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Vol.26020 福島の医療現場から世界へ伝えた乳がん研究

医療ガバナンス学会 (2026年2月3日 08:00)


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常磐病院
安次冨愛結

2026年2月3日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

私は福島県いわき市にある常磐病院で、乳腺外科医を志す研修医2年目として勤務しています。日々の診療で乳がん患者さんと接する中で、指導医のもとで乳がんと遺伝、ならびに人生の最終段階における意思決定(ACP)に関する研究に関わる機会をいただきました。現在は、指導医である尾崎章彦医師、権田憲士医師とともに研究を進めています。その一環として、2025年12月9日から12日まで、米国テキサス州サンアントニオで開催されたSan Antonio Breast Cancer Symposium(SABCS)に参加し、研究成果を発表しました。

SABCSは、毎年1万人以上が参加する世界最大級の乳がん分野の国際学会です。アメリカだけでなく、ヨーロッパやアジアなど世界各国から医師や研究者が集まり、最新の研究成果や治療の考え方について活発な議論が行われます。会場では複数の講演が同時進行で行われ、広大なポスター会場には多くの研究発表が並び、参加者同士が直接意見を交わす姿が印象的でした。

今回の学会では、私はポスター発表として研究成果を報告しました。私が発表した研究は、福島第一原発事故後に乳がんと診断された患者さんを対象に、遺伝性乳がんに関わるBRCA遺伝子検査の実態を検討したものです。BRCA遺伝子は生まれつき受け継がれる体質に関わる遺伝子で、変異がある場合、若い年齢で乳がんを発症したり、両側の乳房にがんが生じたりすることが知られています。一方で、福島では原発事故以降、「放射線が原因でがんが増えたのではないか」といった不安の声が長く存在してきました。
そこで私たちは、原発事故後に行われた遺伝子検査の結果や患者さんの背景を整理し、放射線被ばくとBRCA遺伝子変異との関連について検討しました。その結果、今回の解析では、放射線がBRCA遺伝子変異に影響を与えたことを示す明らかな関連は認められませんでした。
ポスター発表では、中国やロシア周辺の国々からの参加者を中心に多くの質問や意見が寄せられました。将来的には小児も研究対象として検討する必要性があるのではないかという指摘や、地域に根差した不安と遺伝というテーマを正面から扱った重要な研究であるといった評価の言葉をいただく場面もあり、この研究が国際的にも関心を持たれていることを実感しました。

他の演題を聴講する中で印象に残ったのは、低侵襲乳房切除術に関する大規模な報告です。ロボット手術や内視鏡手術による低侵襲手術では、術後の経過が良好で、手術後早期に起こる出血や感染といった合併症が少ないことが示されていました。低侵襲手術は整容性の面が注目されることが多いですが、安全に手術を行うという観点からも重要な選択肢であり、今後はこうした手術にも臨床の現場で関わっていきたいと感じました。

また、指導医である尾崎章彦医師は、同学会でACP(アドバンス・ケア・プランニング)に関する研究を口頭発表しました。SABCSの口頭発表の多くは、他施設共同研究や、新薬の第Ⅱ相・第Ⅲ相試験の結果など、薬物療法に関する内容が中心です。その中で、ACPというテーマが口頭発表として取り上げられたことは、私にとって非常に印象的でした。患者さんの意思決定や終末期医療に関する研究が、世界的にも注目されているテーマであることを実感しました。
日々の診療を通じて集められたデータが研究としてまとめられ、国際学会の場で発表されていく様子を間近で見ることで、臨床の現場から研究が生まれ、世界に向けて発表されていく過程を学ぶことができました。さらに、その後に行われた海外記者からの取材に私も同席し、日本とアメリカにおける医療制度の違いや、終末期医療・意思決定に対する考え方の違いについて話を聞く機会がありました。実際にアメリカで生活している人々の視点に触れることで、日本にいるだけでは気づきにくい価値観や考え方があることを知り、多くの新たな発見がありました。(1)

学会会場の雰囲気も、日本の学会とは大きく異なっていました。ポスター発表の時間帯には、ワインやビールなどの飲み物が自由に提供され、それを片手に参加者がポスターを見て回る光景が見られました。製薬会社の展示ブースでは、研究紹介に加えてチュロスを揚げたり、アイスクリームを配ったりするなど、参加者を惹きつける工夫も随所に見られました。学術的な場でありながら、海外学会ならではの大胆さやフレンドリーさ、そして陽気な雰囲気を感じる場面でもありました。

学会の合間には、サンアントニオの街を少しだけ歩く時間もありました。会場近くを流れるSan Antonio River Walkでは、川沿いのレストランでナチョスやタコスを食べて、観光用の船にも乗りました。サンアントニオは、メキシコ文化とアメリカ南部の食文化が融合した「テックス・メックス(Tex-Mex)」料理で知られており、一般的なメキシコ料理が比較的素朴な味付けであるのに対し、チーズや牛肉を多く使ったボリュームのある料理が特徴です。訪れた時期はクリスマスのホリデーシーズンで、リバーウォーク一帯はイルミネーションに彩られ、多くの人で賑わっていました。

今回の学会参加にあたっては、研究や発表の機会をいただき、感謝しています。常磐病院では、研修医であっても研究に関わり、国際学会で発表することを自然に後押ししていただける環境があります。今回、国際学会に参加し、自分たちが行っている研究が世界の中でどのように受け止められるのかを実際に知ることができました。一方で、研究の出発点は、日々の診療の中で患者さんと向き合う時間にあることも改めて実感しました。医師としてはまだ駆け出しの立場ではありますが、今回得た経験を今後の診療や研究に生かし、地域で暮らす患者さんにとって意味のある医療につなげていきたいと考えています。

(1)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/86f85a01544e017566b4455999cf02002c1dd07d

 

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