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Vol.118 長期化により人権問題・国際問題となってきた福島原発事故

医療ガバナンス学会 (2011年4月12日 15:00)


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健保連 大阪中央病院
顧問 平岡 諦

2011年4月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


まさに想定されていた原発事故である:
原子力発電所の事故に対して、専門家集団がまとめた防災対策が公表されている。そこで想定されている事故、「仮想事故」とはつぎのようなものである(「原子力施設等の防災対策について」平成19年7月改定時の資料より)。
(1)原子炉冷却材(水)を供給する配管の破断、
(2)原子炉圧力容器内の水位低下、燃料の露出(冷却不可)により燃料損傷、
(3)原子炉圧力容器内から原子炉格納容器に放射性物質が放出、
(4)原子炉格納容器の破損を防ぐため、放射性物質を同容器から放出。
これは、まさに現在の福島第一原発で起こっていることである。「想定外」であったことはただ一つ、「冷却水を供給する配管の破断」ではなく、「冷却水を 循環させるための電源が得られなくなった」ことである。冷却水の循環が止まれば、引き続き(2)、(3)、(4)と連鎖的に起こることは「想定内」のこと であった。

原子力安全委員会が総元締め:
原子力安全委員会は、原子力基本法・原子力委員会及び原子力安全委員会設置法・内閣府設置法に基づき設置されている、内閣府の審議会等の一つである。国 による原子力の安全規制についての基本的な考え方を決定し、行政機関ならびに事業者を指導することをその任務としている。内閣総理大臣を通じた関係行政機 関への勧告権を有するなど、通常の審議会にはない強い権限を持っている。その基本的な考え方が各種文書で公表されているが、その一つが先に引用した「原子 力施設等の防災対策について」(以下、「防災指針」)である。現在の福島第一原発事故の対応もこの「防災指針」に則って行われている。

「防災指針」における「基本的考え方」:
基本的な考え方の第一は、先に述べた「仮想事故」を想定していることである。「仮想事故」とは「安全審査の際に評価される重大事故(技術的に最大と考え られる放射性物質の放出量を想定した事故)より更に多くの放射性物質の放出量を仮想した事故」と説明されている。例としてあげられているのが冒頭に示した 内容の「仮想事故」である。「冷却水を供給する配管の破断」ではなく「冷却水を循環させるための電源が得られなくなった」ということが唯一の「想定外」で あったが、基本的な「想定」は見事に的中したのである。さすがに専門家集団の判断であると感心させられる。

基本的な考え方の第二は、「仮想事故」に基づいて、住民の避難や屋内退避の範囲を決めることである。その範囲はEPZ; Emergency Planning Zoneと呼ばれている。その範囲の目安については、「仮想事故において放出が想定される放射性物質の約10倍の放射性物質が放出されることを想定した場 合においても、その範囲外では屋内退避等の防護対策が必要でないこと」になっている。「防災指針」では、原子力発電所での事故発生におけるEPZのめやす の距離(半径)は約8-10 kmとされている。

基本的な考えの第三は、防災業務関係者への防護措置を決めていることである。「防災指針」にはつぎのように記載されている。「防災業務関係者のうち、事 故現場において緊急作業を実施する者(例えば、当該原子力事業所の放射線業務者以外の職員はもとより、国から派遣される専門家、警察関係者、自衛隊員、緊 急医療関係者等)が、災害の拡大の防止及び人命救助等緊急かつやむを得ない作業を実施する場合の被ばく線量は、実効線量で100mSvを上限とする」。ま たつぎのようにも記載されている。「甲状腺機能低下症を来たすと予想される甲状腺等価線量として、IAEA及びWHOにより5Gyが提案されている。しか し、この甲状腺等価線量5Gyは、計算上、実効線量として250mSvであり、防災業務関係者が災害の拡大の防止及び人命救助等、緊急かつやむを得ない作 業を実施する場合において許容される実効線量100mSvをはるかに超えており、防災業務関係者といえども、この線量を被ばくすることは許されない」。

