医療ガバナンス学会 (2024年11月29日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年11月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
しかし、血液検査でPFOAに曝露しているのかを押さえないと、健康影響を調べようがない。町民らで結成した「有志の会」は、自ら検査機関を探し出し、検査を受けた。
その結果、検査を受けた27人全員の高濃度曝露が判明する。
●血液検査が健康影響を調べる出発点
町の健康影響対策委員会は、PFOA入り水道水を供給していた円城地区の町民とそれ以外の地区の町民の健康診査結果を比べて、「有意な差は見られなかった」と説明した。
だが、地域差の分析と、一人一人の健康状況の把握は別だ。
また、今は症状が出ていなくても、高濃度曝露によって今後影響が出る可能性だってある。PFOAは、摂取後すぐに症状が出る「急性毒性」がある化学物質ではない。体内に蓄積し、後になって自身に症状が出たり、子に影響したりする。
血液検査で一人一人の曝露状況を確かめることが、健康影響を調べる出発点なのだ。
血液検査が必要な理由は、健康影響を調べるためだけではない。
水道水のPFOA汚染は、地元の満栄工業が水源の近くにPFOAを含んだ活性炭を置いていたことから発生した。町は汚染を把握してすぐに対策を取らなかった。町民に健康影響がある場合、誰が責任を取るのか。飲用停止直後の曝露状況を把握しておけば、今後町民が補償を求める際に被害を証明する材料になる。
●京大科学者に助けを求め
有志の会は、自ら検査機関を探した。他地域で実施した血液検査を調べたり、知人の伝手を頼ったりしてたどり着いたのが、京都大学名誉教授の小泉昭夫と、同大学准教授の原田浩二だ。
小泉は、国内のPFAS研究の先駆者だ。原田は学生時代、小泉から直接教えを受けている。
二人は、ダイキン工業が引き起こす大阪でのPFOA汚染の研究に、2000年代初頭から取り組んでいる。小泉率いる京大の研究チームは2005年、ダイキン淀川製作所が世界の1割に当たる量のPFOAを放出し、府民の水道水の水源に繋がる河川を汚染していた事実を突き止めた。2010年には、淀川製作所がPFOA製造過程で大気中に大量のPFOAを放出していたことを証明。環境衛生分野での世界的有力誌『Environmental Science & Technology』に論文が掲載された。
小泉の退職後も、京大では原田がPFAS研究を引き継いでいる。退職した小泉と共に、PFAS汚染が発生した大阪や東京、沖縄などで、地域住民の血液検査を行ってきた。二人が実施した血液検査によって、地域住民の高濃度曝露を見つけられたり、医療機関と連携してPFAS外来が設けられたりした実績もある。
有志の会から血液検査の実施を依頼された小泉と原田は、快諾した。
全国各地で血液検査を実施してきた二人にとっても、吉備中央町でのケースは驚きだった。すぐにでも血液検査を実施し、曝露状況を把握すべきだと判断した。
11月26日、有志の会のメンバーやその家族を中心に、27人が血液検査を受けた。
●2歳児から国平均70倍の高濃度PFOA検出
12月上旬、検査結果が出た。
上原京子(仮名)の家族からは、自分と夫、2歳の息子が検査を受けた。
京子が一番心配していたのは、息子の健康だ。生まれてからずっと、水道水で育ててきた。2023年10月にPFOA汚染を知ったその瞬間も、水道水で作ったカレーライスを食べさせていた。
京子は封書を開き、紙を取り出した。
自身の値は、97.7ナノグラム/mL。夫は、76.1ナノグラム/mL。
この値は、環境省が示す全国平均値2.2ナノグラム/mLの、それぞれ44倍、34倍だ。米国政府が採用する臨床ガイダンスでは、20ナノグラム/mL以上で処置が必要とされているが、その値も超えている。
予想はしていたが、これほど高いとは思っていなかった。だが、息子の値を見てさらに驚いた。
151.9ナノグラム/mLだった。
国平均70倍で、健康リスクに関する米国の指針値も大きく上回っている。
京子は、紙を持つ手が震えた。
すぐに、いろいろなことが頭の中を巡った。
息子を産んでからは、3時間おきの母乳で育てた。当時も、京子は毎日のように水道水を飲んでいた。日々の離乳食は手作り。今もお菓子はあまり与えず、代わりにお茶や味噌汁を飲ませている。すべて、水道水で作ったものだ。
京子は自分を責めた。
「息子のためにと思ってやってきたことが、かえって大量のPFOAの摂取につながってしまったんだ」
同時に、町の杜撰な仕事に対しても怒りが湧いた。
「3年前の汚染発覚時にきちんと対処していれば、2歳の息子は被害に遭わなかったはずなのに・・・」
京子は、京大の小泉に息子への措置を相談した。
「子どもはPFOA曝露によって肥満になりやすくなると言われているので、今後は経過を見た方がいいですね」
