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Vol.25109 無謀な医療費削減政策は廃止すべき

医療ガバナンス学会 (2025年6月13日 08:00)


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この原稿は月刊集中6月末日発売号に掲載予定です。

井上法律事務所 弁護士
井上清成

2025年6月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

1.景気後退の引き金

2025年6月6日19時38分のNHKニュース「骨太の方針 原案」によれば、「政府の経済財政諮問会議で示された、ことしの経済財政運営と改革の基本方針『骨太の方針』の原案では、アメリカ・トランプ政権の関税措置について『消費や投資を下押しするおそれがあり、わが国の経済全体を下振れさせるリスクとなっている』と指摘してい」るところである。そのため、本来ならば財務省的には、「賃上げと投資が牽引する成長型経済」としたかったところであろうが、下押しのおそれのある「投資」という文言を削減しつつ、そのニュアンスも弱め、単なる「賃上げを起点とした成長型経済」と修正したのであろう。

現在は、円安、物価高、不動産の高止まりなどから、景気の過熱感もあり、不動産バブルの崩壊のおそれも小さくない。そのような折に、年間約47兆円にものぼる医療費の一部が削減され、それも、1兆円から4兆円という大規模な削減幅になるとしたら、大変なことになる。それはすなわち、それだけのいわば「公共投資」を縮小したのと同様の国民経済的な影響となってしまう。

つまり、景気後退の引き金となってしまい、わが国全体を不況に陥れることになる可能性が高い。それは、医療界のみならず、わが国全体、国民全員にとって深刻な問題である。

したがって、患者さん達の疾病・負傷のみならず、わが国の経済にも甚大な被害を及ぼすので、そのような無謀な医療費削減政策は直ちに廃止しなければならない。

2.医療費年4兆円削減合意及びその他

2025年になってからは、それまでに続いていた医療費抑制政策に、さらなるアクセルが踏まれたように見えた。

最もショッキングだったのは、自公維の2025年度予算案合意であった。たとえば、2025年2月25日付けCBnews(兼松昭夫記者)「医療費を年4兆円削減『念頭に』自公維合意 保険料負担軽減の社会保障改革」によれば、「自民・公明・日本維新の会の3党は25日、2025年度政府予算案の採決に向けた合意文書をまとめた。現役世代の社会保険料の負担を軽減するため、早期に実現可能な社会保障改革を26年度から実行に移す。国民医療費の総額を最低でも年に4兆円削減し、現役世代の社会保険料の負担を1人当たり6万円引き下げることを『念頭に置く』としている。」ということである。

さらに、2025年6月6日付け時事通信(JIJI.COM)には、「余剰病床削減で正式合意 11万床で『医療費1兆円削減』自公維」と題する記事が載った。その内容は、6月中にまとめる「骨太の方針」にも反映されるらしい。(ただ、総論的には、医療界全体の声を一部反映し、「公定価格を引き上げることによって現場の処遇改善を進める」ものとされるらしいが、各論的にどのような改善が見られるか、予断を許さないところであろう。)

そもそも2025年は、医療費適正化計画の仕上げの第4期(2024~2029年度)に当たっている。分かりやすくて広く流布されているNECソリューションイノベーターのコラム「医療費適正化計画とは?」によれば、「日本では、保険料を納付することで、誰もが医療を受けられる国民皆保険があります。しかし急速な少子高齢化、医療技術の高度化などによる社会保障費の増加により、医療費に対する国民一人あたりの負担は増す一方です。今後も過度な増大を抑えた上で、良質な医療体制を確保しなければなりません。」ということらしい。つまり、医療費適正計画(医療費削減計画)は、もう仕上げまでの秒読みの状態ということである。

3.医療再建―絶望の医療から希望の医療へ

以上の医療費削減政策は、無謀としか言いようのないものである。したがって、それらは廃止しなければならない。

筆者は、その点を「公的医療崩壊」という観点から、概括的に「医療再建―絶望の医療から希望の医療へ」(マイナビ)という論考を執筆したことがあった。2008年の出版であって、すでに17年も以前のことではあるが、状況が現在とほぼ同様である。そこで、以下にその一部を引用する。

(1)経済と法律の無遠慮な進入が公的医療を崩壊させる
公的医療の崩壊」とは、「公的医療制度に基づく公的医療の崩壊」という意味である。誰でも、いつ、どこでも、安く、適切な水準の医療を受けられる国民皆保険制度に基礎づけられた公的医療は、まさに崩壊の危機にあると思う。

