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Vol.26019 システムではなく、人に学べ——医学生・研修医へのメッセージ

医療ガバナンス学会 (2026年2月2日 08:00)


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弘前大学4年
佐々木慎一郎

2026年2月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

●医学生が陥りがちな罠
「大きな病院で、しっかりしたシステムのもとで学びたい」
医学生や研修医がキャリアを考えるとき、多くがこう考える。私もそうだった。私は弘前大学医学部医学科の四年生で、そろそろ初期研修病院を考えるタイミングだ。名の知れた大学病院、整った研修プログラム、確立された教育体制。そこに身を置けば、一人前の医師になれると信じていた。
しかし、福井で出会った実践者たちは、全く違うことを教えてくれた。
優れたリーダーのもとで修行せよ。
これは、医療ガバナンス研究所 理事長の上昌広先生の言葉だ。システムではなく人。組織ではなくリーダー。この視点の転換が、私の中で何かを変えた。

●オレンジホームケアクリニックとは
2011年、福井県福井市に一つの在宅医療クリニックが誕生した。オレンジホームケアクリニック。福井県初の複数医師による24時間365日体制の在宅医療専門クリニックである。
代表の紅谷浩之先生は福井市出身。福井医科大学(現・福井大学)を卒業後、救急医療や僻地医療を経験し、「市内には医療資源が豊富にもかかわらず在宅医療だけスポットが当たっていない」という違和感から、このクリニックを立ち上げた。
現在、500人以上の患者を在宅で診療し、年間140件以上の看取りを行う。福井県の在宅看取り件数ランキングでは1位。医療的ケア児を支援する「オレンジキッズケアラボ」、福井駅前の「みんなの保健室」、長野県軽井沢の「ほっちのロッヂ」など、医療の枠を超えた活動を全国に展開している。
2026年1月、15周年記念シンポジウムが開催された。私はこのシンポジウムに参加するため、福井へ向かった。

●二つの城下町——北前船がつないだ歴史
福井駅から徒歩5分、水堀と石垣に囲まれた福井城址。その本丸に県庁がそびえ立つ。全国でも珍しい、城の本丸に県庁がある街だ。私は青森県弘前市で生まれ育ったが、この景色に懐かしさを覚えた。
実は福井市の街の作りが弘前市とよく似ている。弘前城の外濠側には市役所がある。城が政治の中心だった時代の名残が、現代の行政の中心としてそのまま残っている。
この二つの城下町には、街並み以上の共通点がある。弘前は津軽藩4万6千石の城下町。津軽為信が南部氏から独立し、豊臣秀吉に直談判して領地を勝ち取った——その「外に出て動く」気質は、藩祖の時代から津軽の血に刻まれている。
福井は越前松平家32万石の城下町。徳川家康の次男・結城秀康を祖とする親藩として幕末まで続いた。松平春嶽のもと、橋本左内や由利公正といった人材を輩出し、明治維新の原動力となった。
そして両地域は、北前船の寄港地として栄えた歴史を共有する。
弘前藩の外港・鯵ヶ沢は、藩米を大阪へ積み出す御用港として賑わった。現在も残る白八幡宮の玉垣には、大阪・加賀・越前など諸国の廻船問屋の名が刻まれている。福井からも人が来ていた証だ。一方、福井の三国湊は北前船の一大拠点であり、「動く総合商社」と呼ばれた北前船の文化を育んだ。
江戸時代、両地域は北前船によって人と文化が行き交う関係にあった。では、現代はどうか。

●「システム」ではなく「人」が人を集める
私が福井で見たのは、北前船の文化が現代に形を変えて息づく姿だった。
オレンジホームケアクリニックのスタッフ構成が、それを象徴している。
•福井県出身者:約57%
•県外出身者:約43%
•Z世代(30歳未満)の県外出身者:50%以上
東大病院を辞めて福井に来た看護師もいるという。「ここで学びたい」という意思で、全国から若者が集まっていた。
なぜ、福井なのか。大学病院でもない。有名な研修プログラムがあるわけでもない。
答えは明確だった。「システム」ではなく「人」。彼らは紅谷先生という「動くリーダー」のもとで学ぶために福井を選び、そして活動を広げたのだ。

●国に頼らず、自ら動く——紅谷浩之先生の哲学
紅谷先生の行動指針は明快だ。
2012年、医療的ケア児のための「オレンジキッズケアラボ」を設立した。当時、医療的ケア児を預かる制度はなく、やればやるほど赤字だった。
「この子らが外に出られないのはおかしい」
紅谷先生は制度の不備を嘆くのではなく、自ら動いた。
「制度とニーズがぶつかったら、現場のニーズを優先する。」
これがオレンジの行動指針である。制度は過去の課題を解決するために作られたもの。新しいニーズに対して、古い制度と照らし合わせていたら何もできない。
ここに、医学生が学ぶべき本質がある。国や制度に依存せず、現場のニーズから自ら動く。この姿勢を、教科書やマニュアルから学ぶことはできない。動くリーダーの背中を見て、初めて身につく。

