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Vol.25139 「データ兵站学」のすすめ

医療ガバナンス学会 (2025年7月28日 08:00)


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株式会社トラストアーキテクチャ
代表取締役社長 前川知英

2025年7月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

2022年4月26日は、内閣官房プロジェクトの当年度の初回ミーティングで、各研究グループが、まだ予算配分確定の通知もお預け状態で年度の計画を話す重大な会議だった。ここで所属チーム長である大澤幸生教授(東京大学)から、私を含むメンバーの貢献内容を説明され、最後に、国と自治体の情報開示に関する意識の差、そして有事に備えたデータ整備(データ兵站学)の必要性について話された。

本論に入る前に、簡単な会社紹介と、弊社で担当した案件に関するエピソードを少し紹介したい。
株式会社トラストアーキテクチャは、全国80行超の地方銀行に対する顧客アンケート調査の企画・分析・営業支援や、全国150のカーライフステーションに対するLINEマーケティング自動化システムの開発など、クライアント企業向けのデータ解析やAI導入支援、マーケティング支援等のデータ分析・システム開発の受託を行っている。最先端AI開発的な案件もある。ミリ秒粒度で更新される為替・株式・仮想通貨等の多種多様データや、SNSやニュース記事等を処理しながら相場の動きを整理・解釈し人間に伝えるアラートシステムやダッシュボードの開発等を行っている。
公的機関向けサービスとしては、神奈川県横浜市と協働契約を締結し、横浜市に拠点を持つ老舗企業やNPO、市内大学教授等を巻き込んだ11社連携によるコンソーシアム(よこはま共創コンソーシアム https://kyoso.yokohama/)を企画し、代表事業者として「共創」のアプローチによって市内に点在する未利用・低利用・未活用の人材・施設・資源に関する情報を収集・活用し、地域課題解決の担い手として課題とのマッチングを行う仕事などを行ってきた。

本論に戻ろう。自治体職員の地域に対する意識について。協働パートナーの視点から見た市役所職員は、熱く、地域を良くすることに一生懸命で、地域課題や社会課題解決に取り組んでいる組織や個人に対し真摯に向き合う尊敬できる方々であった。情報開示にも前向きで、部門横断的なアプローチでなければ推進できないプロジェクト等では、縦割りの壁をなんとか超えようと苦心してくれたのをよく覚えている。

ここで、ふと視点を変えて、市民目線で自治体を見てみると、自治体側の伝える努力・伝える意識の低さが見えてくる。市民、特に子育てや介護等に従事していない市民からすると、自治体(役所)というのは、非効率で、待ち時間は長く、愛想はなく、仕事しているんだかしていないんだか見えず、税金泥棒だ、というような散々な言われようをすることもしばしばある。

でも実際はそんなことはない。自治体は、実は暮らしにかかわること、子育て、教育、介護・福祉、ゴミ処理、補助・助成、市民利用施設運営管理、市民活動支援、自治会・町内会支援、商業振興、観光振興、移住促進、企業誘致、ふるさと納税集め、議会対応など、様々なサービスを提供している。図書館・公民館や市民運動施設の運営等の健康増進や生涯学習等の前向きな形でも住民と直節接するのみならず、町内会や商店会・自治会等のコミュニティを通じて間接的にも接している。
このような自治体の住民生活への意識の高さを、残念ながら多くの住民は知らない。市民と直接向き合っているはずの自治体ですら、うまく市民に刺さるように情報を伝えられていないのだ。

国レベルになると、もっと感度が落ちてくるように感じる。いや、国は感度が低く地域は高いというような高低の問題ではなく、役割分担ということなのだろうとは理解している。例えば、横浜市のオープンデータから「人口動態」の情報(https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/yokohamashi/tokei-chosa/portal/jinko/maitsuki/)を見ると、県内外からの流入出、出生・死亡など、男女別に、各区について月次で数値が提供されている。かなり充実している。

一方、国において同様のデータを見ると、当社のようなデータサイエンスチームからすると、物足りないデータと感じてしまう。人の動きという意味では、県間移動について記録されたデータもあるが、その下位である市区町村間の移動には及んでいない。もし地域間の人流が国全体のネットワークとして提供されるならば、「越境移動」のリスクなど詳細に計算でき、ワクチンの効果への影響も評価可能となるだろう。

このように、やはり国と地域が意識を併せて、有事に備えて普段からデータを備えておくことは、リスクマネジメントの技術として大切であるが、これは自治体の方ではなく国がリードしなければ動きようがない。なぜ、国と自治体の意識を、このように統合的データ編成まで併せてこられないのだろうか。つまり、どのような新しい共通の問題意識がここに必要なのだろうか。

もう一つ、弊社が行ったプロジェクトを題材に、データ兵站学の必要性を痛感した具体例を紹介したい。
前述したよこはま共創コンソーシアムでは、横浜市政策局および市民局との協働事業として、市民から寄せられる地域課題について、企業やNPO、自治会町内会等の団体が手を取り合い連携して課題解決を行うための対話イベントを複数回にわたり開催した。
この会は、プロジェクト初期はコンソーシアムメンバーの人脈を使って市内企業やNPO、市外企業等に声をかけて集まってもらい、参加者からは高評価を頂いていた。しかしこれを市内全体に展開しスケールすることを考える際に壁にぶつかった。横浜には「横浜型地域貢献企業」というCSR等に力を入れている企業群がおり、スケール第一段階の企業側参加者候補として有望であると考え、企業情報収集と声掛けを実施することにしたが、企業一覧ページには電話番号もメールアドレスも記載されていない。NPOセクターも同様に、内閣府のNPOページがあるが、こちらに至っては電話もメールもホームページURLすらも記載されていない。
施設を借りようと思ったとき、例えば廃校になった学校を活用して様々な遊びの場や学びの場として活用しようと思っても、用途廃止施設の情報がどこにあるのかわかりづらく、時間貸し施設のようなスケールの小さい施設しか利用できない。なんらかの事業を立ち上げようという際に補助金や助成金を期待することもあるが、任意団体である共創的活動で使える補助制度等もよくわからない。等々、利用者目線でのデータ陳列等において、まだまだ工夫と改善の余地があるように感じている。

