医療ガバナンス学会 (2025年10月8日 08:00)
日本医療法人協会理事・鹿児島県支部長
鹿児島県医療法人協会会長
医療法務・政策研究協会理事長
小田原良治
2025年10月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」はこれまで4回開催されているが、これまでの報道を聞いて疑問を感じて来た。厚労省担当部局の真摯な対応は評価しているが、検討会の進行、構成員の発言を耳にしているうちに、急な検討会の立ち上げや第1回検討会に提出された資料に大きな疑問とともに底意が含まれているのではないかとの疑念を持つ至った。取り越し苦労であれば、それに越したことはないが、もし当たっているようであれば、第三次試案・大綱案への先祖帰りの道となろう。一つの疑問として本稿に提示しておきたい。
第1回検討会に、厚労省は、「これまでの医療安全施策について」とする87ページにわたる資料を提出している。この4ページに「医療安全施策の経緯」とのタイトルの年表が挙げられている。平成11年の「大学附属病院で患者取り違え手術発生」から始まり、平成16年に「医療事故情報収集等事業開始」、平成27年に「医療事故調査制度開始」を経て、令和4年「報告書管理体制加算設置」までが記載されている。このなかで、重要な事項が脱落していることに気づいた。
平成20年の第三次試案・大綱案であり、平成21年の同案廃案である。おそらく、厚労省は、法案成立に至らなかったものであり、記載していないと回答するのであろう。しかし、医療安全の歴史、医療事故調査制度創設に関しては、第三次試案・大綱案は、「医療崩壊」を招いた最大の重要課題だったのではないだろうか。これを素通りして医療事故調査制度を論ずることができるはずがない。
さらに、5ページには「医療安全推進総合対策」として、平成14年4月医療安全対策検討会議報告書が添付されており、今回の検討会はこの報告書に基づいて進行されているのではないかと思われる。ただ、この平成14年報告書の集大成が第三次試案・大綱案であり、同案は頓挫、廃案となった。現医療事故調査制度は、パラダイムシフトして新たな考え方の基、でき上った制度である。平成14年報告書との継続性があるのは、医療事故情報収集等事業であり、医療事故調査制度は、全く新しい考えで出来上がったものである。さらに言えば、この制度は医師法第21条と切り離せない関係にあることを認識しておくべきである。
さらに、もう1ページ提示したい。6ページの「医療安全施策の全体像」とする複雑な図である。もっともそうに見えるが、何かおかしいのではないか。②医療機関における安全対策に有用な情報の提供等(第三者への報告を行う事例報告・学習のための仕組み)との項目がある。相互間の矢印の意味の論議はとりあえず置くとして、医療法施行規則の規定である医療事故情報収集等事業と医療法の規定である医療事故調査制度が同列に併記されている。
医療事故情報収集等事業は、特定機能病院のみの制度であり、医療事故調査制度は、特定機能病院も含み、全病院・診療所・助産所の制度である。この図中の矢印の意味も含めて、厚労省はこの図の説明を正確にすべきであろう。
今回の検討会構成員のなかにも、この図につられたのか、厚労省からレクチャーされたのか定かではないが、今後は、医療事故調査制度を医師法第21条と切り離して、医療安全の制度として進めて行くのだと思った人もいるようである。医療事故調査制度と医師法第21条は一対であり、軽々に分離してはならない。
医療事故調査制度は、医師法第21条と対をなす制度である
医療事故調査制度は、厚労省年表にもあるように、平成11年に立て続けに起こった(いわゆる)医療事故に端を発している。同年、横浜市立大学患者取り違え事件、東京都立広尾病院事件、杏林大割り箸事件が起こった。横浜市立大学患者取り違え問題は、「患者誤認事故防止方策に関する検討会報告書」が出され、対応が行われた。
医療事故調査制度は、厚労省年表にある横浜市立大学患者取り違え事件というよりも、同年発生した東京都立広尾病院事件が発端というべきであり、さらに平成18年の福島県立大野病院事件の医師逮捕のマスコミ映像は避けて通れないであろう。「医療事故調査制度等の医療安全に係る検討会」とめいうちながら、厚労省年表に東京都立広尾病院事件の記載がないのは奇異である。
医療事故調査制度は、医師法第21条と東京都立広尾病院事件を抜きにしては論議できない。医療事故調査制度と医師法第21条は対を為す関係にあり、二つを同じ器ではなく、切り分けて対を為す制度として解決したものである。「医療の内」の制度と「医療の外」の制度の切り分けである。
医療事故調査制度創設の必要性論議が始まったきっかけは、医師法第21条であり、医師法第21条による医師逮捕である。医療事故調査制度創設の必要性は唱えられながら、10年にわたり混乱を続けたのは、「医療安全」といいながら責任追及の医師法第21条を取り込んだまま議論を続けたからである。「医療の内」の制度即ち、専ら医療安全の制度(責任追及をしない制度)と「医療の外」の制度即ち、説明責任の制度(医師法第21条を含む)を切り分けることにより「医療の内」の制度即ち、専ら医療安全の制度として医療事故調査制度を構築することによって制度創設に至ったものである。
医師法第21条を医療安全から切り分けて「医療の外」に出したものである。医療事故調査制度と医師法21条の関係は、「医療の内」から、医師法21条を「医療の外」に切り出したものであり、全く別の制度ではあるが、対を為す関係にある。両制度を軽々いじってはならないのである。両制度を総合的に検討せず安易な対応をとることは、医療崩壊の時代への逆戻りである。
検討会構成員が、医療事故調査制度と医師法21条の関係を考慮せず、医療事故調査制度を法律を超えて医療安全に生かすように厚労省の指示があったと理解しているのは、誤解なのであろうか厚労省の誘導なのであろうか。ヒヤリハット事業と医療事故調査制度は別の制度であり、医療事故調査制度は医師法第21条と対を為す関係にあり、片方のみを軽々にいじるべきではないことを銘記すべきである。
平成31年2月8日付けで不用意に出された医事課長通知で、安定していた医師法第21条問題が再燃し、大混乱となり、平成31年4月24日付け、厚労省医政局医事課事務連絡で、「平成31年度版死亡診断書(死体検案書)記入マニュアル追補」が出されてやっと平穏化した過去の事実を忘れてはならない。省令事項である医療事故情報収集等事業のヒヤリハット事業を一般の病院・診療所・助産所に普及することは結構なことである。
しかし、医療法で成立し、医師法第21条と対を為す医療事故調査制度は、これらと別の制度であり、同列に扱ってはならない。医療事故調査制度は医師法第21条とともに、現状を維持することこそが重要なのである。「木を見て森を見ず」の愚を犯してはならない。