
医療ガバナンス学会 (2026年1月13日 08:00)
福島県立医科大学
放射線健康管理学講座
阿部 暁樹
2026年1月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
なぜ、理学療法士である私が災害関連の業務に深く関わっているのか。それは、私自身の実体験にあります。私の地元である福島県相馬市原釜地区は、15年前の東日本大震災で津波による甚大な被害を受けました。私自身も発災直後、近隣の学校で避難生活を余儀なくされました。親戚や友人の中には、津波によって自宅を失い、持病が悪化したり、精神的にダメージを受ける人がいました。その中で芽生えたのは、「災害時に被災した人の役に立てる仕事をしたい」という強い思いでした。その思いが、現在の理学療法士として、研究者としての活動の原動力となっています。
今回、私たちが作成した「長屋プロジェクト研究成果報告書」は、震災後の相馬市で設立された「相馬井戸端長屋」という公営住宅での取り組みと、そこから得られた知見をまとめたものです。この長屋には、私が幼い頃にお世話になった地域の方々も入居されています。過酷な状況を乗り越えてきた彼らの「生き様」を後世に残したい。本稿では、そのような願いを込めて、本報告書の内容を解説いたします。
2. 震災後の相馬市と「相馬井戸端長屋」の誕生
福島県相馬市は、豊かな漁場と農地に恵まれた人口約3万2千人のまちです。しかし、2011年3月11日の東日本大震災では、最大9.3m以上の津波が沿岸部を襲い、458名の尊い命が失われました。多くの家屋が被害を受け、生存した方々も仮設住宅での住み慣れない環境での生活を強いられました。
震災後、特に懸念されたのが高齢者の「孤立」です。住み慣れた地域コミュニティが分断され、仮設住宅での閉じこもりが増えれば、孤独死や災害関連死のリスクが高まります。当時の立谷秀清相馬市長は、「次の死者を出さない」という強い決意のもと、単なる住まいの確保ではなく、「見守り」と「交流」を育む居住空間の整備に着手しました。こうして誕生したのが、災害公営住宅「相馬井戸端長屋」です。
相馬井戸端長屋は、江戸時代の長屋文化を参考に設計されました。平屋の集合住宅を「コ」の字型に配置し、中央に共有スペース(通称:井戸端スペース)やウッドデッキを設けることで、住民同士が自然と顔を合わせ、声をかけ合える環境を作り出しています。また、ハード面だけでなく、住民の中から「寮長」を選出し、行政や専門職と連携する仕組みを整えたり、共同での食事会や近所の学生と交流会を設けるなど、ソフト面でのコミュニティ形成も重視されました。
3. 長屋住民の皆さんとの関わり
相馬井戸端長屋では、震災当初から相馬中央病院の森田知宏医師(当時)や市の保健師、そして私たち福島県立医科大学の医療チーム(医師・保健師・理学療法士)が定期的に訪問し、住民と交流しながら健康状態を見守る活動を続けてきました。
震災から15年近くが経過しようとしている今も、私は月に1〜2回、相馬市役所の保健師と共に各長屋への訪問を続けています。
住民の皆さんは、「また来てくれたのかい」と温かく迎えてくださり、「最近血圧の調子が良くてね」「こないだフリマで暖かいジャンバーを格安で買ってきたんだ」など、身体のことから生活の些細な出来事まで、幅広い話題を教えてくれます。訪問時には、こうした他愛もない会話を重ねつつ、季節に応じた「フレイル」や「ヒートショック」対策の健康講話や、相馬市が主体的に行っている「骨太けんこう体操」を一緒に行っています。
運動の合間には、「最近膝が痛くて長く歩けないんだ」といった医療的な相談が寄せられることもあれば、「〇〇さん、今週は弁当の当番だよ!」「こないだ役所までバスで行ったら、△△さんと久しぶりに会ってね」といった、住民同士の活発な情報交換も耳にします。震災から歳月が流れ、当初から入居されている住民の方は減少傾向にあります。しかし、私たちが訪問する空間には、医療職がいるからこそ安心して話せる話題と、住民同士の飾らないやり取りが交錯しており、長屋というコミュニティが今も健在であることを肌で感じています。
さらに私たちの研究チームは、この長屋環境が居住者の健康にどのような影響を与えるかについて、継続的な調査を行ってきました。報告書にまとめた主な研究成果は大きく3つに集約されます。
第一に、「心理社会的効果」です。 長屋での生活は、被災者のPTSD(心的外傷後ストレス障害)症状の改善に寄与していることが示唆されました1。同じ被災体験を持つ住民同士が、共有スペースで日常的に語り合うことが、専門的な介入がない状態でも、自然発生的な集団療法のような効果をもたらしたと考えられます。トラウマ体験への慣れや、認知的な処理が共同生活の中で促進された事例が確認されています。
第二に、「生活自立支援の効果」です。 長屋では、軽度認知症を持つ高齢者であっても、近隣住民による見守りやさりげないサポートにより、施設入所をせずに自立した生活を継続できたケースがありました2。また、長屋入居者のデータを解析した結果、入居期間は平均6.39年と安定しており、要介護認定の発生率も低く抑えられていることがわかりました3。互いに支え合う環境が、孤立を防ぎ、結果として健康寿命の延伸に寄与している可能性があります4,5。
第三に、「健康増進効果」です。 長屋と連携した「骨太公園」では、定期的な運動教室が開催され、住民の身体機能維持やフレイル予防に効果を発揮しました6。理学療法士の視点から見ても、生活空間の中に「運動」と「交流」が自然に組み込まれている点は、高齢者のADL(日常生活動作)維持において極めて有効なモデルであると感じています。
