
医療ガバナンス学会 (2025年11月18日 08:00)
この原稿は月刊集中11月末日発売号に掲載予定です。
井上法律事務所所長、弁護士
井上清成
2025年11月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
現在、診療報酬水準の引上げや補助の前倒しは、医療界で一致した要望である。医療機関経営の現状を鑑みると、それが妥当な要望であることは、ほぼ異論のないことと言ってよいであろう。そこで、本稿では、さらに、3つのエピソードを採り上げて、行政の法令遵守の側面から、診療報酬水準の回復のための留意点を例示して述べてみたい。
2.適時調査における新型コロナ特例の活用
本年度の病院の適時調査を例に挙げると、その施設基準の調査対象は、過去5年にわたるものとなる。つまり、令和2~3年から今に至るまでが対象となるのであるが、この間は、まさに新型コロナウイルス感染症の流行していた時期そのものと重なるところであろう。
そうしてみると、新型コロナ対策に果敢に挑んで、新型コロナ患者を多く入院させたり、看護その他の職員が感染したりした病院には、特に手厚い保護が与えられるべきである。そのため、当時から今に至るまで、厚生労働省は、「新型コロナウイルス感染症等を受け入れた」病院の「診療報酬上の評価を適切に行う観点から」、当該病院の「入院基本料に係る施設基準について、臨時的な対応」をすべく、厚労省保険局医療課が「新型コロナウイルス感染症に係る診療報酬上の臨時的な取扱いについて」定めた
。
たとえば、令和2年2月14日付けの事務連絡では、「施設基準の取扱いについて」として、
「(1)新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れたことにより入院患者が一時的に急増等し入院基本料の施設基準を満たすことができなくなる保険医療機関及び新型コロナウ イルス感染症患者等を受け入れた保険医療機関等に職員を派遣したことにより職員が 一時的に不足し入院基本料の施設基準を満たすことができなくなる保険医療機関については、「基本診療料の施設基準等及びその届出に関する手続きの取扱いについて」 (平成 30 年3月5日保医発 0305 第2号。
以下「基本診療料の施設基準等通知」という。)の第3の1(1)の規定にかかわらず、当面、月平均夜勤時間数については、1割以上の一時的な変動があった場合においても、変更の届出を行わなくてもよいものとすること。
(2)また、新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れたことにより入院患者が一時的に 急増等した保険医療機関及び新型コロナウイルス感染症患者等を受け入れた保険医療機 関等に職員を派遣したことにより職員が一時的に不足した保険医療機関については、基本診療料の施設基準等通知の第3の1(3)及び(4)の規定にかかわらず、1日当たり勤務する看護師及び准看護師又は看護補助者(以下「看護要員」という。)の数、看 護要員の数と入院患者の比率並びに看護師及び准看護師の数に対する看護師の比率については、当面、1割以上の一時的な変動があった場合においても、変更の届出を行わなくてもよいものとすること。」と定めたのである。
したがって、厚生局の病院に対する適時調査においては、新型コロナ対策に尽力した病院の労に報いるべく、 新型コロナ特例を活用して柔軟に適用し、厳しい入院基本料の自主返還を強いることは避けるように運用すべきであろう。
3.レセプト査定における法治主義の徹底
昨今は、レセプトの査定の厳し過ぎる例が多く見受けられる。診療報酬の(削減ではなく、真の意味の)適正化ならば否定するわけではないけれども、往々にして、審査支払機関が法令を無視して、「とにかく削減ありき」とでも評すべき査定をする事例が散見されるように思う。
たとえば、コンタクトレンズ検査料の査定における法令違反が典型である。(念のために断わっておくと、いわゆるコンタクトレンズ業者に対して厳しく対処すべきであると筆者としては思うが、だからと言って、)政策目的実現のためには法令違反も辞さないというのでは、真っ向から法治主義に反し、かえって政策目的実現にとって良くないことだと思う。
