医療ガバナンス学会 (2024年12月26日 09:00)
Tansaリポーター
中川七海
2024年12月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
しかし満栄工業は、いまだに町民に対する謝罪をしていない。公表すらしていない。
満栄工業は町内の業者で、PFOA含有活性炭は町外の企業から引き取っていた。満栄工業が表に出てこない中、その企業も身を潜めている。
クラレが満栄工業との活性炭の取引があったことは取材で掴んだ。ただ、クラレはTansaの質問状に対して、汚染原因となった活性炭に関しては、同社が引き渡した可能性が「限りなく低い」と回答した。
責任を追及するには、どの企業が満栄工業に活性炭を引き渡したのかを明らかにし、その際に汚染を防ぐ対策を両社で取ったのかを検証する必要がある。
満栄工業の社長に、直接尋ねることにした。
●何カ月たっても公表せず
満栄工業は、大正10年(1921年)創業で、年間売上高は約35億円。従業員は約50人。
代々、同族経営が続いている。(1996年5月以前は省略)
1996年06月〜 社長 前田憲廣
2005年12月〜 社長 前田重信(憲廣の弟)
2010年08月〜 社長 前田憲廣
2010年11月〜 社長 前田重信(憲廣の弟)
2011年08月〜 社長 前田貴広(憲廣の長男)
2024年2月、現社長を務める前田貴広の個人アドレス宛にメールを送った。念の為、会社の問い合わせフォームと郵便で送付した。
PFOA含有活性炭を引き受けていた取引先や、満栄工業が汚染を引き起こしたことを公表・謝罪していない理由など、5つの質問を尋ねた。
2月29日、前田貴広本人から返信があった。
弊社は現在、御指摘の使用済み活性炭についての対応を各行政機関から求められ、協議並びに対応を進めているところです。
従って、弊社としては、現時点では1~5の質問内容について明確にお答えできる状況にありませんので、回答は控えさせていただきたく存じます。
よろしくお願いいたします。
満栄工業株式会社
代表取締役
前田貴広
前田貴広は、「現時点では明確に答えられない」との理由で回答を避けた。
しかしその後も、前田貴広は一向に公の場に現れなかった。町民への公表・謝罪どころか、自社のホームページ上ですら汚染の事実を公表せず、事業を続けている。行政やメディアが満栄工業の名を公表しない状況を利用しているのではないか。
そこで私は、前田貴広を直接訪ねることにした。
6月23日、編集長の渡辺周とインターンの杉田さらとともに、岡山県内にある前田貴広の自宅に向かった。
昼過ぎに到着したが留守だったので、自宅前で張り込んだ。夕刻、車で帰宅した。家族と一緒だったので、全員が家に入り少し経ってからインターホンを鳴らした。
前田貴広がインターホン越しに対応した。「活性炭の件でお話をお伺いしたい」と切り出すと、「ちょっと家ではやめてください」。
そうであればと、「場所を変えてお話しできませんか」と尋ねたが、「会社の方に問い合わせをしていただけますかね」。
だが、私が聞きたいのは責任ある立場の社長としての答えだ。
私は「前田社長個人に確認したい」と何度も食い下がった。
2分ほど交渉を続け、最終的に前田貴広は「会社の方に連絡していただいたら対応させていただきます」と述べた。改めてメールでやり取りすることが決まった。
●「幾らか把握できる点が増えてきました」
翌日、私は前田貴広の個人アドレス宛にメールを送った。取材の意図や、クラレが自社の責任を否定している旨を伝えた上で、社長である本人への取材を依頼した。
だが、前田貴広は自分で対応しなかった。
メールの返信は、前田貴広の弟で取締役を務める前田健吾から届いた。
初めまして、満栄工業の前田健吾と申します。
取締役として現在のPFAS問題で対応させていただいております。
今回、中川様の取材対応についても私の方で担当させていただきたく存じます。
2月に送った質問状に回答しなかった理由を記していた。
今年の2月にも中川様より質問状を受けておりましたが、
当時、明確な返答ができず申し訳ありませんでした。
当時としては、社内でも分かっていないことがあまりに多く、
まずは行政指導に迅速に対応することを優先させていただいておりました。
その後も行政の指導の下に対応を進めているところですが、
社内でも今回の問題について幾らか把握できる点が増えてきました。
メールはこう続く。
それで、下記のような形でも良ければ中川様の取材を受けさせていただきたく存じます。
①弊社の名前は報道の中では伏せていただけるでしょうか?
