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Vol.84 論壇から―日本の明日を探る

医療ガバナンス学会 (2011年3月25日 06:00)


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東京大学経済学部 教授
松井彰彦
2011年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


1.年金と世代間格差

みんなが守りに入っている。貯蓄のある人も将来に対する不安と魅力ある利用がなかなかないために、モノが安くなっても消費行動につながらない。財政は逼 迫し、障害者施策など、経済から排除されてきた人々をすくいあげる政策に回すお金も確保できない。年金もこのままでいくと、われわれの年代より上は支払い 分より受け取り分が多いのに対し、下の世代は逆に支払い分が超過する計算だ。
今日(金)も地震が発生したが、そういうときに「約束」だから今日中に納品しろと契約履行を強要しても仕方がないこともある。年金も支払いを続けてきた 高齢者は「契約」だから払ってほしいと思う方も多いかもしれないが、年金財政の前提条件であった経済成長が大きな下方修正を強いられた現在、「契約」の見 直しは避けられない。

さらに言えば、現代の若者は、年金制度ができたとき、選挙権など持ってはいなかった。「契約」の当事者にすらなれなかった人々に負担を強いるのは専横政 治以外には考えられない。VOICE4月号の対談において、経済学者で大阪大学教授の大竹文雄氏は、「やはり、『若い人は損をしています。歳をとった人た ちは、払った以上にもらっています』ということを、政府がきちんと認めるべきだと思います。そこを認めないと、『下の世代から搾取している』ことへの羞恥 心など、芽生えようもありません」と述べ、世代間格差を縮める必要性を訴える。羞恥心はともかく、地震で発揮した互助の精神を年金問題でも発揮すべきとき である。

しかし、その途は険しい。とくに団塊の世代の政治力を憂えるのが、同じくVOICE4月号に登場する渡部昇一氏である。「そこである意味問題となってく るのが、団塊の世代がほんとうに政治好きなことです。彼らは投票率も高いのですが、他世代に比べて断然に人口が多いため、いまの日本は、彼らがもつ政治的 な意向にどうしても振り回されやすい面がある。これは悲劇です」と団塊の世代に手厳しい。団塊の世代を十羽一からげにして論じることにどの程度、意味があ るかはともかく、その世代の方々に若者の未来を考えていただく必要があることは間違いない。

さて、ここで年金の問題を少し経済学的にまとめておこう。この問題に関しては、小島寛之氏の「数学的思考の技術」(ベスト新書)が面白い。ヒルベルトの 無限ホテルの話を年金の賦課方式に結びつけている箇所は秀逸で、問題の本質を捉えている。ヒルベルトの無限ホテルとは、1号室からはじまって、2号室、3 号室、・・・とすべての整数の部屋番号のあるホテルである。ある日、このホテルは大人気で、満室になってしまった。そこへどうしても泊めなくてはならない 上客がやってきた。レセプションがおろおろしていると、マネジャーは「大丈夫」と一言。どの客もホテルからほうり出したり、相部屋を求めることなく、この 上客を受け入れてしまった。方法は簡単だ。この上客を1号室に入れ、1号室の予定だった客を2号室に、2号室の予定だった客を3号室に、と順々にずらして いって、全員を受け入れてしまったのだ。整数は無限にあるから、どこまでいっても尽きない。それを利用してのことである。

さて、賦課方式の年金がこれと同じ構造をしていることにお気づきだろうか。第一世代は保険料を払わずに年金を受け取る。それを賄うのは第二世代の保険料 だ。では、第二世代の年金は、と言えば、それを賄うのは第三世代の保険料である。この調子で続けていけば、どの世代も損することなく、保険料を払い、年金 を受け取ることができる。とくに人口と経済が成長しているときには、第n世代の年金保険料よりも第(n+1)世代の保険料(=第n世代の年金受取額)のほ うが多い。年金制度は第一世代だけでなく、すべての世代が得することが可能な夢の制度なのである。ただし、そこには条件がある。人口や経済が成長してい く、という前提が。
人口や経済が縮小する場合には、第n世代の保険料よりも第(n+1)世代の保険料(=第n世代の年金受取額)のほうが少なくなる。これが現在、われわれの経済に起こっていることである。

年金の賦課方式は言ってみれば、壮大なねずみ講だ。ねずみ講は有限の人口では必ず行き詰るが、無限の人口では行き詰まるとは限らない。ヒルベルトの無限 ホテルと同じ理屈である。しかし、経済が停滞したとき、ねずみ講は行き詰まり、修正を余儀なくされる。この点をわれわれは肝に銘じるべきであろう。

2.寄付金税制について

NPO法人等への寄付に対する優遇税制は「友愛」を唱える鳩山民主党の一つの理念であった「新しい公共」を支える最大の柱である。その柱が政局の中で脆 くも折れようとしている。この優遇税制は、これからの日本を救う鍵となるかもしれないというときに、この政局中心の政治は、あまりにも残念である。

寄付金に対する優遇税制はいくつかの観点から望ましい。第一に、これによって寄付が進むことで、先進各国と比べて貧弱な福祉部門への政府支出を補完する ことが期待できる。たとえば2007年における障害関連の公的支出はOECD平均でGDP比2.3%に対し、日本はGDP比0.7%。この差を埋めるの は、財政の現状を見るかぎり、不可能に近い。優遇税制によって新しい公共が生まれてくれば、人々も政府に頼らず、自分たちでこの国を何とかしようという力 が涌いてくるかもしれない。それによって政府支出を補完する選択的かつ人々の民意を直接反映するようなお金の使い方ができるようになる。

第二に、高額貯蓄者の「埋蔵金」を有効に活用することができる。とくに、贈与税・相続税の増税と寄付金優遇税制を組み合わせれば、老人から老人へ遺産が 移動していって有効利用されない、という連鎖をある程度断ち切ることができるだろう。贈与税・相続税アップと寄付に対する優遇税制の組み合わせは高齢者の 賛同も得やすいしくみかもしれない。

とはいえ、高齢者に偏っている意思決定のしくみを変えないことには、いずれにせよ実現は困難かもしれない。その意味で、ポール・ドメイン「子どもに投票 権を与えよ」(日経新聞「経済教室」3月11日付)は、タイトル通りの記事で、このくらいのことをしないと改革はできないかもしれないと思わせるもので あった。

3.消費税引き上げ

これだけのことをしてもやはり消費税増税はやむを得ないであろう。権丈善一「消費税と福祉国家」(東洋経済3月12日号)の提言があまりにポイントをついているのでそのまま引用する。

「社会保障と税の一体改革の最大の狙いは、消費税の引き上げである。なぜ、消費税なのか?
消費税が参考とした付加価値税は、前世期半ばにフランスで発明された。この税のすごいところは、他の税と比較して圧倒的に強い財源調達力を持っていること である。この付加価値税の発明こそが、西欧諸国の福祉国家を生んだともいえる。逆に、これをしっかりと利用しきれないままに、福祉国家のまね事をしてし まったため、日本の財政はさんざんな目に遭っているのである。」

消費税で財源を調達し、所得税や相続税でさまざまなレベルでの格差問題に対処するという基本的な枠組みの再確認が必要だろう。また、年金問題における世 代間格差も同じ枠組みの中で捉えなおされなければならない。そして、さまざまな公共目的の支出を政府に頼らずに賄うための寄付金の優遇税制を導入し、真の 意味での「埋蔵金」を掘り起こし、先進各国と比べ貧弱な「公共」支出を増やしていかなくてはならない。政局を超えた政策面での与野党の共同作業が今ほど望 まれているときはない。

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