医療ガバナンス学会 (2024年9月26日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年9月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
検査を受けた1190人のうち、ダイキン淀川製作所のある大阪府摂津市民の45%が、米国政府が採用するガイダンスで「処置が必要」とされる値を超えていた。
府全体でも38.5%が同基準を超過しており、摂津市に近いほど濃度が高かった。
東京や沖縄では米軍基地などで使われるPFOSによる汚染が問題になっているが、大阪ではダイキンが製造してきたPFOAが人体に曝露している実態が明らかになった。
WHO(世界保健機関)のがん専門機関「IARC(国際がん研究機関)」は、PFOAについて「発がん性がある」と断定しており、「発がん性の可能性がある」PFOSよりも、2段階高いランクに位置付けている。
●摂津市民は全国平均4.5倍
2024年8月11日、医師や科学者、市民からなる「大阪PFAS汚染と健康を考える会」が大阪市内で記者会見を開いた。
昨年9月から進めてきた血液検査の分析結果が出揃った。居住地や職場が大阪府内にある15歳〜93歳の1190人が参加した、国内最大のPFAS疫学調査だ。
報告に立ったのは、分析を担った京都大学准教授の原田浩二氏と同名誉教授の小泉昭夫氏だ。
PFOAやPFOSなど、毒性や残留性の高さが指摘される6つのPFASについて血中濃度を計測。その結果、特にダイキン淀川製作所の周辺住民のPFOA値が高かった。濃度は次のとおりだ。
環境省の調査での全国平均 2.2ナノグラム/mL
摂津市民の平均値(183人) 9.8ナノグラム/mL(全国平均の4.5倍)
摂津市民+東淀川区民(311人) 8.1ナノグラム/mL(全国平均の3.7倍)
この数字をどう評価すればよいのか。原田氏と小泉氏が示したのは、PFASの危険性を鑑み各国が採用する基準だ。
ドイツ環境庁は「HBM-II」という基準を出している。人を対象とした健康調査(疫学研究)を根拠に、健康リスクの予防のための目安として、PFOA基準値「10ナノグラム/mL」を設定している。
米国政府が採用する「米国科学・工学・医学アカデミー」の臨床ガイダンスでは、PFOAを含む7つのPFASの合計値が「20ナノグラム/mL」以上の患者に対して、「腎臓がんや精巣がん、潰瘍性大腸炎、甲状腺疾患などのリスクを考慮した処置が必要」と警告している。
これらの基準に照らすと、摂津市民と東淀川区民の17%がドイツ環境庁の基準を、45%が米国アカデミーの基準を超過している。
原田氏は、「普通(PFOA汚染が起きていない地域で)は10ナノグラム/mLを超えない」と述べ、「摂津市でのPFOA汚染が顕著」と評価した。小泉氏は「摂津市と東淀川区が統計的に高いことは間違いない」と述べた。
●淀川製作所周辺では農作物から曝露
小泉氏と原田氏は、住民がどのようにPFOAを摂取したのかを探るため、血液検査参加者の生活スタイルについても調べていた。水道水や浄水器の利用、農作物や魚の摂取頻度などだ。
分析を進める中で、小泉はある特徴に気がついた。
摂津市と大阪市東淀川区では、地域でとれた農作物を食べている人ほど、PFOAの血中濃度が高かったのだ。
地産野菜を食べる人の平均値 10.9ナノグラム/mL
地産野菜を食べない人の平均値 7.1ナノグラム/mL
小泉氏は、2020年に環境省の調査で摂津市の地下水が全国一位の高濃度であると判明して以来、淀川製作所周辺の田畑を調査してきた。野菜から高濃度のPFOAが検出されている。
小泉氏は今回の調査結果を受け、こう評価した。
「摂津市と大阪市東淀川区では、地産野菜の摂取が曝露を押し上げている」
●府民の3割が米国アカデミー基準で「処置必要」
淀川製作所周辺住民の血中濃度の高さは、小泉氏も原田氏も予想はしていた。過去に実施した血液検査でも同様の結果だったからだ。
検査日 検査人数(摂津市民) 検査結果
2020年7月10日 1人 高濃度
2020年9月30日 5人 4人が高濃度
2021年10月23日 9人 9人全員が高濃度
2022年6月5日 11人 7人が高濃度
2022年9月27日 8人 8人全員が高濃度
そんな二人が驚いたのが、大阪府全体も、全国平均の3倍という高濃度だったことだ。
環境省の調査での全国平均 2.2ナノグラム/mL
大阪府全体の平均値(1190人) 6.7ナノグラム/mL(全国平均の3倍)
各国基準との比較結果はこうだ。
ドイツ環境庁の基準 8.5%が超過
米国アカデミーの基準 30.7%が超過
大阪府全体(一部に奈良県、兵庫県、京都府を含む)を5地域に分けたところ、ダイキン淀川製作所に近い方が高濃度だった。小泉氏によると、淀川製作所の地下汚染水が広範囲に広がって土壌汚染を引き起こしていることが影響していると考えられるが、原因の把握のためには追加の調査が必要だという。
●ダイキンへの提訴は「今後検討」
国内最大の疫学調査により、ダイキンがもたらしたPFOA汚染の影響が可視化された。
「考える会」で事務局長を務める長瀬文雄氏は、今回の結果を携え、大阪府や摂津市に対応を求める活動を行なっていくと述べた。
では、ダイキンに対してはどうか。健康影響については引き続きの調査が必要だが、自身の田畑や井戸が使えなくなった住民がすでにいる。
ダイキンが自主的に住民への補償に乗り出さない以上、住民側から動くしかない。
私は、ダイキンへの提訴の可能性を尋ねた。事務局長の長瀬氏はこう答えた。
「『会』のメンバーには弁護士もいる。提訴は今後検討する」
●ダイキン従業員の曝露も調査継続
この報告に含まれていない市民も3人いる。
ダイキンの元従業員だ。3人は、極端に血中濃度が高かった。最も高い人で596.6ナノグラム/mL(全国平均271倍)。他の2人も100ナノグラム/mL(全国平均45倍以上)を超えている。
PFOAを扱う業務に従事し、日常的にPFOAを吸い込んでいたことが要因だと考えられる。統計に大きく影響を与えるため、この3人は計算から外した。
Tansaが入手したダイキンの社外秘文書(2000年9月18日付)では、PFOA製造ラインの従業員の高濃度PFOA曝露について、ダイキン自身がこう記している。
「特に粉の状態で取り出しを行う箇所については測定濃度が高く、曝露が問題となるであろう」
小泉氏と原田氏は、従業員のPFOA曝露についても「調査を継続する」と述べた。
※この記事の内容は、2024年8月11日時点のものです。
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