すなわち、防災業務関係者の実効被ばく線量は上限が100mSvであり、250mSvは防災業務関係者といえども許されない被ばく線量であると明言しているのである。防災業務関係者は、このような防護措置の下で、防災業務関係の仕事に就業しているのだ。
福島第一原発事故のこれまでを振り返ると、「想定されていた原発事故」が起こり、「定めていた『防災指針』に基づいた防護措置」が取られたことにより、そ れほどの重大な被ばく被害者を出さずにきた、と判断されるのである。すなわち、「事故」および「事故直後の対応」については「想定内」のことであったこと になる。福島第一原発事故で「想定外」のことは、「事故処理の長期化」である。起こりつつある、長期化に伴う問題をつぎに述べる。

長期化により周辺住民の人権問題に:
福島第一原発事故においては、EPZの距離(半径)は、最初に3km、その後に10km、20km、そして30kmにまで拡大された。「防災指針」では 先に述べたように8-10kmである。福島原発事故でのEPZが、「防災指針」の3倍の30kmとなっているのはなぜだろうか。
福島第一原発には第一から第三まで、三機の原発が「仮想事故」と同じような状態になった。さらに第三号機ではMOX燃料を使っている。また使用済み燃料 プールでも「仮想事故」と類似のことが起こった。これらを勘案して、「防災指針」で目安とされた8-10kmでは不十分と判断し、30kmまで拡大したの であろう。放射性物質の拡散は距離の二乗に反比例する。EPZの半径を3倍にすると、その二乗、9倍までの放射性物質の放出にそなえることが出来る。以上 のように考えると「防災指針」との整合性がとれることになる。しかし、これまでに政府からも、原子力安全委員会からも、EPZの考え方、またその半径を 30kmにする理由についての詳しい説明がない。そのために避難対象住民を苦しませているのである。とくに屋内退避を指示された住民は、自主避難したくと も避難所に入れてくれないとの報道もある。
避難、屋内退避がまもなく1カ月になろうとしている。事故をおこした原子炉の状態が改善を見ない現状では、EPZの半径を縮めることも、ましてや避難、屋 内退避を解除することが出来ないのは当然のことである。しかし、避難、屋内退避が長期化することによって、周辺住民の現在の生活を脅かすとともに、将来の 生活の不安を大きくしている。すなわち避難、屋内退避の長期化は、周辺住民の人権問題になってきているのだ。
政府、原子力安全委員会は、周辺住民の現在の生活の質の向上を図るとともに、将来の生活設計に対する情報を提供しなければならない。そのためにはEPZ内 の土地の汚染状況を測定し、住民がもとの地域に戻れそうなのか、あるいは移住しなければならないのか、その予測を出来るだけ早期に示すことである。

原発事故などが起きた後に、周辺に住む人の年間被ばく限度量は、日本の現在の基準では一律に1mSvとされている。原発事故が収まっても放射能汚染は続 くだろう。汚染地域の住民がなるべく移住しなくてもよいように、国際放射線防護委員会は被ばく限度量を1-20mSvの範囲が妥当とする声明を発表したよ うである。もし被ばく限度量を引き上げるならば、政府、原子力安全委員会は、これまでの1mSvとされる基準との整合性を説明する必要がある。個人の将来 の生活、つぎの世代の生活がかかっているのだから。

長期化による防災業務関係者の人権問題:
「福島第一原発の事故を受け厚生労働省は15日、同原発で作業に当たる人の被ばく線量の上限について、100mSvから250mSvに引き上げることを 認めた。官邸から事故対応に必要として要請があり、労働安全衛生法規制の例外として認めた。厚労省によると、国際放射線防護委員会の1990年の勧告には 『500mSvを超えない』と提言しており、これを踏まえた」(毎日新聞、2011.3.15)と報道されている。また、「政府は、福島第一原発の周辺で 自衛隊や警察が十分に冷却作業に当たる必要があるとして、今回の地震の対応に限り、公務員が許される被ばく量の上限を今の100mSvから250mSvに 引き上げました。(中略)人事院規則が今のままでは、自衛隊や警察による充分な作業時間が確保できないことから、政府は人事院規則を変更しました。(中 略)人事院は今回の対応について『厚生労働省からは人体に影響が出ないぎりぎりの値だと聞いている』としています」(NHL, 2011.3.17)とも報道されている。
前項でも出てきた国際放射線防護委員会(ICRP; International Commission on Radiological Protection)とは、専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う国際学術組織である。その勧告は、日本を含む世界各国の放射線障害防止に関す る法令の基礎にされている。2007年の勧告では、緊急時の被ばくの参考レベルはつぎのようになっている。
(1)100mSvより高い線量では、確定的影響の増加、がんの有意なリスクがあるため、参考レベルの最大値は100mSvである。
(2)100mSvを超える被ばくの正当化は、被ばくが避けられない、人命救助・最悪の事態を防ぐ状況の場合である。

