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Vol.25113 ダイキン「PFOA曝露が問題となるであろう」 社外秘文書で25年前に予測 いま、続出する間質性肺疾患

医療ガバナンス学会 (2025年6月19日 08:00)


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Tansaリポーター
中川七海

2025年6月19日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

ダイキン工業でPFOA製造に従事していた労働者の、健康被害が明らかになった。京都大学研究者や医師からなる研究チームが突き止め、論文で発表した。

複数の労働者が、呼吸機能が低下する間質性肺疾患を患っていた。いずれの労働者も、粉塵対策が杜撰な労働環境にいた。

この労働災害に、ダイキンはどう対処するのか。Tansaは質問状で尋ねたが、「自社が作成した論文ではない」という理由で回答を拒否した。

前回の記事「ダイキンPFOA作業員に間質性肺疾患 『粉がいっぱい服についた』 医師『被害者は5人、10人では済まない』」で報じた通りだ。

なぜ回答を拒むのか。その理由を窺わせるダイキンにとって「不都合な事実」が、Tansaが入手したダイキンの社外秘文書の中にあった。

ダイキンは、労働者たちのPFOA曝露を25年前に予見していたのだ。しかし対策を怠り、健康被害という事態を招いていた。

●淀川製作所から京都大学に

Tansaが入手したのは、今から20年前の2005年に、ダイキン淀川製作所から京都大学に届いた文書だ。淀川製作所では当時、PFOAを製造・販売していた。

2005年5月17日の午後、自身の研究室にいた小泉昭夫氏(現・京都大学名誉教授)のもとに、1通の封書が届いた。小泉氏は日本におけるPFAS研究の先駆者だ。当時、全国のPFOA、PFOS汚染の実態を調査し、論文などで発表していた。

届いたのは、ダイキンのロゴと住所が載った、淀川製作所の白いA4サイズの封筒。差出人は書かれていない。ダイキン淀川製作所近くの「吹田」で消印されている。中には、送付状とホチキス留めの書類がいくつか入っていた。

差出人が不明であることから、小泉氏は文書を保管したままにしていた。

時が経ち2022年、小泉氏は文書の存在を私に知らせてくれた。「Tansaに託します。調査報道してください」。私は文書の原本を封筒ごと受け取った。

●記されていたダイキンの「不都合な事実」

封筒には、全部で17枚、3種類の文書が入っていた。

・「業務報告書 DS101に関する調査」(2000年9月18日)   ※「DS101」は「PFOA」を示すダイキン内でのコード

・「PFOAに関するQ&A(案) 淀川製作所からのPFOAの環境放出に関して」(2003年12月8日)
・「『国内河川・湾のペルフルオロオクタン酸(PFOA)分布調査と様相』についての見解(案)」(2003年12月9日)

調査担当者や書類作成者はマジックペンで塗りつぶされていたが、光に透かせば名前が見える。肩書きもわかる。その人物らを知るダイキン関係者を探し出し、全国に足を運んだ。複数人の証言から、実在した人たちだとわかった。

「PFOAに関するQ&A(案) 淀川製作所からのPFOAの環境放出に関して」(2003年12月8日)には、淀川製作所の敷地外へのPFOA排出量が記されていた。ダイキンが公開を頑なに拒んできたデータだ。小泉氏によると、淀川製作所周辺の汚染度合いとの整合性がとれている。

その他にも淀川製作所でのPFOA製造工程を記した図や、PFOA規制について経産省と直接やりとりし、国内規制の動向に関する情報を得ていた記録など、ダイキンしか知り得ずしかも矛盾のない情報が詰まっていた。

文書は本物である。

●ダイキン「当社内で作成した資料ではないかと推定」

2022年6月7日、私とTansa編集長・渡辺周はダイキン本社に文書を持参し、対面取材を実施した。平賀義之氏(執行役員 化学事業、化学環境・安全担当)、小松聡氏(化学事業部 企画部 環境技術・渉外専任部長)、阿部聖氏(コーポレートコミュニケーション室 広報グループ部長)、野田久乃氏(コーポレートコミュニケーション室 広報グループ)が応じた。(肩書きは当時)

ダイキン側は、社内文書は「大体10年で破棄する」と述べ、Tansaが持参した文書のコピーを要求した。3日後、文書を精査したダイキンから「3つの資料はいずれも18年以上前に当社内での検討のために作成された資料ではないかと推定」とメールで返答があった。

