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Vol.148 原発作業者のための国民的議論を: 造血幹細胞採取に関する日本学術会議の見解について

医療ガバナンス学会 (2011年4月27日 06:00)


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Save Fukushima 50 (谷口プロジェクト) 事務局
内科医師 谷本哲也
2011年4月27日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


「我が国の科学者の内外に対する代表機関」と位置付けられる日本学術会議は、谷口プロジェクト(福島原発作業員のための自家末梢血幹細胞採取・保存)につ いて、その実施に反対する見解を公表した。筆者らの原発作業員を守るためのこの取組みは、国内外の専門家やメディアからも異例の注目を集め賛否両論の議論 を呼び、国会でも連日取り沙汰される課題となっている。

福島原発は、人類が初めて経験する、未曾有の原発事故といっても過言ではない状況に陥った。我々は、この事故に対し現代医学が如何に貢献できるのか、日 本学術会議の専門家らと筆者らとの間で、科学者として公開の場での国民的議論を行うことを提案する。見解を作成した日本学術会議の専門家名は明らかにされ ていないが、方針決定には、正確な理解と認識に基づいた科学的議論が不可欠と考える。日本国民がどのような選択をするのか、世界から問われている。

なお、この問題について、筆者らは「Save Fukushima 50」というウェブサイトを開設し、ツイッターでも日英二カ国語での情報提供を連日行っている。ご興味のある方は是非ご参照頂きたい。

Save Fukushima 50

http://www.savefukushima50.org/?lang=ja

Twitter

http://twitter.com/savefukushima50

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原子炉事故緊急対応作業員の自家造血幹細胞事前採取に関する見解

平成23年4月25日
日本学術会議東日本大震災対策委員会

放射線の健康への影響と防護分科会における審議結果を元に、「原子炉事故緊急対応作業員の自家造血幹細胞事前採取に関する見解」をとりまとめましたので公表しました。

http://www.scj.go.jp/

http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/shinsai/pdf/housya-k0425.pdf

日本学術会議は自家造血幹細胞移植が他者造血幹細胞移植に比し、適応のある急性被ばく犠牲者に迅速かつ安全に実施できる利点を有することは理解するが、 福島原発緊急対応、復旧作業に現在従事している作業者に実施できるように事前に採血保存することは不要かつ不適切と判断する。
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以下に日本学術会議による見解の概要、及びそれに対する筆者らの見解を示す。文章中の括弧内は筆者らによる補足である。

●放射線防護対策の視点からの学術会議の見解の概要
(250mSv)の防護の計画管理がなされている状況では、造血障害の発症する2000mSv、造血幹細胞移植が必要な7000mSv以上の急性全身被ばくを受ける可能性はない。

筆者らの見解
原発作業員の放射線防護のモニタリングが適切になされていないことは、既に多くの報道で明らかになっている。また、余震、津波の再発生が想定される状況 下で、事故処理の長期化が見込まれる中、不測の事故が発生する可能性がないと断言することは困難である。注意を要する点は、造血幹細胞移植といっても、他 人から細胞をもらう「同種」移植と、筆者らが提唱する自分自身の細胞を用いた「自家」移植とは、全く異なると言ってよい治療上の相違があることだ(後 述)。米国内科学会のウェブサイトでは、急性放射線症候群治療の国際的臨床ガイドラインが無料公開されているが(文献1)、急性被ばくが7000mSvか ら10000mSvの場合は同種移植が、4000mSvから10000mSvの場合は自身の細胞が保存してあれば、自家移植が考慮されうる旨が当該ガイド ラインに明記してある。さらに、谷口プロジェクトは防護の計画管理と相反するものでは全くない。原発の工学的安全対策の概念と同様に、二重三重の安全策を 設けるという相補的な役割を目的としている。また、現代医学はゲノム研究の進展や実用化に伴い、急速に個別化医療の時代に突入している。放射線の影響に伴 う医学的リスクの個人差に配慮が必要だ。リスクを集団で評価する手法のみでの対策は前時代的と考える。さらに、個別の作業員の家族歴、生活歴、作業期間、 作業練度、人生観や家族の希望等も考慮に入れた、個々の人間の顔に直接接した上での放射線防護対策をとることが、医療の本質と考える。

●緊急被ばく医療の視点からの学術会議の見解の概要
急性放射線症候群の治療計画の中で、造血幹細胞移植は緊急処置とはされておらず、(略)、14-21日後にも強い再生不良状態が継続する場合に造血幹細 胞移植を考慮すべきとしている。(自家造血幹細胞移植という)安全性と効果が証明されていない臨床研究の段階にある医療処置を健康人に実施する医療倫理的 課題を包含する。造血幹細胞を末梢血に動員する当該薬剤は造血幹細胞を刺激する作用を持っており、被ばく時に作用が持続していた場合に放射線誘発白血病の リスクを高める可能性がある。また、当該薬剤は化学療法剤投与によりがんリスクを増やす可能性を示唆する論文(がある)。全身の急性高線量被ばくでは、造 血障害も重要であるが、肺、消化管、神経系など多臓器の機能障害が同時に発症するため、造血幹細胞移植のみで救命できない場合がある。