京子には、心当たりがあった。
息子はこれまでずっと、健康診断では「痩せ気味」に近い「普通」の体重だったが、最近は「肥満」になり、さらにその度合いも進んでいる。あまりに急な変化で、不審に思っていた。肥満はさまざまな疾患を引き起こす要因にもなる。
京子は、息子に定期検診を欠かさずに受けさせることを決めた。
●国や岡大研究者のメンツを気にする町
高濃度のPFOA曝露が判明したのは、上原家だけではなかった。
検査を受けた27人全員が、高濃度だった。
平均値は171.2ナノグラム/mLで、中央値は162.6ナノグラム/mL。
この27人は、円城地区の中でも、異なる場所に住んでいる。それでも全員が、国が出した全国平均値や米国の指針値をゆうに超えている。
この結果を受け、有志の会のメンバーは、少なくとも円城地区の町民約1000人全員が血液検査を受けるべきだと感じた。町長の山本雅則に対して、血液検査の実施を求める要望書の提出を決めた。
だが、町は検査の実施に後ろ向きだ。ただ要望するだけでは応じないだろう。今回の血液検査結果や、結果がもつ意味なども伝え、危機感を持ってもらわねばならない。
そのためには、検査を実施した京大チームの協力が必要だ。有志の会は、小泉を吉備中央に招き、町長の山本に検査結果について解説してもらった上で、要望書を提出することにした。有志の会は、町長の山本にその旨を伝えた。
12月中旬、町職員の楢嵜秀徳が山本の意向を伝えるため、有志の会の小倉博司の自宅を訪れた。楢嵜は、PFOA汚染への対応を担う職員の一人だ。汚染源である活性炭が置かれていた「財産区」の書記担当でもある。
要件は、町長の山本は京大の小泉と話したくないという内容だった。町が設置した委員会には、岡山大学や国の機関の研究者がいる。「その人たちのメンツが立たない」と楢嵜は言った。さらに町長は、その様子をメディアに報じられるのも嫌がっているという。
楢嵜は、博司の自宅で2時間ほど粘った。だが、博司は町側の要求をのまなかった。
●町長、町民からの要望書を丸めながら「住民の思いに沿いたい」
12月20日、有志の会による要望書提出の日を迎えた。会場には、15人ほどの報道関係者が集まった。
有志の会からは、会代表の小倉博司と、メンバーの阿部順子が前に出た。
順子はこれまでの思いを綴った手紙を読み上げた。
「町の説明会にはすべて参加し、その都度希望者全員の血液検査を要望しましたが、山本町長からの返事は否定的、もしくははっきりとしないものでした。やはり、町は血液検査をやらないのではないか。そう思いながら打ち合わせを重ね、11月26日に血液検査を実施していただくことになりました」
検査を受けた町民たちの声も取り上げた。
「症状について思い当たる節がなく、ずっとなんでだろう、と思っていた」
順子も同様だった。
「私にも関連が疑わしい症状があり、ずっと思い悩んでいました。私の家族は3回泣きました。ここに住んでいなかったら、ひょっとして、違う未来があったのではないか、そう思うとたまらない気持ちになりました」
そして、「地域の大切な子供たちの未来に影響が出てからでは遅すぎます。働く世代も病に倒れたら家族を支えていくことが困難になります」と血液検査の必要性を訴えた。
博司は、要望書と合わせて提出した「血液検査の調査実施の結果について」という文書内で、27人の平均値171.2ナノグラム/mLがいかに高濃度かをデータで示した。PFASを日常的に摂取していた疑いのある全国各地の住民の血中濃度だ。
吉備中央町(27人) 平均171.2ナノグラム/mL
大阪府摂津市のダイキン工業淀川製作所周辺 平均101.2ナノグラム/mL
沖縄県宜野湾市 平均33.5ナノグラム/mL
岐阜県各務原市 平均32.2ナノグラム/mL
東京都多摩地区 平均24.2ナノグラム/mL
京都からやってきた小泉は、スライドを使いながら説明に立った。PFOA汚染の国内外の動向や、吉備中央町民の曝露状況などを伝えた。
だが町長の山本は、小泉の話をまともに聞いているとは思えない様子だった。
小泉が作った配布資料を手元に置いたが、メモを取らない。そもそもペンすら握っていない。質問もしない。全て理解できたのだろうか?
そんな山本に対して、博司が念押しした。
「いずれにしても我々は、誰も責任を取らないということで被災地域の住民たちが取り残されているという形だけは決して作ってほしくない」
だが山本は、有志の会から受け取った要望書と小泉の配布資料を手で丸めて、メディアの取材を受けた。
山本は「町としては住民の方の思いに沿いたい」。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2024年7月30日時点のものです。
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