医療ガバナンス学会 (2024年11月1日 09:00)
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( https://genbasympo.net/ )
2024年11月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●紅谷 浩之 医療法人オレンジグループ 代表
能登半島地震福祉避難所運営の経験より
能登半島地震の発生を受け、私たちは発災48時間の1月3日夕刻、輪島市に到着しました。最初に訪問した避難所でまず気がついたのは、避難して2日間じっと動かずにいた高齢者に、すでにフレイルの進行が始まっていたことでした。
そもそも住民の半分が高齢者の地域では、避難している方も半分以上は高齢者です。若者は自力で地域を離れる者もいるため、ますます高齢者の割合は増えていきます。普段は自宅で自立生活をなんとか送れていた高齢者も、環境が変わってしまう避難所では、サポートが必要になる方もたくさんいます。「避難所にいるのは元気な人、具合が悪くなった人は救護所に駆け込み、回復したら避難所に戻る」という建て付けで避難所を運営していては、支援や介護の必要な高齢者が避難生活を続けることは困難です。
この点はまさに平時の、地域における在宅医療の必要性と似ています。「地域には元気な人が暮らしていて、病気になったら病院に駆け込み、治ったら地域に戻る」——それでよかった時代はとうに過ぎました。病気や障害と付き合いながら暮らす高齢者や障害者の割合が増え、地域や暮らしに入り込む在宅医療や在宅ケアが必要な時代になっています。求められるのは、暮らしとケアの役割分担ではなく、暮らしの中で行われるケア。ケアと暮らしの融合です。
私たちは、輪島市の社会福祉法人がなんとか自力で開設していた福祉避難所に支援に入り、福祉避難所の運営を引き継ぎました。体育館などの避難所では対応できない、支援や介護が必要な方を受け入れ続けました。上下水道の回復しない場所で避難者の体力低下が進むのを見ていて、自分たちの施設がある福井県勝山市への広域避難を計画し、実践しました。現在も輪島市からの避難者が、勝山市の施設や地域で暮らしています。
高齢社会における災害対応では、暮らし全体に視野を広げ、病気や障害とともに生きている人に伴走する視点が必要になると感じています。
●秋冨 慎司 日本医師会 総合政策研究機構 主任研究員、東北大学 災害科学国際研究所 客員教授
実災害と危機管理―能登半島地震も踏まえて―
令和6年能登半島地震の際、日本医師会災害医療チーム(JMAT)は、石川県全体へ延べ12,000人以上を派遣した。特に金沢以南の6,000人を超える二次避難所支援では、災害関連死は0を達成できた。特別なことをしたわけではなく、地域を支える、地域に寄り添う、地域医療を再生させるという、大切な支援を忘れずに行った成果であった。
また、運用に関しては、部隊運用および情報管理を元に設計したFASYS(Facility Assessments Integration System)をマイクロソフトと共同で構築。現場負担の軽減と最大効率を追求した、漏れのない支援を目的とし、現場運用を行った。
今後起きうる首都直下型地震、南海トラフ巨大地震では、通信や電力が途絶えた状況での運用になることを前提として、活動するチームの命も守るためのシステムが必要である。
●坪倉 正治 福島県立医科大学医学部 放射線健康管理学講座 主任教授、南相馬市立総合病院 地域医療研究センター センター長
福島原発事故後と能登半島地震の共通点と相違点
福島原発事故後、健康の観点から様々な災害対策がブラッシュアップされた。
原子力災害対策における大きな変更の一つは、屋内退避が重要視されるようになったことである。有事の際、原子力発電所の近傍は早期の避難に変わりないものの、ある程度離れた地域では、まずは屋内退避を選択し、被ばく量が多くなる場合には避難を行う、という方針がとられるようになった。これは、福島原発事故後の教訓に基づいたものであり、高齢者や要配慮者をいかに守るかが重要視された結果でもある。
こうして災害対応の改定は各所で行われている一方、災害時に得られた多くの教訓を次の現場に還元する試みや、災害時の具体的行動の指針となるような情報はまだまだ少ない。これは、国、地方自治体、医療機関、住民のどのレベルにおいても同じである。
能登半島地震後の状況は、地域からの長期・繰り返しの避難や、復興の目処が立ちづらいといった点で、福島原発事故後と多くの共通点がある。災害関連死の増加や高齢者の長期フォローなど同じ課題を抱える中で、「これまで何が起こったか」という情報は数多く散見されるが、「これから何をせねばならないのか」についての情報は多くない。
これほどまでに災害の頻発する我が国で、同じ光景を繰り返さないために、いわゆる防災対策や訓練だけでなく、災害対応を行う医療関係者がこれから行うべきことは何だろうか。このセッションでは、能登半島地震および福島原発事故後の対応を続ける医療者からの発表を中心に、今後の現場で必要な活動について議論したい。
●阿部 暁樹 福島県立医科大学医学部放射線健康管理学講座 講座等研究員
東日本大震災から13年、福島県浜通り地域の今 〜東日本大震災の教訓を能登半島地震にどう活かすか〜
2011年の東日本大震災から13年が経過した。相馬市沿岸部の原釜地区で育った私は、13歳の時に被災した。「被災者の力になれるような職に就きたい」と理学療法士を志し、現在は浜通り地域での健康事業に携わっている。福島県浜通り地域は、東日本大震災で地震・津波・原発事故による複合災害に見舞われ、甚大な被害を受けた。そして今年1月、令和6年能登半島地震が起き、多くの人々が被災した。今こそ、東日本大震災から得られた教訓を、能登半島地震の復興にどう活かすべきか考える必要がある。
私たちのチームは、福島県浜通りにおいて、被災住民の健康促進事業やリスクコミュニケーションに携わっている。東日本大震災後、この地域では避難指示の解除が進み、インフラの復旧や産業の再生が図られつつある。しかし、帰還の進む地域によっては、医療や介護の設備が十分ではない地域も存在する。浜通りで実施された研究では、仮設住宅への転居を経験した高齢者では、仮設住宅への転居経験がない住民よりも身体能力が長期的にも低下することや、介護リスクが増大するといった二次的な健康影響が多く観察された。実際、2024年現在、浜通り地域では高齢化率が35%を超える市町村が多く、高齢者の介護リスクを軽減させる取り組みが求められている。
能登半島地震の被災地でも、高齢化が深刻な問題となっている。輪島市の高齢化率は45%(2021年)に達し、全国平均の28.6%(2022年)を大きく上回る。東日本大震災後の福島県浜通りの経験を踏まえれば、避難生活が住民の健康に及ぼす長期的な影響を見据えた対策を講じることで、能登半島地震における健康被害を抑えられる可能性がある。避難が住民の身体機能や健康に及ぼす中長期的な影響を明らかにし、その知見を能登半島地震の被災地支援に活かしていくことが急務である。
本演題では、福島県浜通り地域の「今」を見つめ直し、能登半島地震の被災地の「未来」に貢献できることを検討する。