②取材については、面談等のインタビュー形式でなく、文書での質問及び回答とさせていただけるでしょうか?
③弊社の立場上、質問の全てについて詳細にお答えできないこともあります。ご承知いただけるでしょうか?
●社名が公に報道されることに「大きな抵抗感」
私は不思議だった。なぜ、満栄工業はここまで悠長でいられるのか。
満栄工業は、PFOA含有活性炭の杜撰な管理により、取り返しのつかない事態を招いたのだ。水道水が使えなくなり、町は大規模な水道管の取り替え工事を実施した。水源のダムが使用できなくなり、現在は水を購入している状況だ。町民の血液からは高濃度のPFOAが検出され、2歳の子どもまで被害に遭っている。
一刻も早く謝罪しなければならない状況で、いまだに社名が報じられることを拒む。輪をかけて、社会的な信用が落ちるのではないだろうか。
私は、返信でこう綴った。
①の社名を伏せての報道についてですが、Tansaでは公職にある人物、社会的責任を負う企業については、全て実名で報じています。これは、責任の所在を明確にし、適切な対応が取られるようにするためです。
本件では、町長や町職員などの不手際によって被害が拡大しました。しかし、町自身での原因究明や責任追及は十分とはいえず、本件に関わった職員名が伏せられたまま、貴社への責任追及が進んでいます。Tansaでは、公人である政治家や行政職員も責任を取らねばならない立場であると判断し、すべて実名で報じています。
貴社の名前もすでに公になっています。国会(衆議院予算委員会)では、貴社が名指しされ、実名で審議されています。さらに今後は、訴訟等、公の場で審議されていくことが予想されます。今は貴社の名前は一部報道でしか出ていませんが、広く報道されるのは時間の問題だと思います。
汚染原因となった活性炭を貴社に納入した企業についても、明らかになるのは時間の問題ではないでしょうか。また、明らかにしてその責任を質さなければ、今回の汚染に関して、貴社が必要以上に責任を負う事態になる可能性があるのではないでしょうか。
実名報道は譲れない。取材を再度検討するよう記して返信すると、前田健吾から返事があった。
実名報道についてですが、貴社の報道姿勢について、責任の所在を明確にさせるという理念に基づき、常に実名報道をされているという点はよく理解できました。
弊社の名前が国会や一部の報道で既に出ていることは把握しております。
将来的に訴訟等が起きた際に弊社の名前が公になっていくことも理解しております。
ですが、現状では弊社の中でPFAS問題の根深さや未だ見えていない部分の大きさを考えると、社名が現時点で公に報道されていくことには大きな抵抗感を抱いており、各メディアからの取材については現時点では実名報道を控えていただけるようにお願いしております。
何卒ご理解をいただければ幸いです。
満栄工業が「抵抗感を抱いている」かどうかは問題ではない。被害を与えた町民や社会に対して説明を尽くす必要があるのだ。
現時点で不明なことは不明だと説明し、判明していることはその都度公にしていくのが企業としての真摯な態度ではないだろうか。自ら説明せず、報道や行政の調べで事実が公表されていき、信頼を失った企業は多い。
私は、他の取材で得た事実をもとに実名報道する旨を伝えた上で、匿名とする条件には同意できないので取材は辞退することを伝えた。
社長の前田貴広は自ら取材を受けず、社の名前の公表すらも拒否した。
だが、取材に応じる満栄工業の役員を見つけた。次回報じる。
=つづく
(敬称略)
※この記事の内容は、2024年9月3日時点のものです。
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