
医療ガバナンス学会 (2026年1月7日 08:00)
本稿は、2025年11月12日に医療タイムスに掲載された記事を転載しました。
公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦
2026年1月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
東日本大震災から14年が経過しました。福島県いわき市は津波と原発事故の両方の影響を受け、かつて35万人を超えていた人口は、今や約32万人。毎年4500人ずつ減り続けています。
私がいわきで働き始めて7年になります。これまで”起業家病院”こと常磐病院で、「乳がん診療を充実させよう」「若手教育を進めよう」と、「成長」をキーワードにずっと活動してきました。
しかし今、地域の医療が直面している現実は“成長”ではなく“縮小”です。すなわち、「どう撤退するか」を考える段階に入っているのです。
転換点に立つ地域医療を支えるのは何か。
私がたどりついた1つの答えは、制度でも技術でもなく、「そこに生きる人々の“声”と“表現”ではないか」というものです。医療がすべてを背負い込むのではなく、地域の文化や人のつながりの中に“ケア”が生まれるのではないか—。
この思いの実現に向け、2025年11月からトヨタ財団の助成を受けた研究プロジェクトをスタートすることになりました。
■医療でも行政でもない“第3のケア”
活動の舞台は、いわき市の北好間(きたよしま)地区です。ここでは地元の女性たちが月に一度、「北二区ババの会」という食事会を開いています。コロナ禍以降、女性たちは魔よけや無病息災を願う「さるぼぼ」や吊るし雛づくりを続けてきました。一見、手芸サークルのようですが、その場には確かな「ケア」があります。誰かが声をかけ、役割を分け合い、笑いながら手を動かす。その時間が、孤立を防ぎ、心を支え合う“暮らしのケア”になっているのです。
さらに、この活動を支えてきたのが「Igoku(いごく)」という、いわき市をベースとした地域プロジェクトです。アートや表現を通して人と人の関係をつなぐ取り組みが、全国的に注目を集めてきました。
北好間で、地元の方々やIgokuの方々が実践してきた取り組みに、医療や介護の制度だけでは支えきれない“すき間”を埋めるヒントがあるのではないかと考えています。
■「語り」と「表現」からケアを見直す
ここで今回、私たちが取り組む研究テーマは、「語り」と「表現」です。「語り」研究の題材とするのが、震災後、住民と専門家が対話を重ねてきた「福島ダイアログ」です。福島ダイアログは、医療・介護にまつわる無数の“語り”を記録したものです。そこには、制度の限界、支援への不安、そして希望の声が混ざり合っています。これらの語りを丁寧に読み解き、北好間での聞き取りも交えながら、人々がどのように支え合い、生き抜いてきたのかを描き出していきます。さらに、その語りを素材やテーマとして、地域の人やアーティスト、行政職員が協力し、写真・手芸・映像・対話など、さまざまな“表現”を生み出していく構想です。
その目的は、必ずしも作品をつくることではありません。表現を通して、人が再び出会い、語り合い、関係を取り戻す。そのプロセスそのものが重要であり、新しい「ケア」のかたちそのものと考えています。
■ケアを“文化”として支える社会へ
過疎化や孤立が進む日本の地域医療は、制度的な限界に直面しています。
制度や専門職だけに頼らず、地域の人々が自ら支え合う力を文化として根づかせることで、新しい“ケアのインフラ”をつくれるのではないか。
北好間でのこの試みが、“医療を文化の力で支える未来”への小さな一歩になるよう取り組んでいく所存です。