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Vol.25221 米国で揺れる「コロナワクチン」は社会のいまを移す鏡 「科学は進展している」女性医師の視点

医療ガバナンス学会 (2025年11月20日 08:00)


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この原稿はAERA DIGITA(2025年10月01日配信)からの転載です
https://https://dot.asahi.com/articles/-/266301

内科医
山本佳奈

2025年11月20日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

昨今、アメリカではコロナに限らずワクチン全般をめぐる議論が連日報道されています。フロリダ州やCDCの方針の揺れを目にし、「今年のコロナワクチンは、もう保険でカバーされないのでは……」と不安を感じていました。そんな折、加入している医療保険先[※1] から「2025–26年のコロナワクチンは6カ月以上の会員に無償で提供され、9月15日から開始される」との案内メールが届きました。社会の空気が「もうコロナは終わった」と流れる中で、今も医療保険で接種がカバーされていることに少なからず安心を覚えました。

ただし、その背景にある接種方針は揺れています。CDCのワクチン諮問委員会(ACIP)は対象を高リスク層に絞るべきだと主張し、実際に米国食品医薬品局(FDA)が承認した今季のワクチンも主に高齢者や基礎疾患を持つ人を念頭に置いています。CDCの最新データ[※2] でも、2024–25シーズンの接種は成人の救急外来受診を33%減らし、65歳以上の入院を45〜46%抑制、免疫不全のある高齢者でも約40%の効果を示しており、高リスク層を重視すべきだという立場を裏付けています。

●フロリダ州は接種に慎重姿勢
一方、米国家庭医療学会(AAFP)[※3] は2025年9月の公式声明で「18歳以上のすべての成人に接種を推奨する」と明言し、全年齢層をカバーする姿勢[※4] を打ち出しました。

接種の在り方をめぐる分裂は、州レベルでも表面化しています。フロリダ州[※5] [※6] [※7] は2022年以降繰り返しmRNAワクチンに慎重姿勢を示し、2025年5月には「接種を推奨しない」との声明を発表しました。科学的知見が積み上がる一方で、政治的思惑が交錯し、接種の是非が社会の対立軸になっているのです。

科学そのものは進展しています。PfizerとBioNTechが[※8] 発表した臨床第3相試験では、新しいLP.8.1型ワクチンを接種した65歳以上や基礎疾患を持つ成人で、体を守る抗体の量が大幅に増えていました。従来型よりも、より効果を高められる可能性が示されています。

一方で、安全性への懸念も依然としてあります。FDAは2025年6月、ワクチンの添付文書に心筋炎や心膜炎のリスクを追加・拡大しました。特に若い男性でまれ[※9] に起こり、100万人におよそ8人程度とされていますが、最新の調査では、重い副作用が増えている傾向は見られず、全体として安全性は従来と変わらないと報告されています。副反応のリスクと、接種によって得られる安心。その両方をどう受け止めるかが、社会全体に突きつけられています。

さらに経済的な不均衡も大きな課題です。無保険者向けの公費支援「Bridge Access Program[※10] 」は2024年8月に終了し、以降は保険加入者であれば自己負担なし、もしくは少額で接種できる一方、無保険者は大手薬局チェーン店の一つのCVS[※11] で接種する場合、最大225ドルの費用を負担しなければなりません。接種の可否が保険加入の有無で大きく分かれるという構造は、日本の国民皆保険制度と比べると際立って不公平に映ります。

●制度の揺らぎで格差が歴然と
コロナワクチン接種率の数字は、この制度の揺らぎを如実に物語っています。CDCの統計[※12] によると、2024–25シーズンの成人接種率は23.0%、妊婦は14.4%、子どもは13.0%にとどまっています。さらに州・自治体ごとに差が大きく、成人では4.8%から26.6%、小児では0.4%から17.0%という大きな幅があります。さらに最新ワクチンの接種率も、保険あり[※13] の成人が約15%に対し、保険なしではわずか4%程度にとどまっており、格差は歴然です。

日本でも2024年3月末で全額公費によるコロナワクチン接種は終了し、現在は65歳以上や基礎疾患を持つ人などを対象に定期接種が行われています(自治体によって一部自己負担あり)。それ以外の人は任意接種となり全額自己負担で、接種率は大きく低下しています。とはいえ、国民皆保険のもとで基本的な医療アクセスは全国一律に守られており、高額な保険加入の有無でゼロドルから数百ドルまで差が出るアメリカの制度とは性質が異なります。

かつては全員で受ける特別な予防策だったコロナワクチンも、いまではインフルエンザワクチンのように必要な人が年ごとに選択的に受ける「日常のワクチン」へと姿を変えつつあります。しかしその変化は、医療制度の不均衡や政治的分断と表裏一体であり、接種をめぐる混乱は容易には収まりそうにありません。

私自身、フロリダやCDCの混乱を見て「もうコロナワクチンは、保険では守られないのでは」と一度は疑ってしまいました。しかし現実には、インフルエンザワクチンと同様に、保険加入者には今も無償接種の提供が続いています。一方で、無保険者には大きな負担が残ります。守られる人と切り捨てられる人。その断層こそ、アメリカ社会のいまを映す鏡と言えるでしょう。

【参照URL一覧】

[※1]https://healthy.kaiserpermanente.org/northern-california/health-wellness/coronavirus-information/vaccine-appointments

[※2]https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/74/wr/mm7406a2.htm

[※3]https://www.aafp.org/news/media-center/statements/aafp-announces-fall-immunization-recommendations-reaffirming-commitment-to-vaccine-safety-and-public-health.html

[※4]https://www.aafp.org/news/media-center/statements/aafp-announces-fall-immunization-recommendations-reaffirming-commitment-to-vaccine-safety-and-public-health.html

[※5]https://www.floridahealth.gov/newsroom/2025/05/20250530-cdc-removes-covid19-mrna-vaccines.pr.html#:~:text=Tallahassee%2C%20Fla.,healthy%20children%20and%20pregnant%20women.

[※6]https://www.floridahealth.gov/_documents/newsroom/press-releases/2022/10/20221007-guidance-mrna-covid19-vaccines.pr.pdf

[※7]https://www.floridahealth.gov/newsroom/2024/01/20240103-halt-use-covid19-mrna-vaccines.pr.html

[※8]https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-and-biontech-announce-topline-data-demonstrating

[※9]https://www.fda.gov/safety/medical-product-safety-information/mrna-covid-19-vaccines-fda-safety-communication-fda-approves-required-updated-warning-labeling

[※10]https://archive.cdc.gov/www_cdc_gov/vaccines/programs/bridge/index.html

[※11]https://www.cvs.com/immunizations/covid-19-vaccine

[※12]https://www.cdc.gov/covidvaxview/weekly-dashboard/index.html

https://www.cdc.gov/respiratory-viruses/data/vaccination-trends.html

https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7109a2.htm

[※13]https://www.cdc.gov/ncird/whats-new/vaccine-equity.html

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