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Vol.85 なんとしても原発作業員は守らねばならない

医療ガバナンス学会 (2011年3月25日 14:00)


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虎の門病院血液科
谷口修一
2011年3月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


福島原発の放水作業に従事された東京消防庁職員の記者会見に胸を打たれた方が多いのではないかと思う。指揮をとられた隊長さんが男泣きをこらえ、時に嗚咽 しながら、出動した隊員や送り出されたご家族に対して感謝と謝罪の言葉を述べておられた。出動された隊員およびご家族も、想像を超える世界ではあるが、我 が身顧みずとも、なんとしても地域住民ひいては日本国民を守りたいという強烈な使命感で業務に従事されたものと考える。しかし、それではいけない。彼らに そんな思いをさせてはならない。技術者は現代の先駆技術を駆使して彼らを守り、我々医療者は有効な予防法を考え実行し、万が一の不測の事態でも、絶対に救 命するという覚悟で、たった今準備、実行せねばならない。

その準備とは、私の携わっている領域で言えば、作業に当たる方々の自己幹細胞を事前に採取し凍結保存しておくことであり、場合によってはそのために未承認薬を用いることである。

急性の放射線障害は、嘔気、嘔吐、疲労感などの全身症状から個々の臓器障害に伴うものまで、さまざまな症状が発現しうる。造血幹細胞移植領域では、白血病 などの悪性細胞を死滅させる目的で広く全身放射線照射が行われている。通常の移植医療では全身に12Gyの照射が行われる。放射線障害は細胞回転(分裂) が速い細胞が障害を受けやすい。よってこの線量を照射すると、まず生殖機能と骨髄(造血)機能が確実に破壊される。ほかの臓器は比較的維持されるため造血 組織が障害されている白血病などの血液疾患には適切な治療法とされる。この場合、精密に計測された情報から全身に一様に放射線が照射されるが、放射線事故 ではまだら状に照射を受け、局所の被曝量も大きく異なるため、全く同じようには考えられないが、参考にはなる。さまざまな悪性腫瘍の治療(脳、肺、食道、 乳がんなど)で局所の放射線治療が行われるが、その線量は照射野を限定しながらではあるが、通常30-50Gyの照射が行われる。いかに生殖機能と造血機 能が放射線に感受性が高いかがご理解いただけると思う。これを逆に考えると、急性放射線障害の中には、造血障害だけが致命的であるという状況も起こりうる わけである。

造血幹細胞移植医療ではこの12Gyの全身照射の後、血液を作りだしていく造血幹細胞を血管から点滴で輸注する。一時的な効果の輸血と異なり、この造血幹 細胞は骨髄組織にたどり着き、そこで細胞分裂が始まり(生着)、新たなる血球を作り始め、その造血機能は一生涯維持される。白血病細胞は全身放射線照射で 死滅し、あらたなる正常な造血が始めることにより、白血病が治癒するわけである。この場合、造血幹細胞はHLA(組織適合性抗原;兄弟で1/4の確率で一 致)が適合したドナーから、もしくは患者さん自身から採取される。通常、全身麻酔下で骨に針を刺して骨髄液を採取する方法とG-CSF(顆粒球コロニー形 成刺激因子:本来体内に存在する白血球を増やすサイトカイン)を投与した上で血管から特殊な採血で採取する(3時間ほどかかる)。いずれの方法もその高い 安全性が日本造血細胞移植学会の長期間にわたるドナー調査で証明されている。

これらの知見から考えるに、高度な危険状態に置かれる可能性のある原発作業員から事前に幹細胞を採取・保存しておくと、仮に不測の事態となり、造血機能が 危機に陥っても、この幹細胞を点滴で輸注するだけで回復する。ドナーさんから移植する方法もあるが、この場合GVHD(移植片宿主病)と呼ばれる免疫反応 (副作用)が生じ、時に危機的となる可能性があるが、自己幹細胞であればその心配もない。もちろん他の臓器の障害もある場合は同時にその治療も行われる が、過去の事例が示しているがGVHD予防・治療を行いながらの診療はかなり複雑なものになる。この方法の有用性は、未だ実施はされていないものの(実際 にこれらの技術が可能となってから放射線事故が起こっていない)、世界中の専門家諸氏からその有用性が積極的に指摘されている。具体的には、私信ではある が、Powles R博士(ヨーロッパ骨髄移植学会原子力事故委員会委員長)、Gale RP博士(元国際骨髄移植登録機関代表、チェルノブイリ・ブラジルの放射線事故時も率先して治療に参加した放射線障害医療の第一人者)、Champlin R博士(米国MDアンダーソンがんセンター)らも高く推奨しており、この福島原発事故を受けてLancet誌でも取り上げられる予定である。これらは必要 ならば許可を得た上で開示する。Gale博士は既に来日しており、記者会見で「移植は他人からでもできるが、遺伝子の違いによるGVHDと呼ばれる合併症 の危険などがあり、場合によっては命にかかわることもある。この危険は、自分のものを使えば避けられる。なので、作業にあたる人は、前もって自分の末梢血 幹細胞を採取、保存しておき骨髄移植に備えておくべきだ」と述べている。
(https://aspara.asahi.com/blog/kochiraapital/entry/sWh2otqZz6 参照)

実際にG-CSFを使用して幹細胞を採取するには4-5日かかる。1-3日目はG-CSFを筋肉注射するだけではあるが、やはり重要な任務を前に時間がか かりすぎると思われる。虎の門病院では海外で使用されているが国内未承認のモゾビルという薬剤の使用を考え、既に当座の50人分の輸入の手続きをとり成田 空港までは届いている。この薬剤とG-CSFを使用して、1泊2日(もしくは2泊3日)の入院で採取・保存する計画である。初日は午後入院で、事前の検査 を行い、夜12時頃このモゾビルを皮下注射で投与し、翌朝G-CSFを皮下注射し、9時頃から採取を開始、12時頃に終了し、夕方には安全性を確認して退 院という方法で、既に当院では準備が整っている。これで6-7割の方は目標量が採取できるが、達しない場合はもう一泊していただく。もちろん未承認薬を使 用するため、関係諸氏にその効果と安全性については十分な説明を行い、一定のコンセンサスが得られる必要があるが、既に海外での広い使用実績があり、また 民族的に近いとされるアジア地域でも使用されている薬剤であるので、この緊急時に使用するのが妥当である。ここで考えているのは、保険診療ではない。作業 にあたる人を医学的に保護しようという『事業』である。是非、政治判断で迅速な判断をお願いしたい。

本日になって飛び込んできた情報であるが、米国国防省が放射線被爆時救命目的で開発した5-androstenediol(NEUMUNE) なる薬剤も既に動物実験での有用性とヒトでの安全性が確認されており、その使用を打診されている。実際の使用に関しては国防省がらみで米国が動いてくれる とのことである。得体の知れぬ物質の投与は躊躇されるが、事態は急を要する。現場の治療者・医学研究者の知識としてはモゾビルが精一杯であるが、使用する なら政治判断であろう。

この文章はいたずらに国民の不安をかき立てる目的ではなく、不測の事態を危惧しながらも決死の覚悟で原発最前線の業務に従事される方々を守らねばならないという一心で記載した。関係者の英断を期待する。

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