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Vol.25087 東日本大震災前後の福島県における平均余命・損失余命の変化

医療ガバナンス学会 (2025年5月14日 08:00)


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東日本大震災前後の福島県における平均余命・損失余命の変化

福島県立医科大学放射線健康管理学講座
博士課程院生 小坂真琴

2025年5月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は、福井市のオレンジホームケアクリニックで在宅医療を行いながら、福島県相馬市の相馬中央病院でも一般内科の診療にあたっています。相馬で患者さんとお話ししていると、東日本大震災が今も日々の生活に大きな影響を与えているケースがあることを実感します。

今回、私たちの研究チームでは、震災が人々の健康にどれだけ影響したかを、「平均余命」という指標で数値的に分析し、研究成果が国際的な学術誌「Nature Scientific Reports」に掲載されました(1)。今回は、その内容をご紹介したいと思います。

今回の研究では、2006年から2018年の福島県の人口統計と死亡記録を基に、震災前(2006~2010)、震災後前期(2012~2015)、震災後後期(2016~2018)という3つの時期に分けて、性別・年齢・疾患別の平均余命(LE:life expectancy)と損失余命(YLL:Years of Life Lost)を分析しました。平均余命とは、ある年齢の人が「あと何年生きられるか」を算出したもので、損失余命は、ある疾患によって「どれほどの余命が失われたか」を算出したものです。

平均余命は、男性で78.6歳 (2006-2010年)→ 79.5歳(2012-2015年) → 80.1歳(2016-2018年)、女性で85.5歳 → 86.0歳 → 86.3歳と、震災を経ても男女ともに延びていたのです(95%信頼区間もすべて有意)。つまり、震災の大きな影響にもかかわらず、長期的には平均余命が増加傾向にあることが示されました。

疾患別に見ると、余命の損失に最も大きな影響を与えていたのはがん(悪性新生物)でした。男性では、がんによる損失余命は2006–2010年が3.72年(UI: 3.18–4.27)、2016–2018年も3.57年(UI: 3.09–4.06)とほぼ横ばい。女性でも同様に約2.7年と安定しており、がんは依然として最も大きな健康課題となっています。

これに続くのが心疾患、脳血管疾患、肺炎の順で、これらはいずれも震災後に損失余命がやや改善していました。たとえば男性の脳血管疾患による損失余命は1.09年→0.82年へと減少しました。

注目すべきは、避難指示区域を含む市町村に住んでいた人々の変化です。震災前、この地域では脳血管疾患による損失余命が1.30年、心疾患による損失余命が1.88年と、避難指示区域を含まない市町村(それぞれ1.08年、1.73年)より悪い値を示していました。しかし震災後、これらの疾患による損失余命は大きく減少しました。2016–2018年には脳血管疾患の損失余命が-0.65年、心疾患で-0.36年と、非避難区域よりも大きな改善を見せました。これは、震災後、被害の大きかった地域で行われた医療支援や健康政策が、特に被災が深刻だった地域で功を奏した可能性を示しています。

一方で、がんによる損失余命は震災後も減らず、避難指示区域を含む市町村の男性ではむしろ増加傾向が見られました(2012–2015年で+0.16年)。震災後前期にのみ増加していることから、放射線自体の影響とは考えにくく、むしろ震災直後の医療アクセスの低下や検診が中断・延期したことが要因として考えられます。

本研究の結果は、災害後においても医療体制の整備と健康対策が適切に機能すれば、健康指標は改善し、地域間の健康格差が縮まりうることを示しました。避難指示区域を含む市町村は、県民健康調査や相双地域での医療センターの開設などの取り組みの恩恵を大きく受けた可能性が考えられます。

しかしながら、がん対策や長期的な慢性疾患の管理については、まだ課題が残されています。今後はさらに疾患ごとの分析や、他地域との比較を進め、どのような取り組みが平均余命の改善に効果があったのか、検証していく必要があると考えています。

今回の研究を行うにあたりご指導いただいた齋藤宏章先生、村上道夫先生、小野恭子先生、尾崎章彦先生、池田有花先生、そして坪倉正治先生に心より感謝申し上げます。

(参考文献)
1.Kosaka M, Saito H, Murakami M, Ono K, Ikeda Y, Ozaki A, Tsubokura M. Changes in long-term life expectancy and years of life lost following the Great East Japan Earthquake in Fukushima Prefecture. Sci Rep. 2025 Feb 14;15(1):5490. doi: 10.1038/s41598-025-88513-3. PMID: 39953097; PMCID: PMC11828875.
・本論文を紹介した福島民友の記事・「福島県内の平均余命、震災後延びる 福島医大研究、国際誌に掲載」 https://www.minyu-net.com/news/detail/2025050310192635947

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