医療ガバナンス学会 (2025年7月25日 08:00)
(一社)医療法務研究協会理事長・鹿児島県医療法人協会会長
小田原良治
2025年7月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
『脳外科医 竹田くん』という4コマ漫画が、ネット上で話題になった。実例に基づくものと言われていたが、勤務病院のモデルは、赤穂市民病院であることが明らかとなった。また、発表当時、「『脳外科医 竹田くん』作成委員会」とされていた作者が、赤穂市民病院の「医療過誤の被害者の親族」であることも明らかとなった。この漫画が「リピーター医師問題」として注目を集めたことにより、一部で、医療事故調査制度の不備を唱える人々がいるようである。
第3次試案・大綱案当時から、リピーター医師問題は、一つの大きな、そして解決困難な課題であった。しかし、現在の医療事故調査制度がリピーター医師問題に対応できていないというのは誤解であり、そのような発言は、制度理解が不十分な故の発言と言わざるを得ない。
赤穂市民病院は特定機能病院ではない。したがって、医療事故情報収集等事業(2004年医政発0921001号)の対象病院ではないと考えられる。一方、医療事故調査制度は、全医療機関が対象であることから、当然、赤穂市民病院も医療事故調査制度の対象であると言えよう。
「赤穂市民病院ガバナンス検証委員会報告書」は、「市民病院においては、医療事故の定義が不明確であった」と述べている。赤穂市民病院は、医療事故調査制度上の『医療事故の定義』を職員に周知しておくべきだった。
法令上の『医療事故の定義』は、医療事故情報収集等事業で使用されている省令上の『医療事故の定義』と、医療法第6条の10に規定されている医療事故調査制度上の『医療事故の定義』の二つがある。赤穂市民病院は特定機能病院ではないので、医療事故調査制度上の『医療事故の定義』を使用すべきであろう。すなわち、『医療事故の定義』は、「当該病院等に勤務する医療従事者が提供した医療に起因し、又は起因すると疑われる死亡又は死産であって、(かつ)当該管理者が当該死亡又は死産を予期しなかったもの」である。赤穂市民病院は、医療事故調査制度に則った対応をする義務があった。
医療事故調査制度は、改正医療法附則第2条第2項の規定に基づき、2016年6月24日に制度見直しが行われた。この制度見直し規定には、リピーター医師対策も盛り込まれているのである。赤穂市民病院が、医療事故調査制度を正しく理解し、この制度見直しの意味するところを理解していたならば、死亡事故の再発を防止できた可能性がある。
一部が改正された医療法施行規則では、「病院等の管理者は、法第6条の10第1項の規定による報告(医療事故発生報告)を適切に行うため、当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制を確保する」ことが義務付けられた。さらに、同日付の厚労省医政局総務課長通知で、「当該病院等における死亡及び死産の確実な把握のための体制とは、当該病院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制」の整備であることが明示されている。
これを受けて、日本医療法人協会は、死亡事例の確実な把握のための体制として、「死亡全例チェックシート」の作成を提案し、その記入例を示してきた。赤穂市民病院が、「死亡全例チェックシート」を採用し、管理者が死亡事例を速やかに確実に把握していれば、リピーター医師問題は発生していなかったであろう。
2016年6月24日の制度見直し規定は、『再発防止の仕組み』であり、リピーター医師のチェック機能である。「当該病院等における死亡及び死産事例が発生したことが病院等の管理者に遺漏なく速やかに報告される体制」を整備することが、再発防止につながるとともに、管理者が死亡事例を全て速やかに把握していれば、『脳外科医 竹田くん』問題は発生しなかったと思われる。
病院管理者は、医療事故調査制度を正しく理解することが重要であり、管理者に死亡事例把握義務のあることを理解しなければならない。もし、「管理者に遺漏なく速やかに報告する体制」が既に整備されていたにもかかわらず、死亡事例の情報が管理者に届かない状況が存在するとすれば、それは、勤務する医療従事者の理解に問題があるのであり、管理者は医療従事者に対して、死亡事例の管理者への報告義務があることを周知すべきであろう。もし、それでも不十分だというのであれば、「医療従事者は、発生した死亡事例を全て管理者に報告する義務がある」ことをQ&A等で明示し、周知する必要があるのかもしれない。
(本稿は、日本医療法人協会ニュース493号に掲載されたものである。)