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Vol.24223 日本人の知らないヨーロッパのピロリ菌対策の今。欧州消化器病週間(UEGW)2024の参加リポートから

医療ガバナンス学会 (2024年11月28日 09:00)


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相馬中央病院 内科
福島県県立医科大学 放射線健康管理学講座 博士研究員
医師 医学博士
齋藤宏章

2024年11月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

10月12日から15日にオーストリア・ウィーンで開催された欧州消化器病週間 2024 (United European Gastroenterology Week 2024)に参加しました。今回はその中で、欧州での胃がん対策の一環としてのヘリコバクター・ピロリ菌のプロジェクトを議論する”Gastric Cancer Prevention”と”Healthy Stomach Initiative”というセッションを聴講しました。今の世界のピロリ菌を取り巻く現状の一つとしてまとめようと思います。

ヘリコバクターピロリ菌は減っている、全世界で。でもそれで終わりじゃない
胃がんの主な原因であるピロリ菌の感染率は日本では年々減少傾向にあります。これは主に公衆衛生環境の整備によると言われていますが、年配の方から若い世代になるにつれて一般的に感染率は減少しています。1950年代以前に生まれた人は7-8割が感染をしていましたが、2010年以降に生まれた人は5%に満たないと報告されています。総じて日本全体の現在の感染率は35%程度と考えられています。このように世代を通じて感染率が減少しているという傾向は実は世界的にみても共通しています。
これを受けて、胃がんの対策(あるいはピロリ菌への対策)はもうあまり必要ないと考える風潮もありますが、この会の冒頭では、IARC(国際がん研究機関)の胃がん予防チームのJin Young Park氏から、少なくとも2050年にかけて、全世界で胃がんの罹患者数も死亡者数も増えると予想されていることが紹介されました。これは主に全体的な高齢化による人口構造の変化の影響のためですが、日本を含む西太平洋地域では1000人あたりの胃がん死亡数が335名から646名に、ヨーロッパは116名から163名に増加することが予測されています。この対策が重要とされているわけです。

ヨーロッパで進行中のピロリ菌対策のプロジェクトの数々- EUが動き出した!
ヨーロッパは全体で見ると胃がんの発症や死亡率は高くないのですが、国や地域によって偏りがあるのが特徴です。全体では胃がんによる死亡率の年齢標準化率は10万人あたり4.1人ですが(日本は7.2)、ラトビア(19.0)、リトアニア(18.4)、ポルトガル(18.0)、エストニア(17.5)などの世界でも胃がん死亡が最も多い国々が含まれています。
また、罹患率が低い国でも早期発見の機会が少ないことから、胃がんの5年生存率が低いことが知られています。これはヨーロッパ全体では25%で、特にアイルランドや英国、東ヨーロッパで低いと言われています。参照までに、日本では66%程度と言われています(がん研究センター公表値)。

さて、会では欧州でのヘリコバクターピロリ菌のスクリーニングの取り組みについて、これまでの経緯の確認とそれぞれ進行中のプロジェクトについて、現状の進捗やヨーロッパ外の報告も併せて3時間開催されました。

ヨーロッパでは現在胃がんに対する予防やスクリーニングの取り組み、ピロリ菌の検診に関するプロジェクトが議論され、進行中です。なぜこのような流れとなっているかも会の冒頭で説明がありました。EU各国はがん検診について、欧州連合理事会の勧告に従って立案しています。この勧告が、2022年に改訂となり、これまで検診の対象となっていたがんに加えて新たに、肺がん、前立腺がん、胃がんについても考慮するように記載されました。
その中には、胃がんの発生と死亡率の高い地域ではピロリ菌に対するスクリーニングを考慮する必要がある”と記載されており、このためのプログラムやステップについて各国に検討を求めるともに、必要なエビデンスを構築することが要請されているということでした。

このような流れの中で、以下に紹介する4つのプロジェクトに予算がつき、現在、いくつかの研究が開始されています。

・”GISTAR” :多施設でのピロリ菌の除菌とペプシノゲン値による内視鏡検査の施行の取り組み
世界中で最も胃がんの発生率が高い国の1つである、ラトビアで実施されている研究です。ピロリ菌による胃炎の進行度を反映するとされているペプシノゲン値の測定と、ピロリ菌検査・除菌によって胃がん死亡率を低下させる多施設共同ランダム化試験を実施しています。2013年から参加者の募集を行い、現在まで併せて11,223名が参加しています。
ピロリ菌検査と、陽性の場合の除菌、ペプシノゲン値の測定を行い、値が低い場合には除菌の有無に関わらず胃カメラが推奨される介入です。除菌後の予後を追跡しています。日本でも胃がん層別検診としてピロリ菌の抗体値とペプシノゲン値から胃カメラの必要度を測る検診がありますが、これと非常に類似しています。異なる点はこちらの取り組みの場合、ピロリ菌除菌を行っても、ペプシノゲン値によっては必ずしも胃カメラを必要としないという点です。

