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Vol.25112 一人の精子ドナーから67人の子供、そのうち10人ががん?!

医療ガバナンス学会 (2025年6月18日 08:00)


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この原稿は中村祐輔の「これでいいのか日本の医療」(2025年6月2日配信)からの転載です。
https://yusukenakamura.hatenablog.com/entry/2025/06/02/225033

国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所
理事長 中村祐輔

2025年6月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

5月28日のCNNニュースに「まれな変異遺伝子持つ精子ドナーから67人の子ども、10人ががんに 規制求める声」という記事が配信されていた。タイトルだけ読むと衝撃的だが、遺伝性がんの原因遺伝子を持つ人(その時点ではがんが発症していなくとも)が精子を提供した場合、このような事態が起こきても驚きではない。

この精子ドナーには、Li-Fraumeni症候群という遺伝性がんを引き起こすp53遺伝子異常があったそうだ。p53遺伝子は、代表的ながん抑制遺伝子であり、この遺伝子に異常があると、リンパ腫・白血病などを含めて多様ながんが若年性に生ずることが知られている。記事では、結果的に遺伝性がん遺伝子を持っているドナーからの精子を提供して67人の子どもが生まれ、すでに10人においてがんが発症しているので、規制が必要だとの論調になっていた。この疾患は優性遺伝性であるので、確率論的にはこの遺伝子を持っている子供は33-34人であり、患者の数はもっと増える可能性がある。

そもそも、遺伝性がん遺伝子を持っていても、家族内に(若い)がん患者がいなければそれに気づかず、また、精子提供時にがんに罹患していなければ、精子提供者に悪意があるとは考えにくい。それでは、精子提供者のゲノムを調べればいいのかというと、そう単純でもない。たとえば、私が見つけたAPC遺伝子の場合、家族性大腸腺腫症患者で病気の原因と考えられる異常がはっきりするのは70%くらいしかいない。もちろん遺伝子解析技術が進んでいるが、なかなか難しい。また、遺伝子の変異が特定の遺伝子で見つかっても、その遺伝子変異が病気の原因であると断定するのは容易ではない。

多くの人が遺伝病は自分とは全く関係ないと思っているかもしれないが、劣性遺伝性疾患の頻度から推定して、われわれは平均5-10種類の劣性遺伝性疾患につながる遺伝子異常を持っている。遺伝性の病気は決して他人事ではないのだ。精子提供者の遺伝子(ゲノム)解析すれば、今回のケースのような事態を完全に防げるとは限らないのである。

そして、最近大手学習塾が、水俣病について「この病気が恐ろしいのは、遺伝してしまうことです」と事実とは異なる記述があったと騒がれている。このようなとんでもない誤認識に基づいた嘘を表記し、教えることは腹立たしい。しかし、メディアは遺伝性でない病気を遺伝性と表記したことを非難していたが、私は別の視点で腹が立った。この記述では、「遺伝する病気が恐ろしい」とも解釈され、このような表現をすることの方が、重大問題だと思う。

このような発想は、まさに遺伝病差別を生んできた前時代的なカビの生えた考え方だ。私は過去30年間、遺伝性の疾患も含めていろいろな多様性を認め合い、尊厳をもって接することの重要性を訴えてきたが、どのメディアもこの学習塾の表記に潜む問題性を指摘しなかった。科学部の記者はいったい何を学んできたのであろうか。いつまでたっても、科学リテラシーが低い国だと思う。

 

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