筆者らの見解
一論文を引用し上記見解が述べられているが、引用論文は急性放射線症候群の医療対策を叙述したものであり、緊急処置とされていないとの解釈は詭弁であ る。また一文献のみの引用による急性放射線症候群の治療計画の解釈には誤認がある。前述の米国内科学会で公開中の臨床ガイドライン中には、造血幹細胞移植 が治療選択肢の一つとして明記してある。同様に、世界を代表する臨床医学雑誌に先日緊急でオンライン掲載された論文でも、議論はあるものの治療法の一つと して記載されており(文献2)、国際的な放射線障害治療ネットワーク組織(RITN, Radiation Injury Treatment Network)のウェブサイトでも同種移植のガイドライン及びプロトコールが公開されている(文献3)。急性放射線症候群の治療計画には、多専門分野に よる多角的検討が必要だ。健常人における末梢血幹細胞採取は既に確立した医療技術であることは、血液内科専門医の中では常識であり、白血病等の患者に使用 する技術を他の対象(高リスク環境下の原発作業員)に応用するのが筆者らの提案である。危機管理の状況下での医療技術を「臨床研究」として実施すること は、それこそ医療倫理的に問題があろう。また、造血幹細胞を末梢血に動員する当該薬剤(G-CSF)の白血病リスクについて言及され、その論文が引用され ているが、もともと白血病を持つ患者やがん患者等の治療で長期にG-CSFを使用した場合のリスクと、健常人にごく短期間G-CSFを使用した場合のリス クを混同している。健常人にごく短期間G-CSFを投与する場合の安全性については、国内外で少なくとも数万人での評価、研究が既に行われている。日本で も骨髄バンクに登録した健常人のボランティアに、G-CSFを使用することの社会的コンセンサスが昨年得られたばかりだ。また、被ばく時にG-CSFの作 用が持続していた場合の理論上のリスクと、被ばく自体の障害との比較考量がなされない議論となっている。なお、筆者らは採取期間短縮のため、G-CSFと は全く作用機序の異なる未承認薬も既に準備している。
さらに、自家移植と同種移植の違いが明確に認識されていない問題がある。同種移植で使用する化学療法剤(抗がん剤)に言及しているのもその現れだろう。 同種移植は他人の細胞を使用することから、白血球型の一致した適切なドナーを探す必要性やその時間、拒絶反応、長期の免疫抑制剤の使用及びそれに伴う感染 症の重篤化、移植片対宿主病による皮膚・消化管・肝障害といった様々な問題を内包する難易度の高い治療法である。ところが、筆者らの提唱する自家末梢血幹 細胞の事前保存、及び有事の際の自家移植にはこれらの問題が全くなく、しかも事故発生時に緊急使用が可能であり、自家移植は同種移植に比べ成功率が格段に 高い治療法と考えられる。また、「救命できない場合がある」ことが造血幹細胞移植を選択しない理由になるのだろうか。チェルノブイリ事故では同種移植が実 施された13例中2例が長期生存したことが報告されている(文献2)。筆者らの提唱する谷口プロジェクトが万全な策ではないことは既に承知しており学術的 に報告済みだが(文献4)、現在の日本の状況下で出来うる限りの医療体制を整えるのが、原発作業員を支える医療者の使命であると考える。

●終わりに
今回の事例は、医療専門家と一般の人々との間で、さらには科学・医療専門家の間ですら、言語や認識の正確な共有に困難さがあることを示している。高度に 発達した現代医療は、さながら「バベルの塔」にもなぞらえられるだろう。科学的に正確な議論に基づくよりよい選択を、我々日本国民が行うことを筆者らは望 むものである。

文献1
Waselenko JK, MacVittie TJ, Blakely WF, et al. Medical Management of the Acute Radiation Syndrome: Recommendations of the Strategic National Stockpile Radiation Working Group. Ann Intern Med. 2004;140:1037-1051.

http://www.annals.org/

文献2
Christodouleas JP, Forrest RD, Ainsley CG, et al. Short-Term and Long-Term Health Risks of Nuclear-Power-Plant Accidents. N Engl J Med, published on April 20, 2011, at NEJM.org

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMra1103676?query=featured_home

文献3
RITN, Radiation Injury Treatment Network

http://www.ritn.net/

http://www.ritn.net/Guidelines/

文献4
Tanimoto T, Uchida N, Kodama Y, et al. Safety of workers at the Fukushima Daiichi nuclear power plant. The Lancet, Early Online Publication, 18 April 2011

http://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736%2811%2960519-9/fulltext

http://download.thelancet.com/pdfs/journals/lancet/PIIS0140673611605199.pdf

筆者プロフィール
平成9年九州大学医学部卒
独立行政法人医薬品医療機器総合機構生物系審査第一部
公益財団法人がん研究会がん研究所嘱託研究員
日本内科学会認定総合内科専門医
日本血液学会認定血液専門医
注:本稿は筆者個人の文責によるものであり、所属団体を代 表するものではない。

連絡先: savefukushima50@gmail.com

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