医療ガバナンス学会 (2024年9月25日 09:00)
オレンジホームケアクリニック 医師
小坂真琴
2024年9月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
名前を紹介した3名のインド人女性は、特定技能制度に基づき、福井県勝山市の「さくら荘」という高齢者施設で介護職として働いている。3人ともインドで高校卒業後に2年+4年の教育課程を経て看護師資格を取り、看護師としても1〜3年の勤務を経てから来日している。しかし、仕事内容は大きく異なるという。インドではICUなどを除き、「食事介助など身の回りの世話にあたる部分は家族が一緒に泊まり込んで行う」のが一般的であり、看護師は注射等の医療処置に専念するという。
日本の介護施設では当然、移乗やオムツ交換、食事介助といった日常生活のサポートがメインとなる。このギャップが原因で中断した人もいたそうだが、3人は「話をするのは好きなので良い気持ちで仕事ができている」と話す。
医療法人オレンジグループでは2022年から上記3名を含めた16名のインド人特定技能外国人を受け入れた。インド人の受け入れとしては、国内の介護施設で最大規模だった。紅谷浩之理事長は「少人数だけ受け入れると、生活支援の仕事が片手間になってしまう。大人数だからこそ生活支援に専念する人を置いて、しっかりとしたサポートができる」と考えた。さくら荘のマネージャーである加藤公恵さんも、「一人で来ると、その意見はどうしても多数決で潰されてしまう。ある程度の人数がいることで泣き寝入りを防ぐことができたのではないか」と振り返る。
現在のさくら荘の介護スタッフは42名で、3分の1にあたる14名がインド人スタッフだ。一方で、「どうしてもインド人として一括りにして見てしまう。誰か一人に失敗・ミスがあるとまるでインド人全員が悪いように捉える雰囲気になることもあった」(岡﨑さん)という。しかし全体としては「全く異なる背景を持つインド人スタッフに伝えるために、日本人スタッフも伝え方を工夫するようになった」(加藤さん)とその効果を語る。
実際に生活支援担当としてサポートをしている岡﨑美江子さんは受け入れ当初、「みんな地元の州が違うとバラバラに料理を作るので一軒家に皆で住むとなるとキッチンのキャパが足りなかったのが想定外だった」と振り返る。一方で、「家族をとても大事にしている人が多いと感じる。時差を踏まえて日本の深夜帯に家族と数時間電話していることもよくあるし、家族の病気で帰国せざるを得なくなることもある」と話す。
家族を大事にする国民性はケアにも表れているようで、「入居者さんの中には言っていることが伝わるか不安に思う人もいたようだが、側から見ていて(インド人スタッフが)家族に接するような丁寧な声掛けをしていてすごいと思った」(加藤さん)と言わしめるものがあるようだ。
紅谷理事長は「インドはまだまだ若い国。高齢化していくのは40年くらい先の話だが、高齢化率が低くても(人口が多いので)高齢者の人数は桁違いに多い。将来そのタイミングで日本で学んだことを活かしてもらえるようにしたい」と話す。事実、現状では介護の大部分は家族が担っているが、コロナ流行のタイミングでは感染予防の観点からインドでも訪問看護を行うことになった事例もあった。「1ヶ月に渡り24時間つきっきりで身の回りのことを全てやった」(シニさん)という。家族による介護を発想のベースとしているので、日本における週2、3回で1回の訪問時間が数十分という訪問看護とはかなり違った在り方だ。
将来的には「日本の施設のようなところもできてくるのでは」(アイシュワリアさん)と予想しており、インドに戻り介護施設を運営することを目標としているスタッフもいる。
高齢化先進国として他国の参考となって活かされるのは良いことだろう。しかし、シニさん曰く「なぜ日本を選んだのか」と聞かれることがよくあるという。インドで看護師として働くのと比較すると、円安を加味しても2倍以上の収入は確かにあるが、他の湾岸諸国や、欧州諸国に比べると低いという。また、他国では試験に受かれば看護師として働くことが可能になるが、日本ではできない。さらに日本では、ビザの関係で介護福祉士を取得するまでは家族を呼ぶことも難しい。日本が選ばれ続けるためには、制度面の柔軟な対応が求められる。
インド人看護師が、日本の高齢者施設に新たな風を吹き込んでいる。その中で培われた知見が、文化の違いを超えて将来のインドで十分に活かされるための方策が必要だ。