医療ガバナンス学会 (2025年1月16日 09:00)
特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所 インターン
東京大学大学院 医学系研究科 研究生
古麗妃熱・吐爾遜(Gulfira Tursun)
2025年1月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
多文化が交差する新疆の地に生まれ育った私は、幼少期から伝統的な医学と現代医学が交錯した治療法に親しんできました。
記憶に残っているのは、一族の長老たちが風邪や胃痛、さらには治療の難しい関節障害にウイグル伝統医学を用いて治療していたことです。長老たちは困難な時代に生まれ、限られた医療資源の中で伝統的な生活や医学の知恵を積み重ねてきました。代々受け継がれてきたこれらの治療法は、病気に直面した際の主たる拠り所になっていったのです。
こうして私も幼少期から、病気への対応が、単なる医学の問題にとどまらず、文化や言語、宗教、民族といった複雑な次元で深く関わりあっていることを体感してきました。
時が経ち、私の故郷も社会の進展とともに変化していきました。ウイグル族やモンゴル族独特の地域に根差した伝統医学やその知恵が、発展しつつある現代の医学や医療システムと出会い、互いに影響を与え合うようになりました。同時に、伝統医学と現代医学との間には依然として大きな隔たりがあることも実感しています。
こうした背景の中で、私は医学というものに対し多角的な視点から認識を育むことができました。
その後、私は中国本土で先進的な医学教育を受け、さらに、伝統医学を尊重し発展させている日本に渡りました。ここ日本で私は、漢方医学が現代医学と密接に結びつき、慢性疾患の管理において重要な役割を果たしているのを目の当たりにしました。この経験は、私の視野を広げるだけでなく、伝統医学の価値を再認識させるものでもありました。
私は当初、エビデンスに基づく医学こそが唯一信頼できる医学だと固く信じ、伝統医学には深い懐疑心を抱いていました。しかし、学びと実践を通じて、また家族の経験を通して、伝統医学には独自の治療効果があり、現代科学と対立するものではないことに気づきました。実際、両者の間には広い協力の可能性と融合の潜在力が眠っていることが分かりました。
本稿では、ウイグル医学と漢方医学を例に、政策の支援、実践的な探索、研究開発といった観点から、伝統医学と現代医学の融合の道筋を考察し、将来的な協力の可能性と示唆についても検討します。
⚫︎背景分析
[一]中国のウイグル医学の現状と転換
中国の少数民族医学を代表するウイグル医学は、中央アジア文化やイスラム医学の伝統を融合しており、その総合的な調整思想や天然薬物治療の特徴が広く注目されています。
近年、政策支援と大学教育の強化を通じて、ウイグル医学は現代化の過程で顕著な進展を遂げました。例えば、新疆医科大学や南方医科大学などの機関がウイグル医学専攻を設置し、新疆医科大学附属ウイグル医学病院は薬草研究や療法の検証に力を入れています。
代表的な薬物として、ローズ花口服液、アイウィハート口服液、ズカム顆粒などが科学的に検証され、市場に投入されています。これらの薬物は心血管疾患や消化器系機能障害の治療に新たな選択肢を提供し、保険制度にも組み込まれたことで、患者の経済的負担軽減とウイグル医学の認知度向上に貢献しました。
[二]日本の漢方医学の発展経路
日本の漢方医学は、中国に起源を持ちつつも、次第に日本の文化的特色が反映され、ローカライズされていきました。薬草栽培、用量研究、病気管理において、漢方医学はより精緻で規格化された特徴を有しています。
1976年には日本で初めて漢方薬が保険診療の対象に加えられ、葛根湯や小柴胡湯などが保険適用となりました。胃腸病や女性の月経調整、がん治療の回復過程において、漢方薬が顕著な効果を示しています。
例えば、六君子湯は肝機能障害患者において良好な吸収性と治療効果を示し、小柴胡湯は化学療法関連の症状緩和において臨床試験の結果が信頼性を高めています。政策支援と臨床試験を通じて、伝統的な治療法に止まっていた漢方医学は、規範化された医療システムへの導入という重要な転換を達成しました。
⚫︎日中伝統医学の比較:政策支援と実践の差異
中国では『中医薬法』により、政策として中医薬と現代医学が並行して普及している一方、少数民族の医学は普及範囲が狭く、主に一部の地域でのみ実践されています。
これに対し、日本の漢方医学は完全な保険体系と厳格な品質管理を背景に適用範囲を拡大し、中国の少数民族伝統医学よりも高レベルの規範化を達成しています。
