医療ガバナンス学会 (2024年9月19日 09:00)
内科医
山本佳奈
2024年9月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
GLP-1受容体作動薬とは、グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体作動薬のことであり、もともとは糖尿病に対する治療薬でした。この薬による体重減少効果は、糖尿病治療における副作用だったのです。しかし、成人の41.9 % が肥満であるアメリカでは、肥満は非常に大きな社会問題です。そのため、「体重を減らすことができる」「やせる」と話題になり、本来の糖尿病治療のためではなく、肥満の治療のための服用が爆発的に広がり、「社会現象」にまでなったというわけなのです。アメリカの電気自動車で有名なテスラ社CEOであるイーロンマスクが「すごく痩せた」ことを報告した薬として、ご存知の方も多いのではないでしょうか。
2024年5月に公開されたグローバルデータのレポートによると、GLP-1受容体作動薬の市場は前例のない速度で成長しており、2033年までに1250億ドル以上の価値に達するだろうと推測されています。GLP-1受容体作動薬市場は現在、商品名オゼンピックとウゴービを販売しているノボ ノルディスク社と、マンジャロとゼップバウンドを販売しているリリー社がリードしていると言われています。2024 年の第 1 四半期を見てみると、なんとオゼンピックは43 億ドル、ウゴービは13 億 4000 万ドルの収益をあげ、ムンジャロの第1四半期の売上高は18億ドルを超えたといいます。
私がGLP-1受容体作動薬を服用したきっかけは、コンプレックスの一つであるぽっちゃり体型をなんとかしたいと思ったからです。昔からぽっちゃり体型だった私は、中学3年生の頃、とうとう制服のスカートのホックが閉められなくなりました。「痩せなきゃ!」と思い立ち、お菓子を我慢することから始めたものの、ストイックな性格から食事制限の程度がエスカレートし、いつの間にか、体重が40キロを切るまでに至りました。いつの間にか、摂食障害を患ってしまっていたのでした。
見るにみかねた担任の先生からのすすめでしぶしぶ病院を受診したのは、高校2年生の冬。外来のドクターから「明日死んじゃうよ」と言われ、その日に精神科の閉鎖病棟に入院となりました。閉鎖病棟ですから、許可がない限り、病棟を出ることはできません。ようやく自分の置かれている状況が理解できるようになったのは、入院から2ヶ月ほどがたった頃でした。「このままでは、病棟を一生出ることができない‥」そう悟った私は、必死に病院食を食べ、頑張って体重を増やした結果、4ヶ月ほどの入院で退院することができました。
幸いにも摂食障害は克服できましたが、「太らないように‥」と栄養素ではなく、カロリーを気にしてしまう自分がいるのには変わりありません。社会人になってからは仕事中心の生活になり、運動はもちろんゼロ。夜勤などの不規則な生活も相まって、再びぽっちゃり体型に戻ってしまったのでした。
これまで運動に打ち込んだ経験のない私には、運動習慣をどうも作ることができません。どうしたものかと悩んでいた時、インターネットでGLP-1受容体作動薬が痩せに効果があること知りました。信頼できる美容外科の先生や内科の先生に相談し、薬の卸しの担当者にも情報をもらったりしました。自分なりにGLP-1受容体作動薬についての情報を集め、メリットやデメリットを考慮した上で、自費で服用することに決めたのです。
服用し始めた頃は、一般的に言われている胸やけ、下痢、便秘、頭痛といった副作用はさほどありませんでした。しかしながら、すぐに食欲は落ち、食事量も減りました。吐き気はたまに感じるものの、吐き気止めを飲むほどではありませんでした。オゼンピックの皮下注射は週に1回だけなので、その点は楽でしたが、痛みに弱い私にとってはそれなりに痛かったことを覚えています。
半年ほど経った頃でしょうか。吐き気や胸焼けが強くなり、食欲もより一層落ちたのです。吐き気は想像以上に辛く、常に乗り物酔いしているような、胃のムカムカ感が一日中続くような日もありました。ちょうどその頃、ガクッと体重が落ち、「痩せたね」と言われることが多くなりました。気がつくと、体重は6 kgほど減少し、自分でも身体が軽くなったことを感じた時でもあったので、なんとか我慢することにし、中断することは選択しませんでした。さらに体重が2kgほど減ったある時、吐き気は自然と消えていったのでした。
オゼンピックの日本での流通が滞ってからは、リベルサスという経口タイプのGLP-1受容体作動薬に変更しました。こちらは、週1回のオゼンピックとは違い、毎日内服する必要があります。また飲み方にも注意が必要で、朝食又は飲水の前に、空腹状態でコップ約半分ほどの水とともに内服しなければなりません。また副作用が出たらどうしようかと多少の不安はありましたが、幸い、オゼンピックの時に経験したようなひどい吐き気を感じることはなく、たまに胃がムカムカする程度でした。そのため、朝ごはんをうっかり食べてしまわない限り、服用を継続することができたのでした。