4. おわりに
相馬井戸端長屋の取り組みは、震災復興という枠組みに限らず、高齢社会を迎えた日本における「コミュニティ型居住」のモデルケースとしての側面も持っています。「孤立」を防ぎ、高齢者の「健康」を守るためには、医療や介護の専門職による介入だけでなく、住環境のデザインや住民同士の互助機能がいかに重要であるか、長屋の取り組みが教えてくれています。
私自身、幼少期を知る方々がこの長屋で安心して暮らし、笑顔で交流する姿を見るたびに、地域医療・公衆衛生に携わる者として、また一人の相馬出身者として、温かい気持ちになります。今後も、この長屋から得られた教訓を風化させることなく、世界各地の災害後の健康支援や地域包括ケアの発展に活かしていきたいと考えています。
謝辞
本研究および長屋プロジェクトの推進にあたり、多大なるご協力をいただきました相馬市長 立谷秀清様、相馬市職員の皆様、相馬中央病院の佐藤美希様、そして震災当時から長屋の活動にご尽力された森田知宏様に、心より感謝申し上げます。何より、調査に快くご協力いただいた長屋住民の皆様に、深く御礼申し上げます。
【執筆者プロフィール】
阿部暁樹
公立大学法人 福島県立医科大学 医学部 放射線健康管理学講座 講座等研究員・理学療法士。福島県相馬市出身。東日本大震災での被災・避難経験を経て、理学療法士を志す。2020年、国際医療福祉大学 成田保健医療学部 理学療法学科卒業。同年、一般財団法人 総合南東北病院にて、理学療法士として急性期・訪問領域でのリハビリテーションに従事。2023年、福島県立医科大学大学院 修士課程(医科学) 修了。同年、福島県立医科大学 放射線健康管理学講座に所属。現在は、災害後に避難を経験した高齢者における健康影響に関する研究や、被災地住民に対する健康促進事業を行なっている。
【長屋プロジェクト研究成果報告書へのリンク】
https://www.city.soma.fukushima.jp/kenko_fukushi/kenkoudukuri/19150.html
【参考文献】
1.Hori A, Morita T, Yoshida I, Tsubokura M. Enhancement of PTSD treatment through social support in Idobata-Nagaya community housing after Fukushima’s triple disaster. BMJ Case Rep. Jun 19 2018;2018doi:10.1136/bcr-2018-224935
2.Ito N, Kinoshita Y, Morita T, Fujioka S, Tsubokura M. Older adult living independently in a public rowhouse project after the 2011 Fukushima earthquake: A case report. Clin Case Rep. Jan 2022;10(1):e05271. doi:10.1002/ccr3.5271
3.Abe T, Saito H, Moriyama N, et al. Idobata-Nagaya: a community housing solution for socially isolated older adults following the great East Japan earthquake. Original Research. Frontiers in Public Health. 2023-November-22 2023;11doi:10.3389/fpubh.2023.1289552
4.Ito N, Kinoshita Y, Morita T, Tsubokura M. Promoting independent living and preventing lonely death in an older adult: Soma Idobata-Nagaya after the 2011 Fukushima disaster. BMJ Case Rep. Feb 19 2022;15(2)doi:10.1136/bcr-2021-243117
5.Ito N, Kobashi Y, Kinoshita Y, et al. Rebuilding lives in Nagaya, a public housing for older victims of the great East Japan earthquake: An interview survey. Progress in Disaster Science. 2025/10/01/ 2025;27:100446. doi:https://doi.org/10.1016/j.pdisas.2025.100446
6.Yoshida I, Morita T, Ishii T, Leppold C, Tsubokura M. Minimizing Isolation of the Elderly Following the Fukushima Nuclear Power Plant Disaster. Disaster Med Public Health Prep. Apr 2021;15(2):140-142. doi:10.1017/dmp.2020.36