医療ガバナンス学会 (2025年6月16日 08:00)
この原稿はAERA DIGITA(2025年4月16日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/254475
内科医
山本佳奈
2025年6月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
私は、これまでに何度もそう思ったことがあります。5年ほど前には、GLP-1(ジーエルピーワン)受容体作動薬を内服[※1] し、体重を減らすことに成功しました。しかしながら、内服をやめてからは減らした体重を維持するのがとても大変で、ちょっと油断すると鎖骨のラインが消え、お腹がぽよぽよとしてきます。
「誰も、私の身体なんか気にしていないよ。」といえばそうなのですが、どうしても自分の体型が気になってしまうのです。「モデル体型とまではいかずとも、ある程度やせていたい」とどうしても思ってしまうのです。
そう思ってしまう性格は、物心ついた頃から変わりません。そんな性格に思春期という身体と心が不安定な多感な時期と重なって、私はストイックな食事制限にブレーキがかからず、摂食障害になってしまったのです。
●高1でぽっちゃりを気にして35キロに
ことの始まりは、高校1年生になった頃。かなりぽっちゃり体型だった私は、他人と自分の体型の違いが気になり始めたのです。自分の太った体型が気になって仕方なく、常に周囲の人と体型を比較するようになりました。「細くならないと!」そう思った私は、食事制限によるダイエットを始めたのでした。
ちょうどその頃、大学受験を意識し始め、今まで以上に勉強に力を入れ始めた時期でもありました。痩せるため、そして大学受験に成功するために、3食の食事制限を徹底し、お菓子は一切食べず、帰宅してからは寝るまでひたすら勉強をするという毎日を送ることにしたのです。
そんなストイックな生活のおかげで、ある日を境に、日に日に細くなっていきました。体重もどんどん減っていきました。そんな目にみえる身体の変化が嬉しくなり、食事制限はさらにエスカレートしていきました。次第に頬はこけ、生理も不規則になってしまいました。
日ごとに体力は落ち、通学カバンを持つのもやっとのことになり、階段を登ることさえ出来なくなってしまいました。体重は35キロを下回っても、それでも私は、「もっともっとやせないといけない……」と思い込んでいたのでした。
●担任の先生のすすめで病院へ
そんな私をみるに見かねた担任の先生の強い勧めで(仕方なく)実家近くにあった大学病院の精神科を受診しました。診察してくださった先生からは、「あなたは、餓死寸前の状態です。このままでは死にますよ。」と言われ、「即、精神科病棟に入院」となったのです。
そう、いつの頃からか、私は「摂食障害」を患っていたのでした。もちろん、当時の私には、摂食障害であるという病識は全くありません。そのため、友人や担任の先生、そして両親の心配が、私の心に届くことはなかったのでした。
即入院となった私に待っていたのは、精神科病棟での入院生活でした。病識のない私は、「どうして鍵付きの病棟に閉じ込められるんだ」と怒りの気持ちを抑えることができません。主治医からは「体重を10kg増やさないと退院できません。」と言われ、3食山のようにどんぶり鉢に盛られた米とおかずが私の元に届いたのです。最初は自分の置かれた状況を受け入れることができず、食事にもほとんど手をつけない日々が続きました。
●4カ月で退院できたものの
2カ月ほどが経った頃、「本当に退院させてくれないんだ」とわかった私は、その日からなるべく動かないようにすることでカロリー消費を抑え、一生懸命ご飯を食べることに集中するようになりました。そのおかげで、4カ月ほどで退院することができましたが、過食気味になったり、食事制限をしてしまったりと、とても不安定になり、勉強どころではなくなりました。何とか高校を卒業することはできましたが、大学受験はもちろん不合格。浪人することになったのでした。
1年間の浪人生活の末、何とか大学に合格することができました。今となっては、浪人生活を送ったこと、目標に向かって勉強したことはとても良い経験だったと感じています。けれども、「あの時食事制限をしなかったら、摂食障害にならなかったら、本当に行きたかった大学に合格できたのではないか……」と思うと、悔やみきれません。
極端なことをしてはいけないということを、身をもって体感したおかげでしょうか。摂食障害を再発することなく、現在に至っています。とはいえ、体型が気になってしまう性格は、今も昔も変わりませんから、体重を維持するように意識しないといけません。
●たどりついた体重維持方法
