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Vol.25223 “横串”の医療を体感する板中研修記

医療ガバナンス学会 (2025年11月25日 08:00)


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“横串”の医療を体感する板中研修記

常磐病院初期研修医
金田侑大

2025年11月25日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

朝、医局のホワイトボードに目をやると、自分の名前が新規入院患者の担当医として書かれている。
「70代 M Cellulitis かねだ」
この患者を自分が診るのか。その責任が、ずんとのしかかる。板中の研修医として迎える朝は、緊張の糸が切れることがない。

今年10月、常磐病院の初期研修プログラムの一貫で、東京都の板橋中央総合病院(通称「板中」)で4週間研修させていただいた。日本最大級の総合医療・福祉グループであるIMS(医療法人社団明芳会)の中核を担う急性期病院だ。年間救急車受け入れ数は1万2千台を超え、都内で5本指に入る実績を誇る。常磐病院から最も人気の高い外部研修先の一つであり、特に総合内科は“マスト”と噂されるほどだ。その理由は、板中の総合内科が“ホスピタリスト”という診療スタイルを日本でいち早く体現しているからに他ならない。

ホスピタリストが生まれた背景には、1990年代当時のアメリカでの医療制度改革や勤務環境の変化がある。従来、米国ではプライマリケア医(かかりつけ医)が自分の患者の入院診療も担当し、日中は外来診療、夜間に入院患者を診るという形が一般的だった。しかし、入院期間の短縮や外来治療の拡大が進み、プライマリケア医にとって入院診療まで担うことが負担となっていき、そこで入院専門医を置いて外来と入院の役割分担を明確にする動きが生まれ、これがホスピタリスト誕生の契機となった。

1996年、医学誌NEJM上で“ホスピタリスト”という用語が初めて登場した。背景には、医療の効率化ニーズと質・安全への関心の高まりが挙げられる。1990年代、病院側や保険者は、入院の平均在院日数短縮やコスト削減を強く求めるようになり、ホスピタリストによる集中的な入院管理がその解決策として注目された。実際、初期の研究では、ホスピタリスト導入によって入院期間が短縮し(平均0.6日短縮)、1入院当たり約770ドルのコスト削減が報告されている。その後の研究でも、ホスピタリスト管理下では一般内科医の管理より平均0.4日入院が短く、約268ドル費用が低減し、しかも死亡率や再入院率に差がないことが確認された。

1997年にはホスピタリスト達が集まり、全米初の職能団体「全米入院医師協会National Association of Inpatient Physicians」が発足し、2003年には名称を「病院医学会Society of Hospital Medicine, SHM)」へ改称、毎年の学術集会開催や専門誌『Journal of Hospital Medicine』の創刊などを通じ、ホスピタリスト医療の知見共有やガイドライン策定に尽力した。当時、入院患者の診療に専従する医師は数百人程度だったが、10年後にはその数は2万人に増加、2016年頃には全米で5万人を超える規模となり、現在では米国で3番目に多い専門医として全米の大学病院の約75%がホスピタリストを導入するまでになった。

カナダ、ブラジル、オランダと、徐々に世界中にホスピタリストの概念が浸透していき、高齢化に伴う多疾患併存患者の増加や医師の専門分化の進行により、アメリカのような入院専従を超え、外来・在宅と幅広くカバーする日本版ホスピタリストの必要性が注目され始めた。日本病院総合診療医学会(JSHGM)が2010年に初めて開催されて以来、ホスピタリストの育成が本格化、2023年には会員数が2,100名を超え、着実に広がりを見せている。2018年度からは新たな基本領域専門医として“総合診療専門医”が創設され、この中で病院総合医として研修・キャリアを積む道も整備されてきている。

ただ、同じ“総合内科”でも、病院によってそのスタイルは大きく異なる。私は先月、香川県の三豊総合病院でも研修させていただいたが、地域に根ざし、外来から在宅まで幅広く診るジェネラリスト型の診療が印象的だった。一方で板中では、入院中のケアに特化したチーム医療の中で、多疾患併存の高齢患者を“病院の中でトータルに診る”ことが求められていた。
三豊では少子高齢化による人口減少で医療需要の先細りが危惧されているが、板中の所在する板橋区はむしろ、2040年頃まで総人口の増加と高齢者のさらなる増加により、医療需要が増えていくと見込まれるエリアだ。地域医療のフェーズによって、総合内科が担う役割も姿を変えるのだと実感した。