この意味での公的医療が崩壊すれば、混合診療や自由診療が主流になる。いわば、公的医療から私的医療(正確には、医療はそもそも公共的なものなので、「私的」医療ではないが、便宜上、公的医療との対比で用いる)への変動といえよう。

現在に至るまでの医療費抑制政策と医療事故責任追及政策の2つが、公的医療崩壊の主要な原因であると考えている。医療の外の分野である経済(医療経済)と法律(医事法)が、医療の世界に無遠慮に踏み込んできて、現在の公的医療崩壊の危機を創り出したのである。

(2)医療費抑制政策がもたらす弊害

①医療費抑制政策の撤廃

高度経済成長期の日本ならばともかく、低成長下の経済状況で国民健康保険制度を維持・発展させていくのは確かに困難を伴う。沈滞した経済状況下になれば、往々にして市場原理の導入による経済活性化が試みられる。そして、医療もその波に巻き込まれてしまいがちであろう。現に、そうした流れの中で、医療費抑制政策が採用されてきた。

しかし、医療費抑制政策が続けば、どうしても格差医療を生みがちになる。また、医療者が厳しい経済条件・労働条件に置かれるため、いわゆる医療事故も多発しがちになってしまう。こうして、公的医療の崩壊が起こってしまうのである。

したがって、医療費抑制政策は改めねばならない。医療費増加政策へと転換すべきである。そのひとつの鍵となるのが、医療の持つ「基本的人権としての価値」であろう。

②医療費増加政策を支える健康的生存権

医療は、その受け手の側から見れば、つまり患者、そして国民の側から見れば、生命・健康という基本的人権に直結している。生命・健康といった、「最も重要な基本的人権そのものに奉仕するのが医療である」といってよい。しかも、国民皆保険制度に基づいていれば、なおさら公共的である。

国民皆保険制度は、日本国憲法第25条に定める『生存権』に基礎を置く。生存権の健康的側面である『健康的生存権』と称してもよいであろう。具体的な診療について見れば、自由診療や混合診療でなく、保険診療である。この意味で、健康的生存権は、保険診療受給権といいかえてもよいと思う。もう少し平易な言葉に直せば、『公的医療受給権』となろうか。

ただ、これらの権利は残念なことに一般には未だ確立されていない。今後、権利として認知されることが望まれる。

いずれにしても、医療費増加政策を強力に支えるものは、健康的生存権、ないし公的医療受給権という基本的人権(ないし、そのような法的利益)にほかならない。

だからこそ、医療費の財源問題に関して、土木建設などの公共事業費や防衛費に対してその優先性を主張しうるし、時には、健康保険料や消費税の引き上げさえも全国民のために主張しうる正当性を有するのである。」

4.公共投資としての医療費増加政策の採用

以前に「医療崩壊」が叫ばれた頃から、一般的には、医療費の伸びは経済学的に見て大筋では「是」である、と言われて来たと評しえよう。ただ、もちろん、それは無条件ではない。
(1)医薬品や医療機器といった医療材料を縮減すべきであると言われる。しかしながら、医療費増加を「公共投資」と捉えれば、特に問題視する必要はない。(ただし、その医療材料が外国製品の輸入であるとするならば、その分は、公的資金が海外に漏れ出すだけだから、その穴は塞ぐ必要がある。本来は、GDPを減らす要因であるこの医療材料輸入への対策こそが最重要であろう。)

(2)医療費の伸び率と名目GDP成長率との比較を気にすることも多い。しかしながら、わが国は長く苦しんで来たデフレ経済を脱却して、インフレ経済に転換したとも評しえよう。そうであるならば、デフレ経済を前提とした医療費抑制論は力を失うこととなる。名目GDP成長率の方が上回るならば、医療費は削減する必要は全くない。

(3)高齢化社会においては、「健康寿命」をことさらに強調する議論にも違和感を覚える。将来的な生産者である年少者や、現在の現役世代への医療費サービスは、さらなる雇用や生産に直結するが、過去の生産者である高齢者は雇用や生産に直結する「健康寿命」の限りにおいて、という発想であろう。しかしながら、高齢化社会はそれ自体の対策として、社会における「高齢化対策」を(「少子化対策」と同様に)講じることによって、経済成長のベースを上方にシフトさせることによって対処すべきことと考える。
つまり、退職年令の引上げや独居老人世帯の社会経済化などの「高齢化対策」を行うべきであり、医療は削減すべき対象ではなく「高齢化対策」に沿うべく質を変化させつつ増加させていく対象と捉えるべきであろう。

 

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