その一方でダイキンは、以下の理由で文書についてコメントすることを拒んだ。

「当該資料の存在及び記載内容に係る事実関係を確認できませんでした。弊社と致しましては、当社が裏付けを持って公表した公式文書ではなく、作成途上と思しき資料で、記載内容の信憑性も確認できない以上、当該資料に対してコメントすることは適切ではないと考えます。当該資料へのコメント、記載内容に基づくご質問にはお答え致しかねますのでご了承いただければと存じます」

ダイキンは「当社内での検討のために作成された資料ではないかと推定」とまで言っている。文書の作成者や当時の関係者からヒアリングすれば自社のものであると断定できるはずだ。文書の記載内容はダイキンしか知り得ない情報がある上に、それらの情報に矛盾や間違いがないことも確認できるだろう。

それでも文書の真贋を断定せずコメントを拒むのは、文書にはダイキンにとって不都合な事実が記されているからだろう。

たとえば、前述した、ダイキンが公開を拒んでいる工場敷地外へのPFOA排出量。2000年までは工場排水を下水処理場に流さず、地域の用水路に直接排水していた事実。これらは「PFOAに関するQ&A(案) 淀川製作所からのPFOAの環境放出に関して」(2003年12月8日)に記されている。

そして、「業務報告書 DS101に関する調査」(2000年9月18日作成)。PFOA製造・使用工程における、PFOAの外部流出量と作業者の曝露状況を把握するために実施した調査報告である。

PFOA製造工程内の作業環境における、PFOA濃度測定結果とともに、次の記述があった。

「データとして粉を扱う箇所、特に粉の状態で取り出しを行う箇所については測定濃度が高く、暴露(曝露)が問題となるであろう。」

●「健康状態を把握」の嘘

ダイキンは今から25年前には、労働者のPFOA曝露の問題があることを認識していたのだ。

だが、PFOAの毒性や曝露の危険性を労働者に周知することはなかった。それどころか何も知らない労働者たちに作業を命じ、PFOA製造を続けてきた。

Tansaはこれまでの取材で、ダイキンに対して労働者のPFOA曝露について尋ねてきた。

たとえば2022年1月、「これまでに貴社で働く従業員のPFOA血中濃度を調べたことがあるか。調べたことがある場合、高濃度の PFOA が検出された従業員がいたか。調べたことがない場合、調べない理由は何か」と問うた。ダイキンの回答は以下のとおり。

「毎年の健康診断の中で過去のPFOA従事者の健康状態を把握していますが、PFOAに起因する健康影響は認められていません」

●PFOA作業員「作業後は喉が痛くなります」

ところが今、研究チームの調査により、曝露から20年以上経過後に症状が現れるという間質性肺疾患の患者が複数出ている。間質性肺疾患を発症していなくても、PFOAの高濃度曝露が判明している労働者が複数見つかっている。共通点はダイキンでPFOA製造に従事したことだ。

その内の一人で、PFOAの輸送に使った容器の洗浄業務にあたっていた元労働者は、Tansaの取材にこう述べた。

「容器には『ワーニング・ラベル』というのを貼っていました。危険物質だと知らせるラベルです。だけど、会社側からPFOAについて説明されたことはないです」

「この作業をすると、粉がすごく舞うんです。気休めでマスクをするぐらいで、作業後は喉が痛くなります。PFOA濃度を調べるような、特別な健康診断を受けたことはありません」

「PFOA従事者の健康状態を把握」し、「PFOAによる健康影響はない」というダイキンの主張の信憑性が揺らぐ。

●ダイキン労組「会社の広報に確認して」

今回の研究をリードした金谷邦夫医師は言う。

「間質性肺疾患はアスベストのように、PFOA曝露から20年以上経ってから発症する。作業員の健康被害は、5人、10人では済まないだろう」

会社が責任を果たさない状況下で、誰が労働者の命と健康を守るのか。

労働者の頼みの綱は、労働組合だ。

ダイキンには、ダイキン関連の24の労働組合を統括する上部団体「全ダイキン労働組合連合会」が存在する。1万人以上が加入する。

2022年5月から6月にかけて、私は全ダイキン労働組合連合会と連絡を取っていた。PFOA作業員の曝露について、社外秘文書の内容を伝えた上で、取材依頼と質問状を送付した。

