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Vol.24213 「科学の基本」を町民に説かれた専門委(シリーズ「公害PFOA」岡山・吉備中央編-10)

医療ガバナンス学会 (2024年11月14日 09:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2024年11月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

吉備中央町の水道水汚染の原因は、PFOAを含んだ活性炭だった。ダムに流れ込む川の上流近くに置かれていた。

活性炭のPFOA濃度は国指針の9万倍。活性炭を詰めていた袋はあちこちが破れている状態だった。漏れたPFOAが土壌に浸透し、ダムにつながる川へと流れた可能性が高い。

これらの事実を、岡山県は2023年11月22日の緊急記者会見で公表した。

県の会見を受けて、町も同日夜に住民説明会を開催する。

●健康影響を心配している町民に

住民説明会は、11月22日で3回目だ。

1回目は10月17日。町が水道水の飲用を止めるよう周知した翌日だ。

町長の山本雅則は「すぐに何か(健康影響)が出るわけではありません」などとあやふやな説明をした。「全国には、吉備中央町よりももっと高い数値が出ている地域もあります」と事実と違うことまで述べた。水道水から吉備中央町ほどの高濃度が出た事例はない。

副町長の岡田清は、町民から「この水を飲めるのか」と問われ、ガハハと笑いながら答えた。「うちは井戸水を使っているのでねぇ」。

2回目は11月2日だ。

しかし町長の山本は「住民に寄り添う」を繰り返すばかり。この頃すでに、町も県も「活性炭」にたどり着いていたが、町民には共有しなかった。町民に知らせたのは、新たに発覚した町の不手際だ。過去の水質検査結果を見直したところ、塩素酸の濃度も基準値を超過していた。町は未報告・未対応で、今回保健所から指導を受け対応を行ったと報告した。

3回目となる11月22日は、「有機フッ素化合物の検出に関する健康影響調査結果の中間報告説明会」。

町民が心配していた健康影響について、何か分かったことがあるのだろうか。

●PFOA原因疾患の一部のみを調査

冒頭、町長の山本が発言した。

「去る11月17日に健康影響対策委員会を開催し、血液検査も含め地域の要望に沿った対応の意向を伝えたところです」

「健康影響対策委員会」は、水道水汚染を受けて町が設けた。町民への健康影響を調べて、対策を練ることが目的だ。11月17日が初めての会議だった。

専門家を中心に、9人の委員を町長の山本が任命した。

【委員長】
頼藤貴志 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学・衛生学分野教授

【副委員長】
岩瀬敏秀 岡山県備前保健所所長

【委員】
伊藤達男 川崎医科大学医学部応用学衛生学教授
勝山博信 川崎医科大学医学部臨床医学公衆衛生学教授
神田秀幸 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科公衆衛生学分野教授
高尾総司 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学・衛生学分野准教授
塚本啓子 御津医師会理事・医療法人塚本内科医院医師
塚本真知 医療法人塚本内科医院医師
中山祥嗣 国立研究開発法人国立環境研究所 環境リスク・健康領域 エコチル調査コアセンター次長、曝露動態研究室室長

町長の山本に続き、委員長の頼藤貴志が登壇した。

吉備中央町民へのPFOAの影響の調べたことを明かした。40歳以上が受診する特定健康診査、後期高齢者健康診査の結果(2022年度)と、早産・低出生体重児の出生割合(過去10年分)を用いたという。

比較したのは、PFOA汚染された水が供給されていた円城地区の町民と、それ以外の地区の町民の、次の3つへの影響だ。

・脂質
・肝機能
・出生体重

結果は「円城地区の町民とそれ以外の地区の町民に、有意な差は見られなかった」。PFOA汚染水を飲用していた影響は見られなかったという。

しかし、この調査には重大な欠陥がいくつかあった。

まず、PFOAによる健康影響は、脂質、肝機能、出生体重の3つだけではない。

米国の独立科学調査会は2012年、世界最大規模である7万人を対象とした疫学調査の結果、PFOA曝露は次の6疾患への影響があると発表した。

①妊娠高血圧症ならびに妊娠高血圧腎症
②精巣がん
③腎細胞がん
④甲状腺疾患
⑤潰瘍性大腸炎
⑥高コレステロール

2019年には、欧州環境庁が「確実性の高い影響」として次の8つを挙げている。

①甲状腺疾患
②高コレステロール
③肝障害
④腎障害
⑤精巣がん
⑥乳腺の発達遅延
⑦ワクチン反応の低下
⑧低出生体重児の出生

「脂質」「肝機能」「出生体重」についても、本当に影響がないのかは不明だ。元になったデータは、40歳以上が受診する特定健康診査と、後期高齢者健康診査。40歳未満は対象になっていない。子どものデータも「出生体重」以外は取っていない。