⚫︎ケース分析と科学的探求
[一]ウイグル医学のケース
・ローズ花口服液:2019年の研究によると、この薬物は不安の緩和や胃腸機能の改善に顕著な効果を示し、IBS(過敏性腸症候群)の症状の軽減に効果があります。
・アイウィハート口服液:新疆特有の植物を主要成分とし、冠動脈疾患に対して抗酸化作用と抗炎症作用を通じて、二重の治療効果を示しています。
・ズカム顆粒:慢性呼吸器疾患の治療によく用いられ、201例の患者に対する臨床観察でその有効率が87.5%に達しました。
[二]漢方医学のケース
・小柴胡湯:2015年のランダム化比較試験(RCT)において、化学療法後の胃腸の不快感における症状緩和率が60%以上を記録しました。
・葛根湯:初期の風邪患者に使用することで抗生物質の使用を削減する効果が認められました。
これらの事例は、ウイグル医学も漢方医学も特定の慢性疾患分野で独自の優位性を持っているものの、厳密なRCTにより、科学的根拠と臨床的適用可能性が確認されるべきであることを示唆しています。
私の父親はウイグル医学の“潜在能力”の直接的な恩恵を受けた一人です。彼は冠動脈疾患と高血圧を患っており、医師の勧めでアイウィハート口服液と現代薬物を併用した結果、病状は安定的にコントロールされています。ウイグル伝統の処方を基に開発された現代の薬物が、慢性疾患管理における伝統医学の補助的な価値を示し、学際的なコラボレーションの可能性を提示したといえます。
しかし他方、私の家族における別の経験では、伝統医学に依存し過ぎることの潜在的な危険性が浮き彫りになりました。
私の祖母は胃痛を中国のポピュラーな民間療法「焼きパン法」で緩和していましたが、適切な医学介入を無視して胃病の悪化を看過した結果、危うく治療のチャンスを逃すところでした。
これらの個人的な経験を通じて、私は伝統医学と現代医学のコラボレーションの重要性を再認識しています。伝統医学は効果的な補助手段であり得ますが、病状を正確に把握し、科学的な診断によって安全性と効果を確保する必要があります。
⚫︎現状分析:伝統医学の受容者と文化との関係
多くの高齢者に伝統医学が好まれる理由は、医療資源が不足していた時代に起因しています。経済的事情や情報収集能力の限られた中で、患者はしばしば自らの文化背景に合った治療法を選びがちです。時には、宗教的な要因がこの傾向をさらに強めます。
しかし、これに依存することが、専門的な資格を持たない施療者に機会を提供してしまい、伝統医学の信頼性の過大評価につながり、結果的に伝統医学の評判に傷を付ける原因となっています。
したがって、伝統文化を尊重する一方で、健康教育を通じてエビデンスに基づいた医学の概念を広め、患者が理性的に治療法を選べる状況をつくることが求められます。それにより、伝統医学の評判が守られるとともに、患者がより合理的に医療サービスを選択できるようになるでしょう。
⚫︎融合の道筋を探る:科学と文化をつなぐ橋
伝統医学の発展を促進するには、科学的な研究によりその治療効果を証明し、同時に限界も明示して、客観的な情報を広める必要があります。現代医学と伝統医学の真の融合は、次のような方法で実現されるべきです。
・多層的な臨床検証:厳密なRCTの枠組みのもとで、多施設研究を実施すること。
・双方向の推進教育:地域医療機関や一般大衆に対して、エビデンスベースの医学と伝統医学が補完し合うことを理解させること。
・制度と文化の協調:保険政策を支持し、多様な診療モデルを創設して、患者のニーズに応えつつ医学の科学性を保つこと。
⚫︎まとめと展望
ウイグルの日常の中にある学習と実践を通して、私は伝統医学の強みが疾病管理における総合的アプローチにあることを確信しています。
この統合的な試みは、現代科学の研究と並行して進めうるものであり、世界の医学進展を促す重要な補完的な力となります。
世界の医療文化が一層融合していく中で、ウイグル医学と漢方医学の経験は、発展途上国および世界全体の伝統医学の再振興に貴重な示唆を与えることができるでしょう。
将来において、伝統と現代、東洋と西洋の医療体系間の橋を築き、健康福祉の向上に貢献するためには、継続的な実践と探求が必要です。
古麗妃熱・吐爾遜(Gulfira Tursun)
1999年、中国新疆生まれ。2024年、広東医科大学予防医学専攻卒業(学士)。現在、医療ガバナンス研究所のインターンとして活動しながら、東京大学大学院医学系研究科で医療倫理の研究を行っている。国内外の公共衛生や医療分野での研究経験を有し、多言語能力を生かした執筆・国際交流活動でも活躍中。