ただ、日本のホスピタリスト、いわゆる病院総合医は、アメリカのように入院専従に完全特化しているわけではなく、多くは総合内科や総合診療科に所属しながら外来診療や救急初期対応を兼務する場合もあり、板中の総合内科はその点で特色がある。2024年2月の組織再編で従来の総合診療内科を二分化し、一つを「総合内科」(主に入院患者を担当)、もう一つを救急部門と統合した「救急総合診療科」とし、院内の「横串」的存在として、各専門診療科と密接に連携する体制を整えているのだ。

“横串的存在”の通り名が示すように、板中の総合内科のカルテは、いつ、だれが見ても、同じフォーマットで伝わるように徹底されていた。“秘伝のタレ付け足しカルテ”と私が勝手に呼んでいた様式は、日々のプログレスノートを継ぎ足していくことで、診療の流れが自然に記録されていく仕組みだ。誰が読んでも、どこを切り取っても、患者の全体像が伝わる。 最初は、AI時代に何をいまさら、と、半信半疑であった。
しかし、カルテをしっかりフォーマット通りに書くこのトレーニングは、医師として患者の全体像を掴む力を鍛えるだけでなく、チームで情報を共有していくという上でも、非常に有意義だと感じた。1週間も経つと、自分自身の思考の癖や抜けやすい視点がカルテの行間に浮かび上がってくるような気がした。これは診療の記録ではなく、自分を映す鏡でもあった。

実際、総合内科は他診療科との連携だけでなく、部内でも担当医師が互いにカバーし合うチーム制を重視していた。毎朝、担当患者ごとに主治医からチームの他医師へ病状や治療方針を共有し、多数の医師の目で安全確認しながら回診を行う体制を徹底している。「無限回診」と冗談めかして呼ばれるその体制は、むしろ患者への責任感の現れであり、安心して治療方針を共有し合える文化を育んでいた。
私が所属した総合内科チームは、循環器内科専攻医1名、消化器内科専門医1名、総合内科部長の先生、そして初期研修医である私ともう1人という5人編成で盤石の布陣であった。心エコーから腹腔穿刺まで、幅広い手技を指導していただいただけでなく、ここでなら、何が来ても戦える、そんな安心感があった。

私は指導医に思い切ってお願いをしてみた。「いろんな病気を抱えている高齢の患者さんを、ぜひ担当させてください」。ホスピタリスト志向のこの病院でこそ、高齢で複数の疾患を抱える患者を受け持つ経験が糧になると考えたからだ。

そんな中、印象深かったのが冒頭のホワイトボードの患者だ。70代男性、右下腿の腫れがあり、体動困難。ホワイトボードの申し送りには「Cellulitis(蜂窩織炎)」と書かれていた。

私は常磐病院で初めて当直に入った夜、外科の澤野先生から「救急では主訴だけ聞いて10個、自分で鑑別を準備してから患者を迎えられるように」と指導していただいていた。が、それはあくまでも救急の話。救急での鑑別が引き算であるとすれば、病棟での鑑別は足し算だ。 申し送りが蜂窩織炎でも、本当にそうかはわからない。CRPが上昇していれば壊死性筋膜炎が気になるし、Dダイマーが上がっていれば深部静脈血栓症(DVT)が疑わしくなってくる。本人が「最初からそんなに痛くなかった」と言えばリンパ浮腫の可能性も浮かんでくるし、文献を読み返すと、まれに右側に起きるMay-Thurner症候群(腸骨静脈が圧迫されて生じる下肢浮腫)まで頭をよぎる。

結局のところ、多併存疾患を抱える患者の病態の原因を突き止めることも大事だが、「この人はもう大丈夫そうだ」と判断するための臨床感覚を磨くことはもっと重要で、それには、たくさんの患者さんに触れる経験を積むしかないということを実感した。

そして、患者の全体像を掴むということは、病院の中だけでなく、その人が生きてきた世界にまで“横串”を通すことなのだと思う。そんなふうに人を見つめられる医師でありたい。

【金田侑大 略歴】
北海道大学医学部卒。常磐病院初期研修医1年目。
最近、タイの学会に参加する機会があり、夏と冬の服が同居したスーツケースがいよいよ限界を迎えた。季節も国境も越えながら、“時差対応型研修医”としての幕開けを迎えている。

 

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