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Vol.25012 温かさを奪われる世界:ガザと日本における低体温症の共鳴

医療ガバナンス学会 (2025年1月22日 09:00)


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相馬中中央病院
原田文植

2025年2月22日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

イスラエル、ガザ「人道地区」を空爆 子供含む11人死亡(2025年1月2日日本経済新聞)

2025年早々に届いた衝撃的なニュースで思い出した症例がある。昨年3月に低体温症で運ばれた99歳女性のことだ。
福島県相馬市内在住の女性は、近隣に息子兄弟が住んでいるものの一人で暮らしていた。自宅の庭で倒れているところを訪れた長男に発見された。高齢である長男にとって、その時点では母親を炬燵に移動し、経過観察するので精いっぱいだった。
翌々日、食事がほぼ摂れていないこと母親を心配した次男が、救急要請した。救急隊からの連絡で、女性の体温は27度とのことだった。(生きているの?その体温で?)耳を疑った。搬送された時点で呼びかけに反応はあった。低体温の他にはバイタルサインにそれほど異常はなかった。採血結果は感染と脱水を示唆するデータは認めたが、年齢と比し、栄養状態や肝腎機能などはしっかりしていた。
おそらく、一人でもしっかり生活していただろうことがうかがえた。低体温症に対するマニュアルに基づいた治療と抗菌治療を行うも、翌日未明永眠された。死亡との因果は不明だが、ルーチン検査で女性はコロナウイルスに感染していることが判明した。高齢患者ではコロナ感染しても必ずしも発熱しないケースは多い。可能性は高くはないが、コロナが低体温を引き起こしたのかもしれない。少なくとも発熱していない場合、放置される可能性は十分あり得る。

低体温症と凍死とは異なる概念だ。低体温症という言葉は医学の文脈の中で使われることが多いため、あまり一般的には馴染みがないかもしれない。低体温症とは、体の中心部(核心温度、core temperature)が35℃未満に低下した状態を指す。この状態では、体内の重要な臓器(心臓、脳、肝臓など)の機能が正常に働かなくなるため、適切な処置が施されなければ死に至る。つまり、その状態が凍死だ。とてもセンセーショナルな印象を与える病名だと思う。北海道出身の経験豊富な同僚医師に訊いてみたが、まずつけることがないとの返答だった。

ちなみに、日本の凍死者は2010年以降、年間1,000人を超えている。大半は高齢者が室内で低体温症になり死に至るケースで、冬山などの屋外でのそれよりも多い。
あまり知られていないことだが、低体温症による死者数は熱中症による死者数より多い。厚生労働省の人口動態調査で、2013年から2022年の10年間に低体温症と熱中症で亡くなった人の数を比べると、低体温症の方が1500人ほど多い。急速な少子高齢化にともない、独居老人が増えている。
2024年8月に出された警察庁の報告によると2024年1~6月に自宅で死亡した1人暮らしの人は全国で3万7227人(暫定値)いて、うち65歳以上の高齢者は2万8330人だった。この中には低体温症から凍死に至ったケースも相当数あるのではないだろうか。過小診断されている可能性もある。今回経験した症例は東北地方沿岸部での出来事だが、寒冷地域にのみ起こるわけではない。筆者は東京都内でも在宅診療をしているのだが、都内の住宅は概して寒い。特に、経済的事由その他で補修されていない古い家屋の冬は本当に寒い。高齢になると寒暖に対する知覚が低下することに加え、独居老人の増加や老々介護も凍死の要因になり得ることは間違いない。

話はそれるが、2023年末に真冬の海での水難事故で水中に45分浮かんでいたにも関わらず、低体温を発症しなかったケースを体験した(http://medg.jp/mt/?p=12095)。男性の場合、若かったことと過度の肥満であったことが奏功したと思われる。低体温症のリスク因子として、年齢や持病が挙げられる。高齢者は何らかの持病を持っている可能性も高いのでその時点で高リスク群になる。

大切なのは、そのことに対する認知である。たとえ独居老人であっても、家族を含む第三者が温度管理をすることぐらいは現代のスペックを用いれば簡単な話だろう。ウェアラブルデバイスで体温管理すれば完璧であるが、部屋の温度をリモート管理することはそれほど難しくはないはずだ。
餓死同様、21世紀の現代において自宅内で凍死をする世の中になるとは夢にも思わなかった。防寒も基本的人権における生存権の範疇だ。
ガザ地区は比較的温暖な地域だ。冬でも最低気温は10度程度。しかし、地中海沿岸にあるため、降雨などがあるとかなり冷え込むらしい。戦争中で物資やエネルギーが枯渇しているのかもしれない。ガザ地区とイエス=キリストの生まれたベツレヘムは直線距離にして約70㎞。2000年後、このような惨状が起こっているとイエス=キリストは夢にも思っていなかっただろう。国連が機能していないのであれば、日本も何らかのプレゼンスを見せないといけない。石破新政権に期待したい。

日本は今年税収が過去最高を記録した。それにも関わらず、能登半島で復興が著しく遅れている問題といい、孤独死問題の放置といい。行政の優先順位を再考する必要があるのではないだろうか。

寒冷環境における低体温症のリスクは、特に脆弱な社会集団において顕著であることはあきらかだ。ガザ地区における、適切な防寒対策を施せないまま命を落とす子どもたち。一方、日本国内においても、高齢化や孤立化が進む中、低体温症が高齢者の間で重大な健康問題となっている。
低体温症は、その存在を認知する、意識することで防げる可能性が高い。ただし、社会全体で意識しないといけない。

 

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