ノボノルディスク社によると、毎週少なくとも2万5000人の米国人がノボ社のウェゴビーによる治療を開始しており、その数は増加の一途だといいます。実際に、アメリカではテレビをつければ、GLP-1受容体作動薬のコマーシャルを見ない日はありません。ジムに行けは、ジムに設置してあるたくさんのテレビを通して、GLP-1受容体作動薬のコマーシャルはもちろん、減量に関するドキュメンタリー番組が流れていることも多々あります。必死にワークアウトしている時に、GLP-1の宣伝を何度も目にしていれば、「私もこの薬を使ってみようかしら‥」と思っても仕方ないと感じざるを得ません。
このように、世界的に大流行しているGLP-1受容体作動薬ですが、気になるのは、どれくらいの速さで減量できるのか、その減量がどの程度の期間持続するのか、そして、長期間の使用における安全性はどうなのか、だと思います。2024年5月、ルイジアナ州のペニントン生物医学研究センターのドナ医師らによる、糖尿病のない肥満患者に対するウゴービ(セマグルチド)の長期的な減量効果に関する臨床試験結果がネイチャー誌に掲載されたのでご紹介します。
この試験では、2018年10月から2021年3月の間に41か国17,604人の患者(男性72.3 %、平均年齢61.9歳、平均BMI 33.3 kg m – 2)が参加しており、4年間にわたって観察が行われました。患者は二重盲検法で1:1の比率で無作為に分けられ、週1回の皮下投与でセマグルチドを投与される(セマグルチド群)か、プラセボを投与される(プラセボ群)かの2群に分けられました。
まず、どれくらい体重が減り、体重の減少はどれくらい続いたのでしょうか。解析の結果 、セマグルチドを使用した人の平均体重減少率は10.2 %だった のに対し、プラセボを投与された被験者の減少率は1.5 %だったことがわかりました。また、セマグルチド群では、体重減少が65週間、つまり1年3か月減少した後、最大 208 週間、つまり 4 年間もの間、体重が維持されていたことも明らかにしています。
次に、減量効果はみな同じなのでしょうか。解析の結果、104週目(観察開始から2年後)に体重を5 %以上減らした患者の割合は、セマグルチド群では67.8 %であったのに対し、プラセボ群では21.3 %であったことがわかりました。また、セマグルチド群では44.2 %の患者が体重を10 %以上減らしたのに対し、プラセボ群では6.9 %であり、セマグルチド群では22.9 %の患者が体重を15 %以上減らしたのに対し、プラセボ群では1.7 %でした。どうやら今回の結果によると、セマグルチドによって得られる効果は人それぞれであるようです。
最後に、4年間という長期使用における安全性はどうだったのでしょうか。副作用が原因で研究への参加を中止した人の数は、プラセボ群もウィーゴビー群ほうが多く、薬を投与された人の16.6 %に対して、プラセボでは8.2 %でした。その副作用とは、主に吐き気、下痢、嘔吐、便秘のような胃腸障害であり、通常、服用開始から数カ月は薬の量が増えるにつれて副作用が強くなることがすでに過去の調査により報告されており、今回の調査で、安全性における新たな兆候は見られなかったとあります。
この調査では、セマグルチドの服用を4年間続けた結果、体重が維持されていたことが報告されていますが、GLP-1受容体作動薬は、多くの人が薬をやめると体重が戻ることが他の研究によっても示されています。GLP-1薬ゼプバウンドを服用した人は、36週間で平均20.9 %体重が減少しましたが、その後、参加者をゼプバウンド群とプラセボ群の2つに分け、ゼプバウンドを投与し続けた人は、さらに5.5 %体重が減ったが、知らずにプラセボに切り替えられていた人は14 %体重増加を経験したとあります。
私は、吐き気や胃のむかつきなどの副作用をなんとか我慢することができましたが、「もう投与をやめようかな‥」と考えたことは何度もありました。幸い、副作用がある日突然消失し、投与を継続することができたのですが、知り合いの中には、副作用が辛く早々に投与を中断した人が何人もいました。
保険治療としてGLP-1薬を処方されていた患者さんからは、「吐き気が辛いので、薬を変更したい‥」「体重が減るのは嬉しいが、食べることが好きだったのに食欲がでないということが辛い‥」といった声を聞いたこともあり、治療継続の難しさを目の当たりにしたのでした。
実際に、アメリカのブルーヘルスインテリジェンスが2024年5月に発表した報告によると、約17万人の薬局および医療請求データに基づき、体重管理のためにGLP-1薬を使用している患者データを解析したところ、約58 %が12週間の治療を完了することができず、治療から脱落してしまっていたこと、そして約30%が最初の1ヵ月で治療を中止していたことが分かったといいます。
