医療ガバナンス学会 (2024年11月26日 09:00)
連載④
https://www.tokyo-sk.com/news1/30310/
東京保険医協会 訴訟ワーキンググループ原告団事務局長
いつき会ハートクリニック 佐藤 一樹
2024年11月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
10 大法廷
東京地方裁判所103号大法廷は、民事部が使える最大の法廷で傍聴席が98席ある。原告側は当初からこの大法廷での開廷を裁判書記官に希望していた。しかし、書記官は難色を示し、第3回口頭弁論までは傍聴席が40席程度の一般的な法廷で開廷されていた。ところが、その第3回期日で、岡田幸人裁判長から第4回は大法廷で行われることが告げられた。その後の口頭弁論も全て大法廷での期日を指定している(図1)。
図1:
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11 裁判長による空中戦阻止
行政訴訟は、行政実定法(本件では健康保険法など)の解釈が問題となり、具体的な争点は比較的明確で、最初からある程度材料が揃っている(本件では第3回連載の「9.四つの考慮要素と授権趣旨の明確性」で解説)。
一般の民事裁判の口頭弁論(証人尋問がない場合)では、裁判官は、原告あるいは被告(国)が事前に提出した準備書面などを確認して陳述したことにする。また、相手側に対し、次回の弁論で提出する書類があれば、次回期日1週間前頃までに提出するよう指示し、次回期日の打診を行い、双方に異議がなければ期日を指定して、10分程度で終了する。
しかし、第3回期日で、岡田裁判長が被告に対し、第2準備書面の書き方について「空中戦をするのではなく」と釘を刺し、以下2点の具体的指示を出すという一幕があった(ここでいう空中戦とは、文書や資料の証拠がなく、発言のみで議論がなされること)。当事者主義である民事訴訟(行政訴訟も民事訴訟の一種)の弁論期日で、裁判長が、準備書面で触れるべき内容に指示を出したことは、注目すべきだ。
(1)健康保険法が「療養の給付」の内容のみならずその「方法」について療養担当規則に委任しているとの被告の主張につき、他法令において同法同規則の定め方と類似の先例等があればその内容を具体的に指摘する
(2)オンライン資格確認をめぐる国会での厚生労働省の答弁(図2)と、この事件での国の主張との整合性について説明する
原告第1準備書面では、「厚労省は、現場の実情を見ると一律義務化への理解を得るのは難しいと言いつつ、その答弁から4カ月しか経っていない9月5日に療養担当規則を改正した。国会での議論とどう整合するのか」と主張していた。裁判長もこの点を明らかにするよう求めているのだから、原告と裁判所の関心事は一致し、波長が合っている。
図2:
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12 裁判進行に関わる原告の要望を通す
国側は、先述の(1)を受けて児童福祉法、生活保護法、感染症予防法、高齢者医療確保法、覚醒剤取締法などを挙げて、縷々論難した。しかし、いずれも状況の異なる例を根拠としているなど、本件で問題となっている委任について、主張を補強する体裁にはなっていない。(2)については、「国会で議論されていなければオンライン資格確認を原則義務化することができないというものではない」と開き直った二重否定の主張に終始した。
第6回期日(本年5月22日)において、原告代理人の喜田村洋一弁護団長は、本年12月2日の現行の健康保険証(被保険者証)の新規発行が停止となる改正マイナンバー法施行前の11月中に判決を言い渡すよう裁判所に要望した。逆算して、9月中旬の結審を目指し、原告側最後の第3準備書面を6月中に提出すると告げた。原告は、これまで準備書面の作成には8~11週間かけてきたところ、急いで5週間で提出するから、被告も8週ほどで第4準備書面の提出を都合してもらいたいということになる。
民事裁判の口頭弁論期日の指定は訴訟の進行を指揮する裁判官の権限だ。被告に対し冷徹な姿勢で空中戦阻止を命じた岡田裁判長は、どのように対処するのか。私を含め17人の原告席には緊張が走った。しかし、怜悧な一流法律家同士の阿吽の呼吸だろうか。裁判長が原告席の方を向き、優しく微笑んだ。
13 裁判官の心証と展望
第7回期日で、原告は最終準備書面を陳述した。裁判長は、「次回弁論で被告には全てを出し尽くす形で用意してもらう」と指示し、終結(結審)する可能性が高いことも明言した。その上で、原告には、終結後も実務的に書面を出すことも可能であると付言した。判決の言渡しは、口頭弁論の終結の日から2カ月以内にするのが〝常識〟*。実際、
ここまでを振り返ると、岡田裁判長は、争点の整理や裁判進行については被告に厳しく、原告の要望を尊重している。脚注のタイプミスを指摘するほど、原告準備書面を読み込んでいる。贔屓目を承知であえて言えば、現時点で心証は原告側にあり、原告が勝勢だ。しかし、裁判結果は「石が流れて木の葉が沈む」こともある。判決の言い渡しまでは勝訴を宣言できない。
おわりに
民事裁判、特に行政裁判は、手続であり、仕組みであり、技術である。それだけに、裁判の実情が見えるものでなければならない。東京保険医協会では、原告団だけでなく国民にこの裁判を理解していただくために、ホームページに訴訟の経緯や全資料(プライバシーに係るものを除く)を公開し、第1回口頭弁論期日では司法記者クラブでの記者会見、第2回から結審までは記者会見・原告説明会を開催し続けている。
(録画動画 https://www.youtube.com/watch?v=LT521Vc7YyE&t=3660s など。多いときは27万人の視聴者数になった)。
MRIC読者にも、ぜひ、活用していただきたい。(了)
*民事訴訟法〔言渡期日〕第251条1項 判決の言渡しは、口頭弁論の終結の日から二月以内にしなければならない。ただし、事件が複雑であるときその他特別の事情があるときは、この限りでない。これは裁判所に対する訓示規定であるので、これに違背しても言渡しが違法になることはない。ただし、旧190条が2週間の期間を定めていたのが実情に即さないとして、2カ月に延長されたものであるから、通常の事件においては、この期間を遵守することが要請される。したがって、9月結審なら、11月の判決言渡しが、〝常識〟である。