医療ガバナンス学会 (2024年8月13日 09:00)
この原稿は月刊集中8月末日発売号に掲載予定です。
井上法律事務所所長、弁護士
井上清成
2024年8月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
令和6年8月1日、厚生労働省保険局長ら主催の「妊娠・出産・産後における妊産婦等の支援策等に関する検討会」の第2回会合が開催され、「出産費用等の保険適用」を中心テーマとしつつ、妊娠・出産・産後と一貫した妊産婦等への継続支援の検討が始まった。この検討会は、社会保障審議会医療保険部会にも関連して設置されたものであるので、いつものように保険医療機関側と保険者側との対立軸を中心として、妊産婦側や学識経験者も構成員に加えた形で成り立っている。
第2回目は、いよいよ本格的な議論が始まり、保険医療機関側の各関係者のヒアリングからスタートした。当初より看護師や助産師は「出産費用等の保険適用」問題から逃げ腰なので、それら構成員の発言には見るべきところは全くない。しかし、産婦人科医側の意見や保険者側との質疑応答は、そこそこ見応えのあるものであった。
以下、それらの議論を適宜にピックアップしつつ論評して行きたい。
2.分娩は自分の町で受けて当たり前
産婦人科医からのヒアリングの中で、とても大切なことが述べられていた。「分娩というのは極めて文化的なものであるので、自分の町で受けて当たり前なのである。これを当たり前だと思わないようでは、分娩を語る資格がない。」という趣旨の発言である。
確かに、産科医不足や少子化社会を背景として「産科病院の集約化」が唱えられているが、「集約化」それ自体はやむを得ないことと思う。しかしながら、ただ「集約化」一辺倒だけでは「自分の町での分娩」が無くなってしまいかねない。その点で、「分娩は自らの町で受けて当たり前」という考え方は、地方創生・地域活性化という国家的政策・社会的施策と同質でもあり、大変に重要なことであろう。現に、「産婦人科医が少なくなった暁には、助産所や小さな規模の開業医で、お産の数を稼がないとならない。」という趣旨の発言もあった。非常に大切な発想だと言ってよい。
しかしながら、この考え方を実現するための現実の対策は、今もって従前の発想のままに止まっている。「少子化への対応として、集約化・重点化はやむを得ない。」「月10件の分娩ではクリニックは食べていけない。」「病院の分娩は人件費がかかり、コスト高。」「解決策としては、クリニックに金を補助出して存続させる。」「根本的には産婦人科医を増やす施策が必要。」「院内助産を増やしてタスクシフトを進めたいが、残念ながら院内助産が増える傾向が見られない。」など、従来からの提言の域から進んでいない。
とは言え、これらのことから直ちに、保険適用は無理で自由診療でないと存続できない、救済措置だと後手に回りがちなので自由に値上げなどができないと融通が効かない、などという趣旨の保険適用反対の悲観論に結びつかねばならないとまでは言えないように思う。
つまり、「集約化」と「費用補填」だけに視点が限定されてしまっていて、日本全体にわたる産科の構造変革にまで目が向いていないように感じざるをえない。
3.分散化も加えて集散並行化を
今までの発想は、都市部への施設「集約化」と高コストのままでの「費用補填」に固定されてしまっていた。大切なことは、それらだけではなく、それらへのプラスアルファの視点の追加であると思う。それらだけに捕われず、新しい視点を投入することが重要なのである。
たとえば、施設「集約化」だけでなく、施設「分散化」もあってもよい。つまり、「集約化」は集約化として、ただ、それだけに留まらずに、「分散化」も加えて、「集散並行化」を実現してはどうであろうか。
単に「今ある産科クリニックを減らさない」という消極的な対策だけではなく、病院の「集約化」と並行して、積極的にクリニックの「分散化」も推進するのである。
ただし、ただ単にクリニックの本院の数を増加させるのには無理があるし、クリニックの産科医の総数を増やすのにも無理があろう。そこで、本院でなく「分院」を、産科医でなく「助産師」を活用してはいかがであろうか。「分院化」と「助産師活用」という新たな発想によって、産科クリニックの存続・増加と分散化を図るのである。(現に、産婦人科医の構成員は、「助産師さん達はまだ医者より少し頑張ろうという気があって、お産を取る気がございます。」とも述べていた。)
4.産科クリニック分院(院外助産所)の構想
