医療ガバナンス学会 (2025年4月10日 09:00)
この原稿は月刊集中4月末日発売号に掲載予定です。
井上法律事所所長、弁護士
井上清成
2025年4月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
2025年3月31日、フジテレビの第三者委員会が「調査報告書」(公表版、要約版)を公表した。(本稿は、テレビ局や芸能人の犯罪やカスハラを検証・追及しようとするものではない。あくまでも、病院の犯罪やカスハラへの理解を通して、病院・診療所のコンプライアンスやカスハラ対策につなげるため、ある意味、一般に分かりやすいテレビ局や芸能人を基礎の素材として、大胆に検討したり、推測しようと意図するものである。)
まず、検討の前提として、忘れがちな犯罪類型を再確認しておきたい。
(1)不同意わいせつ罪(刑法第176条第1項) 〔注〕刑事告訴は不要
次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
1.暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
2.心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
3.アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
4.睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
5.同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
6.予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕させること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
7.虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
8.経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
(2)不同意性交罪(刑法第177条第1項) 〔注〕刑事告訴は不要
前条第1項各号に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は 事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、性交、肛門性交、口腔性交又は膣若しくは肛門に身体の一部(陰茎を除く。)若しくは物を挿入する行為であってわいせつなもの(以下この条及び第179条第2項において「性交等」という。)をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、5年以上の有期拘禁刑に処する。
(3)犯人隠避罪(刑法第103条)
罰金以上の刑に当たる罪を犯した者又は拘禁中に逃走した者を蔵匿し、又は隠避させた者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
(4)証拠隠滅罪(刑法第104条)
他人の刑事事件に関する証拠を隠滅し、偽造し、若しくは変造し、又は 偽造若しくは変造の証拠を使用した者は、3年以下の懲役又は30万円以下の罰金に処する。
念のため、補足すると、犯人「隠避罪」は 「インピザイ」と読む。犯人をかくまう以外の方法で、警察等による発見や逮捕を免れさせる一切の行為が該当する。あいまいで紛らわしいが、特に、証拠を隠す・廃棄するなどの積極的な行為が伴っていると、罪責に問われやすくなると言えよう。
つまり、顧客 (カスタマー)の行為がセクハラやパワハラのレベルに留まるのならば、それを抑止したり被害者(職員)を保護しなくても、せいぜいカスハラのレベルに留まる。しかしながら、顧客(カスタマー)の行為が「ハラスメント」(セクハラ、パワハラ)のレベルに留まらずに、「犯罪」(不同意わいせつ・性交、傷害・殺人) のレベルに至ってしまった時には、それに加担(不保護・支援)する行為は、やはり「犯人隠避罪」 や「証拠隠滅罪」のレベルに至ってしまうこともありうるかも知れない。フジテレビの事案は、フジテレビのカスハラ責任に留まらずに、ともすれば、フジテレビ職員の刑事責任までをも想像させてしまいうる出来事なのであった。
2 第三者委員会の調査報告書より
(1)第三者委員会の調査報告書(要約版)では、「性暴力」という強い言葉を用いている。たとえば、7頁では、「その結果、当委員会は、2023年6月2日に女性Aが中居氏のマンションの部屋に入ってから退室するまでの間に起きたこと(本事案)について、女性Aが中居氏によって性暴力による被害を受けたものと認定した。」と明記された。
(2)フジテレビ(CX)は、加害者の抑止や被害者の保護を怠っていたので、アンバランスな対応だったと評価しているようである。たとえば、8頁では、「本件は、CXの社員である女性アナウンサー(女性A)が、同社の番組に出演している有名男性タレント(中居氏) から性暴力による重大な人権侵害の被害を受け、CXは女性Aから被害申告がなされたにもかかわらず適切な対応をとらず、漫然と中居氏の番組出演を継続させた事案である。女性Aは、業務復帰を希望していたが、断念して退職せざるを得なかった。」とも明記された。
(3)そして、結論としては、10頁で、「以上のとおり、中居氏と女性Aとの関係性、両者の権力格差、CXにおけるタレントと 社員との会食をめぐる業務実態などから、本事案は、CXの「業務の延長線上」における性暴力であったと認められる。本事業の報告を受けた港社長ら3名は、…(中略)…少なくとも本事案を「プライベートの問題」と即断するのではなく、 業務の延長線上の行為である可能性を認識して本事案について必要な事実確認をしたうえで対応を検討し 意思決定を行うことが適切であった。」と明記されるに至っている。
(4)さらには、フジテレビ(CX)の社員による証拠隠滅的な行為(ショートメールなどの削除)も指摘するに至った。たとえば、調査報告書(公表版)の34頁では、「B氏は中居氏の要請に基づき、同ショートメールをUI上は削除していた」と明記したのである。
以上の諸々の指摘からすると、必ずしも刑事責任までには直結はしないが、もしも、もう一歩踏み込んだ証拠が出て来たとしたら、「犯人隠避罪」や「証拠隠滅罪」といった刑事責任にもなりかねないと言ってよいであろう。
3 病院の犯人隠避の責任
少し前の2025年3月7日には、医師が犯人隠避罪で起訴されたことがあった。3月8日付の産経新聞によれば、「青森県八戸市の『みちのく記念病院』で令和5年、入院患者間の殺人事件を隠蔽する目的で虚偽の死亡診断書を遺族に渡すなどしたとして、 青森地検は7日、犯人隠避罪で当時の院長(略)と、殺害された患者の主治医(略)を起訴した。」「起訴状によると、5年3月12~13日、入院中の男=殺人罪で懲役17年=が、同室の男性=当時(73)=に暴行を加え殺害したのを知りながら共謀して警察署に届け出ず、死因を『肺炎』とする虚偽の死亡診断書を遺族に渡した上、男を閉鎖病棟に入院させ、事件を隠したとしている。」 ということらしい。
これをハラスメント事案として見立てたならば、「入院中の男」(患者、顧客)が「同室の男性」(同じく患者だが、職員に準じる。)にパワハラをしたが、加害者たる「入院中の男」に対して抑止・排除をしないままで、被害者たる「同室の男性」を隔離・保護しなかった、という風に見立てることもできよう。
つまり、どの病院においても、一歩間違えれば、「みちのく記念病院」や「フジテレビ(CX)」 のような状況に陥りかねないということなのである。今時であるから、刑事責任やカスハラ責任の類似構造を一括してまとめて、よく理解し、医療現場における適切な状況把握につなげていくべきところであると思う。