
医療ガバナンス学会 (2025年11月21日 08:00)
ときわ会常磐病院 泌尿器科
漆原爽稀
2025年11月21日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
そんな中で出向することとなった常磐病院は、論文執筆に対して非常に前向きな雰囲気があり、実際に多くの先生方が積極的に研究や発表に取り組まれている姿に刺激を受けました。若手に対しても丁寧に指導してくださる環境が整っていたため、自分も「この環境なら挑戦できるかもしれない」と前向きな気持ちになれました。指導をお願いした尾崎先生は、テーマ選びからデータ収集、構成や文章の書き方に至るまで細やかにご指導くださり、これまでの診療とはまったく異なる作業に一歩一歩取り組んでいくことができました。
今回の論文のテーマは「透析用中心静脈カテーテルの自己抜去」に関するものでした。
泌尿器科医として日常的にカテーテル挿入を行う機会は多くありますが、「自己抜去」という視点でリスクを捉えることはこれまでありませんでした。文献を調べてみても、このテーマに特化した過去の研究は極めて限られており、とりわけ日本の地域病院における実態を示すデータはほとんど見つからず、情報の少なさを痛感しました。
しかし当院で過去9年間に行われた透析用中心静脈カテーテル2,456件の挿入を後方視的に調査したところ、39人の患者で40件の自己抜去が確認されました。患者の年齢中央値は81歳で女性が51.4%を占め、さらに75%には認知機能障害が認められました。全体の自己抜去率は1.5%であり、カフ付きカテーテルよりもカフなしカテーテルの方が高率で、挿入部位別では内頸静脈が62.2%と最も多く、大腿静脈35.1%、鎖骨下静脈2.7%と続きました。特に衝撃的だったのは、自己抜去による死亡が3例も確認されたことです。いずれも大腿静脈に挿入されたカテーテルで起きており、この部位でのリスクの高さが浮き彫りになりました。
これらの死亡例を契機に、当院では安全対策の見直しと強化が行われました。具体的には、カテーテル固定の方法を標準化し、誰が処置しても同じ手順で安全性を担保できるようにしたほか、抑制具の使用については安易に依存せず適正に判断する体制が整えられました。さらに、夜間を中心に観察体制を強化し、不穏や抜去の兆候を早期に発見できるようにしました。これらの取り組みによって、2019年以降は致死的な自己抜去は一例も発生していません。この結果は、単なる数字の改善にとどまらず、現場全体の意識改革につながり、患者安全を守るうえで大きな成果だったと考えています。
初めての論文執筆にあたり、文章の組み立てや英語での表現には何度も苦戦しましたが、ChatGPTやClaudeといったAIツールを利用することで、自分の思考を整理したり適切な表現を見つけたりすることができました。もちろんAIに頼りすぎないよう意識しながらも、限られた時間の中で原稿を形にしていくうえで非常に有効な助けとなりました。日常業務の合間に少しずつ積み上げていく作業は決して楽ではありませんでしたが、最終的に論文がアクセプトされたときには、大きな達成感と喜びに包まれました。
今回の経験を通して、論文を書くことの難しさだけでなく、その意義ややりがいを実感することができました。医療現場に潜むリスクを改めて見直し、データとして可視化し、それに基づいて具体的な対策を講じ、その効果を確認できたことは、今後の診療においても確実に活かされると思います。そして今後のキャリアにおいても、こうした学術的な活動に少しずつ関わっていきたいという思いが芽生えつつあります。ご多忙の中、丁寧にご指導くださった尾崎先生をはじめ、この論文作成にご助力いただいたすべての先生方やスタッフの方々に、心より感謝申し上げます。
論文タイトル
Accidental removal of dialysis central venous catheters: 9-year experience and prevention strategies in a Japanese community hospital
掲載雑誌
Renal Replacement Therapy volume 11, Article number: 44 (2025)
掲載日 2025/06/20
URL
https://rrtjournal.biomedcentral.com/articles/10.1186/s41100-025-00640-9