産科クリニックのかなりの割合では、その開設者が医師個人ではなく医療法人(ただし、いわゆる一人医療法人)であろう。そうすると、その傘下に、複数のクリニックを増設することは法的には容易である。しかしながら、産科医不足の折、複数のクリニックへの医師の配置は難しい。そこで、本院であろうと分院であろうと、医師の配置が必須だとかなりな無理がある。
ところが、それが「助産所」であれば、助産師だけで足りてしまう。もちろん、「管理者」も助産師で良い。医療法第42条第6号「保健衛生に関する業務」には、医療法人の附帯業務として、「助産所」の開設が認められている。現実に、「助産所」を併設している産科「診療所」も存在している。もちろん、実質は「助産所」でありながらも、「管理者」の医師さえ確保できるのならば、名目は「診療所」としてもよい。その方が産科クリニックの「分院」らしく見える。
また、助産師を活用することにより、「高コスト」体質は改善されて、必ずしも補助金等の「費用補填」は必要が無くなるであろう。そして、無痛分娩を中心としているハイテク出産の高コストな病院には存在しない、ノン・ハイテク出産の低コストな診療所の魅力を打ち出せるかも知れない。今までは、ハイテク出産の「病院」にわざわざミスマッチな「院内助産」を併設することばかりが試みられていたけれども、やはり現実には上手く機能しなかった。そこで、発想を転換させて、ノン・ハイテク出産の「診療所」にマッチした「院外助産所」を併設すればよい。
これは、「分院」によって、「分散化」を図るという国家的政策・社会的施策と適合すると言うに止まらず、産科クリニックにとって、新しい経営モデルとも言えよう。
5.助産師にとってのメリット
そもそも助産師には独立開業権が認められているので、意欲があって強気の助産師にとっては、「助産所」を独立開業しさえすればよい、という意見もありうるところである。しかしながら、助産技術面が足りていたとしても、経営技術面には不安を感じて、助産所開設には躊躇を覚える向きもあろう。確かに、嘱託医療機関や嘱託医の確保、助産事故賠償責任保険の保険料支払いの過重負担感、今後のレセプト請求の事務負担など、多くのネックがあるため、もう一つ積極的に経営に乗り出す勇気が湧かない勤務助産師も多くいるのも、現実である。
そこで、そのような勤務助産師においては、勤務助産師という身分のままでありながら、実質は(院外)「助産所」において実際に助産師主導の「助産」を実践できるのは、確かに1つの魅力であろう。そうすれば、嘱託医療機関や嘱託医の継続的な確保、助産事故賠償責任保険の保険料支払いの過重負担、レセプト請求の事務負担などの諸々の経営不安によって躊躇していて、なかなか独立開業に踏み切れない勤務助産師の背中を押して、半独立開業に踏み出す契機となることができるはずである。
6.地域分散化は開業助産所と共に院外助産所で
以上、産科クリニックの新しい経営モデルとして、試みに、産科クリニック分院(院外助産所)のモデルを提示した。現状、「院内助産」はお世辞にも上手く行っているとは評価しえないところ、むしろ「院外助産」に打開口を求めようという考え方である。そもそも、高コスト化したハイテク出産(麻酔科医や小児科医も動員・待機させて、高度な医療機器や医薬品を豊富に投入する分娩方法)と院内「助産」とは、相性が良くない。むしろ低コスト化したノン・ハイテク出産の方が、院外「助産」とより適合するであろう。
産科クリニックの開設者においては、文字通りの「助産所」ではもう一つなので、できたら「産院の分院」(つまり、名目は、医療機関たる診療所の分院)にしたいという向きもあろう。ただ、その場合に「医師」が「分院」の管理者とならなければならないのでは、余り現実的に実施可能には思えない。そこで、実質的な「院外助産所」については、特例措置として「管理者」を「助産師」とすることも容認する、というのも一つの現実的で賢明な立法(救済)措置であろう。
なお、「院外助産」については、その院外助産所の敷地・建物の購入・賃借に関して、厳格な利益相反取引規制は撤廃して、時価を下回る購入価格・賃借料による院外助産所の施設整備を容認する特例も、その低コスト化を目指す産科クリニック分院の活用促進策として認めていくべきである。
このように開業助産所のみならず、院外助産所(産科クリニック分院)をも活用して、集散並行化を図り、地方創生・地域活性化と少子化対策(注・「少子化社会」対策ではない。)とを同時に講じていくのがよいと思う。