ところが、ダイキン労組の担当者・皆芳(みなよし)氏はメールで「内部で検討した結果、取材・回答ともに控えさせていただきます」。

そこから3年。労働者の健康被害が明らかになったことを受け、改めて質問状で以下について尋ねた。

1. 全ダイキン労働組合連合会は、淀川製作所でPFOA製造・使用工程に従事する労働組合員のPFOA曝露状況を把握していたか。

2. 全ダイキン労働組合連合会は、淀川製作所でPFOA製造・使用工程に従事する労働組合員の健康被害を把握していたか。

3. 本論文における間質性肺疾患発症者への補償を実現するため、全ダイキン労働組合連合会としてダイキンの経営陣に対して要請を行うか。

4. 本論文の内容を鑑み、過去に淀川製作所にてPFOA製造・使用工程に従事した労働組合員のために、PFOAの毒性や起因する病症の発症リスクを知らせるか。

5. 本論文の内容を鑑み、過去に淀川製作所にてPFOA製造・使用工程に従事した労働組合員に対して、健康調査の実施のために行動を起こすか。

6. 本論文では、淀川製作所での就労歴がある人々のPFOA高濃度曝露が確認されている。この結果を鑑み、過去及び現在に淀川製作所にて従事した/している労働組合員のPFOA曝露調査の実施のために行動を起こすか。

7. 本論文は、労働組合員の健康や命にかかわる重大な論文である。全ダイキン労働組合連合会は、本論文の主体かつ題材となったPFOA製造企業の労働組合として、論文著者らと対話する機会を必要とするか。

8. ダイキン工業は、「業務報告書 DS101に関する調査」(2000年9月18日付)ですでに工場作業者のPFOA曝露が問題になることを予見していたにもかかわらず、本論文で指摘される高濃度曝露を招いた。この事実に対して、労働組合連合会としてダイキンの経営陣に対する抗議を行うか。

9. 間質性肺疾患は、アスベストのように、曝露から20年以上経過してから発症すると言われている。今後、淀川製作所での就労歴のある人々に、間質性肺疾患発症の可能性がある。全ダイキン労働組合連合会は、さらなる被害を防ぐために行動を起こすか。

10. 全ダイキン労組連合会は、2022年5〜6月の当方からの取材依頼及び質問状送付を通して、本問題について認識している。これを受け、組合員への情報共有を実施したか。

11. 全ダイキン労組連合会は、2022年5〜6月の当方からの取材依頼及び質問状送付を通して、本問題について認識している。これを受け、組合員の健康被害を防ぐための対策を取ったのか。

ところが、回答期限を過ぎても返答がない。回答催促のメールにも返事がない。

電話で問い合わせると、3年前と同じ皆芳氏が対応した。

「回答は差し控えます。質問の内容について、必要に応じて、会社の広報にご確認いただければと思います」

なぜ労組として回答しないのか。理由を尋ねると、「それも差し控えさせていただきます」。

私が「労働者の健康や命にも関わる問題ですけど、そのことはお分かりですか」と返すと、皆芳氏は「いや、もうちょっと、そういうことも含めて(回答を)差し控えさせてもらいますので」。その理由については、「理由もありませんので。そこまで言う必要はないと思ってますので」。そして、こう繰り返した。

「そういうのも含めて、会社の広報に確認いただければと思います」

会社と労組は別個だ。ところが皆芳氏は「こちらも忙しいので。いつまで続ける気ですかね」と、わずか3分足らずの会話を打ち切ろうとする。

なぜこんなに無責任でいられるのか。会社と闘い、労働者の権利を勝ち取るのが労働組合の存在意義だ。労組のホームページには、「重点活動」の一番目に「組合員の生活の安定向上」を掲げている。皆芳氏は労組の存在意義を放棄し、会社と一体化している。

最後に皆芳氏の所属部署を尋ねたが、肩書きを明かさなかった。フルネームを尋ねても回答を拒否した。後ろめたさを自覚しているのだろうか。

こちらで調べると、フルネームは皆芳浩巳氏。10年前の2015年時点で、まさにPFOA製造を担ってきたダイキン工業労働組合淀川支部で、副執行委員長を務めていた人物だ。

今回の研究チームによる調査で、PFOAの高濃度曝露と間質性肺疾患が認められた労働者の一人は、現役のダイキン職員だ。その労働者は、調査の中でこう漏らした。

「症状を会社に訴えたら、僕、クビになるんかな」

※この記事の内容は、2025年5月29日時点のものです。
https://tansajp.org/investigativejournal/11993/

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