そんな私が、今行っている体重維持の方法が3つあります。1つ目は、食事です。大好きだったパン中心の生活から、米中心の生活に変えたことで、食後から空腹を感じるまでの時間が長くなり、間食する回数が圧倒的に減りました。偏食が高じてコロナ禍には亜鉛欠乏を発症してしまった私ですが、パートナーに恵まれてからは食事のバリエーションが増え、さらに食事の時間が楽しくなったように感じています。
二つ目は、運動です。運動より勉強中心だった幼少期を送ってきた私は、運動習慣がありませんでした。そのため、ジムに入会するも三日坊主で、長続きすることはありませんでした。そんな私ですが、今ではジムに通って2年半が経過しています。軽めの筋トレに有酸素運動を取り入れる1時間だけのワークアウトですが、汗をかくことで集中力が増すことを実感してからは、ほぼ毎日欠かさず通っています。
三つ目は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)からなるべく目を逸らすことです。SNSには、「こうすればやせられるよ」といったダイエットを助長する投稿で溢れています。このように直接的ではなくても、痩せてすらっとした綺麗な人の投稿を多く目にすると「やせたい」と思わざる得ない投稿も多いのが現状です。医学的な観点から考慮すると、明らかに「やせすぎ」の女性が、現在の世の中では「美しい」とされているのです。
●身の回りにあふれるダイエット情報
実際に、SNSの過度な使用が、摂食障害のリスク増加と関連している可能性が指摘[※2] されています。例えば、若い女性がソーシャルメディアを使用する場合、彼らが見る写真は、一般的に美しさの理想的な形としてスリムさを促進することが明らかとなっています。また、思春期の少女の中には、自分自身を撮った写真をSNSに投稿する傾向があること、そして、受け取ったコメントや賛辞を通じて、仲間よりも魅力的であることを証明することを望んでいることも、明らかになってきています。
南カリフォルニア大学の精神医学・行動科学准教授であるスチュアート氏は、「摂食障害は、女子だけが患うのではない」と言います。スチュアート氏によると、摂食障害の3人に1人は男性か男児が罹患しており、「摂食障害は女子のみに起こる」というステレオタイプは真実ではないことを指摘しています。
また、トロント大学精神医学部の教授であるブレイク氏も、「筋肉質のスーパーヒーローや、小柄なコンピューターオタクなど、社会が許容範囲とみなすいくつかの男性的な体型に合わせるプレッシャーを感じる結果、男性も摂食障害につながっているのだ」といいます。カロリーを制限するだけでなく、過度なトレーニングやタンパク質の過剰摂取、脂肪や炭水化物といった栄養素の大幅な制限をしてしまうケースもあることを指摘しているのです。
近年、過度なダイエットなどを呼びかけるSNSの投稿が未成年を含む若い世代への影響が懸念されているなか、「LINEヤフー[※3] 」では匿名でチャットのやり取りができる「オープンチャット」で摂食障害などを助長する投稿の取り締まり対策の強化に乗り出したといいます。利用者に対して直接「そのダイエット、正しいですか?」などとする注意喚起の表示を始めるほか、「過食、拒食、摂食障害を助長する投稿」に該当した場合は投稿の削除や、利用停止の措置などをとる可能性があるということです。
どうしても太りやく、体型を気にしがちな私は、何気なくSNSを眺めていると綺麗な体型の写真が写っているものや、「〇〇でやせました」といった投稿に目が行きがちでした。しかし、手に届く範囲に携帯電話を置かないこと(ふと気がつくと、携帯をいじってしまうから)、そして通知をOFFにすること(通知の音が鳴ると、つい携帯を手に取って見てしまうから)で、自分の体型を意識させるような投稿から目を逸らすだけでなく、SNSの世界にどっぷり浸かって時間を無駄にするということもなくなりました。その上、SNSの世界から離れることで、全然知らない人に対して羨ましく思ったり、憧れたりすることが減り、気持ちがとても楽になったような気がします。
過度なダイエットが最終的に摂食障害にまで至った私の例は、あくまで一例です。しかしながら、ダイエットを助長させるような広告、宣伝や番組、SNSでの投稿がたくさん溢れる今の社会は、摂食障害を引き起こすきっかけにつながる要素がたくさんあると感じざるを得ません。この問題に真剣に取り組み、過度なダイエットや摂食障害に陥ってしまう人を一人でも多く減らすことのできる世の中になることを願っています。
【参照URL】
[※1]https://dot.asahi.com/articles/-/249250?page=1
[※2]https://www.frontiersin.org/journals/psychology/articles/10.3389/fpsyg.2021.641919/full
[※3]https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250412/k10014777171000.html