これらの問題を考えるとき、私が思い出すのは、大澤教授が最近、必要性を説いている「データ兵站学」である。これは、必要なところには普段からデータを備えておき、これを用いて有事におけるリスクを予見して「その時」に備えようという主旨である。上の例なら、必要なアクションを行う準備として企業の連絡先、NPOのホームページURL、用途廃止施設の情報、共創的活動で使える補助制度を、常に備えて公開するだけのことである。こんな当たり前のことがなぜ「学」でなければならないかというと、二つの理由がある。

ひとつにはリスクを予見する技術というのは案外未完成で、特に未曽有のパンデミックのような過去には数少なかった事象には進化したAI技術もいまもって困難であるため、新たな原理が必要となるからである。実際、私たち実業界において、当社のように最先端AIを開発し用いている者さえ、与えられた時系列だけから稀有なリスクを発見したり予想したりすることは難しい。
例えば、株価が僅か1時間で急降下することを予想するためには、普段から日次ではなく時々刻々の株価を観察しなければならず、個人・機関投資家が所有していない新たな分析モデルという学術的成果を、金融データ(株価とオルタナデータとの結合を含めて)に対して常時適用し、成果をリアルタイムで共有する仕組みが必要となる。
しかし、株価データの時系列が公開されているのは、せいぜい日次までである(もちろん高い費用を払えば秒足やティック、板情報等も利用できるが、学術目的や基礎研究レベルでの活用は難しい)。パンデミックの場合は、この例の「株価」を「感染者数」に、「投資家」を「感染症関連の研究者」に、「金融」を「生活と感染」に置き換えればそのまま成り立つ。

もう一つの理由は、データ兵站というものが一企業や一部の地域住民の利益のためではなく、研究者らが発信した、安全社会樹立のための考えだからである。
私も共著に入った(MRIC主催者である上所長を始め医療社会ガバナンス研究所様も共著である)論文を紹介すると、論文(https://publichealth.jmir.org/2024/1/e57742)のように、精緻な人流データ(Agoop社提供のポイント型人流データ等)を平時から用いていれば、「感染者が発生した場合に、その後感染拡大が起きやすい場所」も相当な精度で絞り込むことができる。
しかし、「コロナ禍」が過ぎても同様のデータを常時購入して研究者に提供するようにという大澤教授らの切なる要求が内閣官房によって叶えられるには至っていない。国と地域の自治体が、データを、必要なところに常に送り込んでゆく資材と考える意識を共有することによって、少なくとも幾分は、冒頭の「国と地域の意識の差」が埋められ、日本の骨格は強化されると考える。

当然、地域住民の声も、潜在的ニーズを把握し、地域の安全と発展、健康の増進に役立つデータとなる。当社とPolimill株式会社がジョイントベンチャーとして横浜市で2年連続で実施している「デジタルプラットフォームを通じた市民の声の収集サービス(https://surfvote.com/local/141003)」も、その文脈で進めている取り組みである。区役所や市民活動支援センターや各相談所等に行くほどではないちょっとした意見や不満の段階から声を集めておく仕組みは、事故や災害を未然に抑えるデータ兵站学の実施例である。

データ兵站学への意識を国と自治体が共有するなら、その活動を住民が知り、参加したいと思ってもらうような共助の仕組みを一緒につくってゆくためにも、データ兵站学というようなキーワードがものを言うだろう。

データ兵站学は国全体、できれば国際的に連携しながら進めるべきであり、研究グループ間の協調も必要となるだろう。しかし残念ながら、一つのグループ内にもこの重要性を理解されにくい状況が日本にはあると感じたのも上記の講演時だった。大澤教授が発表するそのタイミングで、プロジェクトとは全く関係のない私語を、リモート参加者にも聞こえるくらいの声量で話す当研究の若手メンバーの声が聞こえた。その態度について、大澤教授から他の参加者の不快感も慮って研究室員に叱責したことは、研究チームメンバー限定で共有された(※会議主催者が許可)会議全体の録音にも残っている。
大澤教授の叱責は、そのメンバーが一度も謝罪しない中、感情を懸命に抑えつつ、その行動が問題である理由と、それを指摘しなければならない自身の職責を切々と説明し、最後には再度の面談を希望する若者の声を快く受け入れて終わっている。その後の若者の研究については聞いていないが、国民の多数の生命の尊さを前に、大学では今よりはるかに厳しい態度で指導は行われ、この時の大澤氏のような苦労を繰り返さない体制も国は併せて備えてゆくべきと実感した。

教育費を上回る軍備費を米国から求められているというが、データ兵站学のように、いまだ学術となっていない研究・教育分野の必要性も考えて場、厳しく若者の意識を鍛える教育に資する費用こそ、より大きな国家の安全のために必要な費用であろう。

 

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