やすらぎ事業所」も円城地区にある。
「2022年!? 」
京子は昨日、水道課の職員に電話で、いつからこの水を供給していたのかを尋ねた。だが職員は「何日前というものではないです」とだけ答え、それ以上は教えてくれなかった。
昨年から飲んでいたとは思いもよらなかった。なぜ、今になって判明したのか。
町によると、以下のような経緯だった。
2022年に円城浄水場の水質を測った。その際に1,400ナノグラム/Lを検出した。
この検査結果に対して、町は対応を取らないまま、数値のみを県に報告。2023年10月、県職員が当時の高い値に気付き、保健所を通して町に連絡を入れた。
●上原京子の直感
京子は町長の山本らによる説明に耳を傾けながら、配布された資料に目をやった。PFAS(PFOS、PFOA)には発がん性や免疫への影響があると書かれている。だが、こうも記載されていた。
「国内ではPFOS、PFOAの摂取が主たる要因と見られる健康被害が発生したという事例は確認されていません」
さらに、町長の山本は述べた。
「確定的な知見はありません」
「すぐに何か(健康影響)が出るわけではありません」
「全国には、吉備中央町よりももっと高い数値が出ている地域もあります」
町長は本当のことを言っていない。町民を安心させるためごまかしている。京子は、そう直感した。実際、水道水からこれほどの高濃度が出たのは、吉備中央町が全国初だった。京子はその事実をのちに知る。
町長が本当のことを言っていないと直感したのは、引っかかる点が他にいくつもあったからだ。
例えば、町は「水は飲まないでください。うがいもダメです。ですが、風呂や洗顔は大丈夫です」と説明した。
なぜ、うがいはダメで、風呂は大丈夫なのか。小さい子どもであれば、風呂中に水を飲んでしまう。少しなら口に入っても問題ないということなのか。町自身が飲用を禁止し、急きょ説明会を開いているのに、問題ないはずがない。
それに京子は、昨日の水道課との電話のあと、有機フッ素化合物についてネット検索していた。
「説明会の参加者は少ないかもしれない。私がしっかり聞いておかないとダメだ」
質問事項をたくさん用意するために徹底的に調べた。町長の山本は「すぐに何か出るわけではない」と言うが、そのように軽んじていい物質ではない。
町民にとっては明日からの生活がかかっているというのに、町はあやふやな説明ばかりだった。
●町「2020年度以前は測っていない」
町は手短に説明を済ませ、質問を募った。
会場から手が挙がる。立ち上がり、怒りを露わにする町民もいた。
「毒水を飲まされていたんだから、水道料金を返還してくれ! 」
「私も夫も何年も水道水を飲んできた。二人ともがんになったんです」
「血液検査をもちろん実施するんですよね? 」
ある町民が聞いた。
「いつからこの水を飲まされていたんですか? 」
町が答える。
「2021年度の調査では、1,200ナノグラム/Lが検出されていました」
町民たちは驚いた。
冒頭の説明で、町は2022年の水質検査で高濃度を検出したことしか説明しなかったからだ。町民にしてみれば汚染された水道水を飲んでいたのは1年間だと思っていたところへ、そうではなくて2年間飲んでいたのだと告げられたことになる。
なぜ町は、自ら明かさなかったのか。町民から聞かれなければ、町はこの事実を伏せておくつもりだったのか。町民はさらに聞く。
「2020年度以前はどうなのか」
町の返答。
「2020年度以前は測っていないので分かりません」
●笑う副町長
京子は、町は信用できないことを確信した。
追い討ちをかけたのは、副町長の岡田の言動だ。
ある町民が、前方に並ぶ町の面々に向かって聞いた。
「あなたたちは、この水を飲めるのか。一人一人答えてください」
副町長は、ガハハと笑いながら答えた。
「うちは井戸水を使っているのでねぇ」
小倉博司も黙ってはいられなかった。京子と同じ円城地区の町民で、前日に総務課長の片岡昭彦に電話で問い質した人物だ。その際に片岡は、水道水の飲用を禁止する理由を「身体に悪い」としか答えなかった。いい加減な態度に怒っていた。
「町の危機管理はどうなっているんですか! 命を守る意識はあるのか」
「町民への補償はどう考えているのか」
他の町民の手も次々に挙がる。質問事項をたくさん用意していた京子も、手を挙げられないほどだった。
だが、夜9時を少し回ったときだった。
「時間がきましたので、ここで締めさせていただきます」
町民たちが口々に叫ぶ。
「まだ質問したい人がいますよ! 」
「夜9時までだなんて聞いていない! 」
説明会は打ち切られた。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2023年5月28日時点のものです。
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