・”EUROHELICAN” 若年層に対するピロリ菌の検索と除菌の検診の取り組みの評価
スロベニア、ラトビア、フランス、IARCの研究者から構成される30代の若年層に対するピロリ菌検診導入の効果を評価する取り組みです。スロベニアでは30-33歳を対象に、ピロリ菌のスクリーニングと除菌が行われています。会では中間報告が発表されていました。4000人を対象としていますが、現段階で1516名が参加し、1次検査陽性率(抗体検査)は12.8%、確定検査陽性はうち78.2%で25名に除菌治療が開始されているとのことでした。こちらも除菌の際や除菌後に胃カメラの実施は必要とされていません。

・”TOGAS” Towards Gastric cancer Screening Implementation in the European Union
胃がん検診の導入に向けて、3つのパイロット研究を実施するプロジェクトです。その結果を受けて、胃がんのスクリーニングを確立するガイドラインを作成する予定とのことでした。
1つ目のパイロット研究は上記のプロジェクトと同様にピロリ菌のスクリーニングと除菌を行うものです。最終的に6カ国(クロアチア、アイルランド、ラトビア、ポーランド、ルーマニア、スロベニア)で30-34歳の6000人の参加を目標にしています。現在は約3000名に実施すみで、1次抗体陽性が14-25%、確定検査陽性の約200名に除菌治療が開始されていると報告されていました。
2つ目の研究は大腸内視鏡検診に胃カメラを合わせる試みです。検診などの目的で大腸内視鏡検査を施行する際に、胃カメラを合わせて行い、ピロリ菌の診断も行う、というものです。こちらはリトアニア、フランス、ポルトガル、オランダ、アイルランド、ドイツ、ラトビア、スペインの203の施設が参加しているとのことでした。3つ目の取り組みはGISTARの取り組みと一部重なるような形で、40-64歳の人にピロリ菌の検査とペプシノーゲン値を測定し、除菌し、ペプシノーゲン値によってハイリスクとされた場合は除菌してもしなくても胃カメラを推奨するというものでした。これらは現在進行中とのことです。

これらGISTAR, EUROHELICAN,TOGASのプロジェクトは一部重なり合いながら、ピロリ菌の検診を導入する現実的な効果と課題を探索していく形になっています。

・”EUCanScreen” 大腸がん検診にピロリ検診を合わせる取り組み
最後のプロジェクトは欧州共同行動のEUCanScreen (EU がんスクリーニング新制度の実施に関する共同行動) のもとで実施されています。これは2024 年に開始された一連のがん対策のプロジェクトですが、その中で胃がんの検診の促進のための研究が行われています。
具体的には50 歳以上を対象に、大腸がん検診の便潜血法を実施する際に同じ便の検体を用いたピロリ菌抗原検査を追加するという検診です。ピロリ菌抗原検査が陽性である場合に、ピロリ菌の治療を行い、その後の長期経過を観察する。ピロリ菌抗原検査を追加しないグループとの長期的な成績を調べるというものです。実は台湾でも類似の検診が既に実施されており、ちょうど9月末に米国医師会雑誌JA M Aに報告された結果(1)がこの会でも報告されていました。

このような4つのプロジェクトを通して、若い年齢層(30 ~35 歳)から、通常がん検診の対象となる50 歳以上の人々へのピロリ菌の検診の導入効果を探っている、ということです

ヨーロッパのピロリ菌対策:除菌や若年への介入を重視 – 日本との違い

ヨーロッパのこれらの取り組みの興味深い点は、あくまでもピロリ菌の探索と治療を行うことが第一にあり、胃がんの予防や死亡率の減少はその結果として観察していくことになっていることです。ペプシノゲン値によってリスクを分ける場合以外は、ピロリ菌が陽性であっても検診としては胃カメラは求められていません。この点は実は日本の対策とは異なっています。
日本では通常の診療や、検診の際にピロリ菌の検査は可能ですが、あくまで胃がんや胃潰瘍を見つけるための胃カメラを実施した場合に、感染が疑われる場合に可能という立て付けになっています。また、日本で行われている胃がん検診も主に胃がんを見つけることを主目的としています。この辺りは、1次予防と2次予防のいずれを重視するかという考え方や、内視鏡に関わる費用や、実施している医療機関の数など、胃カメラへのアクセスのしやすさが日本と海外では異なるところから来る戦略の違いかもしれません。

また、欧州では30代などの若年成人にピロリ菌の検診の取り組みが開始されている点も注目するべきです。日本でも最近は中学生や、20代や30代のがん検診対象年齢以前の年代にピロリ菌検診を行う自治体が増加しています。そのような検診介入の方法の効果を議論していくには、欧州でのこれらの取り組みがどのように評価されるかを確認していく必要がありそうです。現在実施されているプロジェクトは今後数年で初めの結果が公表されていく予定のようです。ヨーロッパがピロリ菌や胃がんに対してどのような対策を取っていくのかは日本からも注目していく必要がありそうです。
*1 Yi-Chia Lee, et al., Screening for Helicobacter pylori to Prevent Gastric Cancer A Pragmatic Randomized Clinical Trial JAMA 2024 online ahead of print

 

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