さらに、緊急時の被ばく量の上限は、状況の緊急性により、つぎの3段階で示されている。
(1)救命活動:救命者は情報を知らされた志願者であること。救命者のリスクより利益があると考えられる場合は、上限なし。
(2)緊急救助活動:500mSv または 1,000mSv。(先に述べた報道にある1990年の勧告では、単に500mSvまでとされている。)
(3)救助活動:100mSv。
労働安全衛生法規制の例外として、また人事院規則を変更して、民間人作業員および公務員の被ばく量の上限をあげたのは、国際放射線防護委員会の勧告に 従ったのである。上述の(2)緊急救助活動を行う必要があるからだ。先に述べたNHKの報道の中にある、「厚生労働省からは人体に影響が出ないぎりぎりの 値だと聞いている」という人事院の話が本当であれば、厚労省の説明は防災業務関係者を欺くものである。勧告には100mSv以上は「がんの有意なリスクな ど、人体に影響の出る値」として明確に記載されているのだ。250mSvは「緊急時の状況から正当化し得る値」とされているだけのことである。
防災業務関係者の被ばく上限を「緊急救助活動」レベルに引き上げたのは、事故発生直後の緊急性によるものである。事故処理が長期化するにつれて、その緊急 度は比較的に低下してくるはずである。今後、100mSv以上の被ばく者が続出するようであれば、それは防災業務従事者の人権問題となる。

国際問題:
現在の事故処理の方針と行動は以下のようである。
(1)原子炉の暴発を避けるためには、炉心を冷却し続ける必要がある、
(2)冷却し続けるためには、冷却水を循環しなければならない、
(3)循環させるためには、電源、パイプその他を回復させなければならない、
(4)そのためには、現在溜まっている高濃度汚染水を撤去しなければならない、
(5)撤去場所を確保するために、低濃度汚染水を海中に投棄した。

海外ではこのような対応を場当たり的対応と捉えており、「パニック・サッカーのようだ」との表現も見られる。これら一連の作業の前提となるのは、「冷却 水の循環」を回復させ得る可能性である。原子力安全委員会はその可能性をどの程度に想定しているのだろうか。また、不可能な場合の対応をどのように考えて いるのだろうか。当然ながら、世界は最悪の場合を考えている。

循環が不可能で注水のみで冷却しなければならない場合は、その注水量、その水の汚染の程度、その水の処分の方法について考えなければならない。あるい は、水に変わる何らかの冷却方法が考えられるのだろうか。原子炉の暴発という最悪の場合もまだまだ可能性が残っているのではないのか。日本政府は、これら の事故対応の全体に対する「現在での見通し」を公表しなければ、国内はもちろん、世界から信用されないだろう。その前に必要なことは、「事故処理に対する アイディア・救援を国際的に求める」ということを表明することである。「そのために必要な情報はすべて公表する」ということを表明することである。国際原 子力機関(IAEA; International Atomic Energy Agency )を通じてでも良い、事務局長が日本人であるのは好都合ではないか。

以上の文章は、政府、原子力安全委員会などの説明不足(裏返せば私の理解不足)を補うものとして考えたものです。乏しい知識で、短時間にまとめたものです。訂正、追加など教えて頂ければ幸いです。
(連絡先;bpcem701@tcct.zaq.ne.jp)

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