岡山大の頼藤の報告に、質疑で町民は次々と不安を口にした。

「健康に問題がない、安心してくださいとの旨の中間報告に聞こえるが、これをもって我々は安心していいのか」

「40歳未満の調査をする予定はあるのか」

「子どもの成長に対する悪影響は?」。次々と疑問をぶつけた。

●岡大教授が言う「血液検査の欠点」とは?

特に町民たちが気になったのは、血液検査の実施についてだ。健康影響対策委員会による今回の調査では、血液検査をしていない。町民の体内にどれだけのPFOAが蓄積しているのか分かっていない状況だ。

「血液中の蓄積については、町の既存の健康診断のデータでは何もわからない。円城地区とそれ以外の地区で比較するのであれば、血中濃度を調べた上で比較するのが前提ではないか」

これに対して、頼藤はこう答えた。

「血液検査の利点・欠点があり、委員会でも検討している」

この回答に、別の町民が尋ねる。

「今言われた『血液検査の欠点』とは何か」

頼藤が説明する。

「結果の解釈が難しいことが欠点と考える。血液検査をしたことによって、こっち(円城地区)の方が高かったということは言えると思うし、下がっていくことも言えると思うので、そこは利点かと思う。ただ、結果が出た時にそれをどう解釈するかは難しい」

回答を受けた町民は「話を聞く限り、『血液検査の必要がない』と言っているようにしか聞こえない」と述べた。

頼藤の説明に、他の町民も黙っていない。

「血液検査の結果のみをもって健康影響を把握できないことはみんなわかっている。ただ、血中濃度と、健康診断で把握される健康状態の変化、この両者を照らし合わせることで初めて、引き起こされた健康の変化がPFASによるものかどうか明らかになる」

「つまり、この二つを同時に行なっておくことがこれからの大前提となる。現在健康状態に異常がないからよいということではなく、PFASは体の中に残り続けるものなので、特に子どもはこれからの5年、10年を血中濃度と健康診断の二つを合わせて見ていく必要があるのではないか。原因と結果の両者に注目し、その関係を明らかにすることが科学の基本なのではないか」

町民が血液検査を訴えるのには理由があった。町民たちは、水道水汚染を知らされてから約1カ月の間に、自分たちで情報収集を進めていた。全国各地で実施されている血液検査の存在と、その効果を把握していた。

ある町民が、頼藤や町役場の面々に向かって発言した。

「各地で大規模な血液検査が行われていて、先日のニュースでは大阪で1000人規模の血液検査が行われたことを知った。円城地区の人数と同じで、1000人規模の血液検査も可能だと感じた。(円城地区では)PFAS濃度の高い水を、いろいろな世代で、いろいろな食生活の人が飲んでいることがわかっている。この状態で血液検査をしない理由がわからない」
●「専門委は町の隠蔽に加担しないで」

町民に迫られた頼藤は、血液検査の実施について、「今後、委員会で検討する」と述べた。

だが「検討する」では、町民は納得できない。

「子どもの今後が一番不安。子どもたちは何も知らずに水を飲まされていた一番の被害者。親世代が、町と大学の先生方とみなさんに関わって頂きたい事案で、これを『今後、検討する』という言われ方だと不安は全く解消されない」

「専門家が議論することも重要だが、まずは被災者の不安に寄り添うことを考えて頂きたい。1038人の署名を集めたが、そのうち円城地区は約300人であり、これらの人が血液検査の実施や水道料の返還について要望したということである。その声を重く受け止めていただきたい。血液検査は譲れない」

専門家らでつくる健康影響対策委員会に対し、町に抱いている根本的な思いを吐露する町民もいた。

「町のこれまでの対応を見ると、隠蔽・改ざんと不信感しかない。それが町民の認識の前提となっている。町の隠蔽に加担する立場ではなく、住民に寄り添うために立ち上がっている、住民一人一人の不安を取り除くための委員会であることを伝えて頂きたい」

しかし、町民のこの思いは裏切られていく。

=つづく
(敬称略)

※この記事の内容は、2024年7月23日時点のものです。

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