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Vol.25010 能登に響く声

医療ガバナンス学会 (2025年1月20日 09:00)


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医療ガバナンス研究所
研修講師 早川明子

2025年1月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2024年12月28日から2025年1月2日まで、震災から1年の能登を訪ねた。凹凸の多い道路は何とか奥能登まで通じているが、至る所に土砂崩れを防ぐネットが張られ、壊れた無人の家屋もそのまま放置されていた。復興の遅れは報道されているが、実際に目の当たりにした光景は衝撃的だった。

今回の訪問は、石川県医師会と坪倉教授が主催する福島県立医科大学放射線健康管理学講座による共同研究の一環であり、調査テーマは「能登地震で被災した施設入所者の避難状況とそのリスク」である。チームは複数に分かれ、それぞれが現場支援を行いながら調査を進めた。私は能登町の特別養護老人ホーム『第2長寿園』で入所者の介助を行いながら、できる限り多くの声に耳を傾けるよう努めた。

第2長寿園は九里川尻湾近くに位置し、正方形で中央が中庭として開放された平屋建ての本館と、4階建ての新館が渡り廊下で繋がっている。震災前、新館には1階から3階まで各10名が入居しており、4階には眺望を楽しめる浴室が設置されていた。大地震がこの土地を襲うことなど、誰も予想していなかったに違いない。

施設⻑の橋本氏は、「能登は震災前から若者が定着しない土地だった」と語る。そこへ震災が追い打ちをかけ、高齢化がさらに深刻化したという。地震により新館は半壊し、閉館を決めた。県外への移住も含め、退職者が相次いだ。現在、入所者への対応は必要最低限の職員数で維持されている状況だ。「事業として存続していけるのか」今後の施設運営への不安は拭えない。それでも橋本氏は“新しい年は新しい気持ちで迎えたい”という思いから、例年通り元旦の祝賀会を開催すると決めた。冒頭の挨拶では「⺒年にちなみ、私たちも脱皮して成⻑し、前向きに生きる」というテーマを掲げた。

鳴瀬副施設長は半壊した新館に我々を案内し、震災直後の様子を語った。スプリンクラーで水浸しになった新館は、壁が崩れ、床には破片が散乱し、一部の天井は崩れ落ちたままだった。そこには、緊迫した空気が今なお漂っているように感じられた。

震災直後、新館の入居者を被害の少ない本館1階へ移した。標高が高いため津波の心配はないと理解していたものの、すぐ近くの運動公園に津波が押し寄せる様子を目の当たりにし、足が震えたという。津波が眼下に迫る中、屋外の狭く急な非常階段を使って入居者を車椅子ごと運ぶ作業は「まさに命がけだった」と振り返る。電気や水道が止まり、物資も届かない状況の中で、広間に80名の入居者とスタッフが身を寄せ合って過ごした。何人もの入居者が亡くなるという辛い現実にも直面した。「何をどうすればいいのかわからなかった。でも、これでいいとは誰も思っていなかった」と語る。そうした状況下で、職員は互いに声を掛け合い、団結を強めたという。

看護職員は「この一年間、ただ無我夢中だった」と言い、ある介護職員は、家族との連絡が取れなかった数日間を思い出し、涙ぐみながら当時の心境を語った。また「復興が遅いと言われているが、この地形ではやむを得ない。むしろそのような報道は、頑張っていただいている皆さんに対して申し訳ない」という声も聞かれた。
入所者は「どうやって新館の3階から降りてきたのか覚えていない。」と地震直後の恐怖と混乱を振り返りながらも「職員がとても良くしてくれた。長寿園でよかった。」と感謝の気持ちを語った。

復興を支える人々の声も印象的だった。ボランティアはさまざまな作業に取り組む中で、「床下で泥をかき出す作業が一番きつい。趣味と思っていなければボランティアは続けられない」と語る。

最近、有名レストランによる大量の炊き出しが行われた。有難いことである一方で、現在ではスーパーやコンビニ、レストランも営業を再開しており、これらの店舗にとっては大きな打撃となったとの指摘もあった。支援については、こうした難しい課題も残されている。

被災者を支えるリーダーからは、「お年寄りの多い土地だからこそ、柔軟な考え方で被災者に対応し、寄り添い、同じ目線で考えてほしい」との訴えがあった。
確かに能登の復興は遅れており、まだ道半ばではあるが、人々は力を合わせて困難を乗り越えようとしている。「怖かった」「大変だった」という言葉の後には、必ず「猛暑の時期でなくてよかった」「多くの人に助けてもらって有り難かった」といった前向きな言葉が続いた。

私自身、今なお残る震災の被害を目の当たりにし、傷の癒えない人々の心の声を聞きながら、「何ができるのか」「どうすれば役に立てるのか」と自問したが明確な答えは見つからなかった。ただ、能登の人々の明るく前向きな姿に心を打たれ、胸が熱くなった。もう他人事ではない。能登に一日も早く、かつての日常が戻ることを心から願う。

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