ここでは、一部の審査支払機関の行っている「告示に反するコンタクトレンズ検査料・初再診料の取扱い」について、その一例として述べる。
そもそも診療報酬の告示「D282-3コンタクトレンズ検査料」には、
「1 コンタクトレンズ検査料1 200点
2 コンタクトレンズ検査料2 180点
3 コンタクトレンズ検査料3 56点 」
などと定められ、その告示の「注1」には、「保険医療機関において、コンタクトレンズの装用を目的に受診した患者に対して眼科学的検査を行った場合は、コンタクトレンズ検査料1、2又は3を算定」する、などと定められている。ところが、専ら「コンタクトレンズの装用」に着目した診療の場合には、その告示の「注3」に、「当該保険医療機関・・・において過去にコンタクトレンズの装用を目的に受診したことのある患者について、当該検査料を算定した場合は、A000初診料は算定せず、A001再診料又はA002外来診療料を算定する。」と明記され、「初診料」は算定できなくされていた。
(なお、ここで言う「告示」には、法律と同等に権利を付与し義務を課することのできる「法規」としての強い効力があることに特に留意しなければならない。)
そして、「注3」については、その告示の留意事項として、厚労省保険局医療課長発出の通知が出されていて、そこでは「当該保険医療機関・・・において過去にコンタクトレンズ検査料を算定した患者に対してコンタクトレンズ検査料を算定する場合は、A000初診料は算定せず、A001再診料又はA002外来診療料を算定する」というように、法規としての効力を持つ「告示」に対する法解釈が明記されていた。
つまり、「過去にコンタクトレンズ検査料を算定した患者に対して」再び今回も「コンタクトレンズ検査料」を算定する場合は、「初診料」は算定できず、「再診料」等しか算定できない、ということなのである。しかしながら、今回も「コンタクトレンズ検査料」を算定する場合は、「初診料」は一切駄目で、専ら「再診料」だけだとはしたが、今回は「コンタクトレンズ検査料」を算定しない場合には、たとえ「過去にコンタクトレンズ検査料」を算定したことのある患者であっても、専ら「再診料」しか算定できないとまではしなかった。「初診料」もあれば、「再診料」もあるとしたのである。
ところが、一部の審査支払機関は独自の見解によって、「告示」に対して厚労省保険局医療課長「通知」とは異なる解釈を施し、勝手に運用していた。つまり、今回は「コンタクト検査料」を算定しない場合にも、わかっていながら故意に、一律に「初診料」を切り捨てたのである。それでは、法令遵守に反し、果ては民法第709条の「不法行為」にも該当しかねない無謀な取扱いと言えよう。
4.出張自宅分娩に対する保険適用の是認
病院、診療所に続いて、最後に、助産所、それも、「出張のみによってその業務に従事する助産師」に対する法的保護を採り上げたい。
現在、「出張のみによってその業務に従事する助産師」による正常分娩の介助に関しても、健康保険法第101条による「出産育児一時金」がその支給の範囲内とされている。さらに、健康保険法施行令第36条の適用についても、「医学的管理の下における出産」に該当するとされていると言ってよい。
つまり、出張自宅分娩に対して保険適用をすることは、実質的に問題はないことであろう。また、もともと「出産育児一時金」の対象とされている分野は、すべて保険適用とするのが当初からの行政の方針でもあった。
これらのことからして、今後、「出産費用の保険適用」化が実施された際には、「助産師の出張による(妊婦の)自宅分娩」の介助に対しても、やはり保険適用を是認すべきである。
これこそが法令遵守の精神に則った、法令の素直な適用だと言ってよい。
5.診療関連法令の遵守が大切
以上、病院、診療所、助産所の例を1つずつ挙げて、診療報酬水準を回復させるための留意点を述べた。これらに共通することは、診療関係の法令(通達、告示、省令、政令、法律など)を遵守しなければならず、特定の政策目的のために捻じ曲げてしまわず、素直に法令を適用することが大切だと言うことができるのである。