また、性別は最初の12週間以内の脱落率には影響しなかったものの、18から34歳までの若い患者ほどGLP-1薬による治療から早期に脱落してしまう傾向が強く、内分泌専門医や肥満専門医のような体重管理や肥満に関する専門知識を有する医師からGLP-1薬を処方された患者は、12週間の治療を完了する可能性が高かったことも判明しました。
多くの人が治療を中断してしまう理由としては、副作用、服薬順守、効果的でない処方、費用、大幅な需要の増加による薬の不足、年齢などさまざまなものが挙げられています。例えば、リリー社によると、ウゴービの最も一般的な副作用は吐き気であり、臨床試験に参加した人の 44 % が吐き気を報告し、30%が下痢を、24%が便秘や嘔吐を報告し、この薬を使用した人の17 %が吐き気、下痢、嘔吐、便秘といった副作用を理由に臨床試験への参加を中止したとあります。
オゼンピックは週1回の投与ですが、リベルサスは毎日内服しなければなりません。私自身、 オゼンピックのときはカレンダーで管理をすることで忘れることなく投与できましたが、毎日内服するリベルサスになってからは飲むことを忘れてしまうことが増えてしまいました。うっかり朝ごはんを食べてしまうことも多々あり、アドヒアランス(服薬順守)は良好とは言えませんでした。
費用も、決して安くはありません。日本では、これまで、GLP-1受容体作動薬が保険適用の対象となるのは、2型糖尿病の治療目的で使用される場合のみでした。しかし、
2024年2月22日から、GLP-1受容体作動薬の一つであるウゴービが、保険診療で肥満症治療薬として使用できるようになりました。とはいえ、処方可能な条件は厳しめな印象です。具体的には、高血圧、脂質異常症、または2型糖尿病のいずれかを有する肥満症があり、かつ食事療法と運動療法を行っても十分な効果が得られない人のうち、BMIが27kg/m2以上であり、2つ以上の肥満に関連する健康障害(対糖能障害や脂質異常症、高血圧、高尿酸血症など)を有する、またはBMIが35kg/m2以上のいずれかに該当する方が対象となります。
そのため、上記に該当しない場合、基本的には自由診療、つまり自費扱いとなります。日本では、1ヶ月分の料金の相場は、飲み薬タイプのGLP-1受容体作動薬は1~2万円、注射タイプのGLP-1受容体作動薬は2~3万円となっているようです。アメリカでも、多くのGLP-1製剤は月に1000ドル程度かかると言われています。多くの人にとって、長期的な継続は経済的な負担となることは間違いないでしょう。
日本を離れ、アメリカにきてからも、手元に少しだけ残っていたリベルサスの内服を続けていましたが、半年ほどでなくなってしまいました。それ以降、GLP-1受容体作動薬の内服は中断したままです。しかし、渡米後すぐに始めたジムでの軽めの筋トレや有酸素運動の結果、幸い、体重は増えることなく維持できています。ランチタイムに気分転換をかねて、30分の軽めのランニングと肩や首まわりのストレッチを行うだけなので、時間的な負担はなく、運動習慣のなかった私でも、週に5回から6回は欠かさず通うことができています。
実は、GLP-1受容体作動薬の服用(肥満薬物療法)に監督下での運動を追加すると、肥満薬物療法のみだった場合の治療終了後と比較して、治療終了後の健康的な体重が維持されるようなのです。デンマークのコペンハーゲンのシモン氏らが2018年12月17日から2020年12月17日までの間に、109名を対象にして行った調査によると、以前にGLP-1受容体作動薬と運動の併用療法を受けた人は、プラセボまたはGLP-1受容体作動薬(リラグルチド)のみの投与治療を受けていた人と比較して、治療終了後1年間に、初期体重の少なくとも10 %の体重減少を維持していた人が多かったといいます。
シモン氏らは、運動後も効果が持続した理由として、介入後も参加者が自力でより活発に身体活動を続けたことを考察していますが、自分自身の経験からも、その理由には納得することができます。私自身、せっかく減らすことができた体重を維持したいという気持ちが強く、結果としてジムで気持ちよく汗をかくことが日課となりました。身体を動かし汗をかくことで、心も身体もスッキリするだけでなく、気分転換にもなり、午後の集中力維持にもつながっているような気がします。
ただ、私の場合、運動を続けているのは体重維持のためだけではありません。医療費の高いアメリカでは、日本のように容易に医療機関にかかることができません。車社会のアメリカで、健康寿命を延ばし生活習慣病を予防するためには、日々の運動が欠かせないのです。
もう一つの理由は、カリフォルニアのローカル女性のようなメリハリのある健康的な体型に憧れたからです。日本にいたときは、何がなんでも痩せていないといけないと思い込んでいた私でしたが、それは私の思い違いであることに気がついたのです。ローカルの女性の多くは、体のラインがはっきりと見える、Tシャツや短めのインナーにレギパンといったラフな格好をしています。引き締まった身体に程よく筋肉がついているため、シンプルで美しく、とても健康的な印象を受けるのです。
ローカル女性のような体型に近づけるように、そして心と身体の健康を維持するためにも、これからも運動を欠かさず続けていこうと思います。