●支援者から住民へ——西谷恵さんの転換
紅谷先生の哲学は、福井に集まる人々に共有されている。
西谷恵さんは、能登半島地震をきっかけに東京から福井県勝山市に移住した若い看護師だ。避難者支援から始まり、勝山市初のこども食堂を立ち上げ、有償ボランティアナース「キャンナスかつやま」を設立した。
注目すべきは、西谷さんが「支援者」から「住民」へと転換したことだ。災害支援は、支援期間が終われば撤収するのが通常である。しかし西谷さんは、支援をきっかけにその地に根を下ろし、新しい仕組みを作った。
西谷さんは、大きな組織のシステムの中で動いたのではない。紅谷先生という「動くリーダー」に出会い、その哲学を共有し、自ら動いた。これが「優れたリーダーのもとで学ぶ」ということの具体だ。

●医療の枠を超える——高桑進吾さんの実践
高桑進吾さんは、オレンジで在宅医として働きながら、長野県小諸市でイタリアンバール「kozorite」を経営している。一見、矛盾するキャリアだ。しかし、高桑さんには一貫したテーマがある。
善く生き、善く逝く社会
在宅医療で人生の最期に向き合う。レストランでは、社会的孤独の解消と、死への意識変容を目指す。医療とは「病気を治すこと」だけではない。人が社会の中で生き、やがて死んでいく過程全体を支えることだ。
高桑さんの実践は、医師のキャリアが「一つに絞らなくてもいい」ことを示している。これも、大学病院のシステムの中では学べない。「医療の枠を超えて動くリーダー」のもとでこそ、見える景色だ。

●内発的動機を引き出す——上村悠さんの組織設計
なぜオレンジには、このような人材が集まるのか。その秘密は組織文化にある。
上村悠さんが紹介した行動指針は二つ。
1.ロックンロール:既存のルールに縛られず、新しいことに挑戦する
2.感情のフィードバック:起こった事実だけでなく「どう感じたか」を共有する
特に「感情のフィードバック」は重要だ。医療現場では、客観的な事実報告が求められる。しかし、「どう感じたか」を言語化することで、自らの内発的動機に気づく。
「やらされる」のではなく「やりたい」から動く。
システムは「やるべきこと」を教える。しかし、動くリーダーは「やりたいこと」を引き出すのである。

●中央依存からの脱却——福嶋輝彦さんの視座
シンポジウムでは、医療以外の分野からも「国に頼らず動く個人」が登壇した。
福嶋輝彦さんは、福井市でまちづくりやエネルギー関連事業に取り組む株式会社「PTP」の代表である。厚生労働相の政務秘書官を務めた経験を持ち、英国セラフィールドなど海外の廃炉措置も研究してきた。
福井県には15基の原子力発電所があり、うち7基が廃止措置に移行している。福嶋さんは指摘する。
「廃炉から出る放射性廃棄物の行き場がない。立地地域が自分たちで地域をどうしていくかを考えなければ、この問題は解決しない。」
2025年5月、福井県・関西電力・日本原電・福井銀行など13者が「原子力リサイクルビジネスの推進に関する包括連携協定」を締結した。地元企業が元請けに近い立場で廃炉工事を受注できる産業構造の構築を目指す動きだ。
福嶋さんはこう語る。「地元企業、行政、県。廃炉に向けてみんなが一歩前に出ていかないと。」
これは医療にも通じる。エネルギー政策は中央が決め、地方は従う。医療政策も同様に、厚生労働省が対策を議論するが、現場の課題は簡単には解消しない。中央に頼っていては動かない。地方から動く個人が、自分たちで地域の未来を作る。

●「どこで学ぶか」ではなく「誰のもとで学ぶか」
日本は世界で最も高齢化が進んだ国である。2025年には団塊の世代が75歳以上となり、医療・介護の需要は爆発的に増加する。2050年には福井県の高齢化率は40%を超える。
この課題に対して、中央政府の政策だけでは対応できない。既存のシステムを学んでも、答えは見つからない。
福井で私が見たのは、「国に頼らず動く個人」による実践の集積だった。
•紅谷先生:制度がなくても、現場のニーズに応える
•西谷さん:支援者から住民へ転換し、新しい仕組みを作る
•高桑さん:医療の枠を超え、「善く死ぬ」文化を作る
•上村さん:感情を共有し、内発的動機を引き出す組織を設計する
•福嶋さん:中央依存から脱却し、地域で考え、行動する
彼らに共通するのは、「システムに頼らない」姿勢である。

●医学生・研修医へのメッセージ
冒頭の問いに戻ろう。
「大きな病院で、しっかりしたシステムのもとで学びたい」——この発想は、間違いではない。しかし、それだけでは超高齢化社会の医療を担う力は身につかない。
システムは「過去の正解」を教えてくれる。しかし、これからの医療には「まだ正解がない問い」が山積している。その問いに向き合い、自ら動いて答えを作り出す力は、現場で動く優れたリーダーのもとでしか学べない。
北前船の時代、人々は「商機」を求めて海を渡った。現代、若者は「学びと実践の場」を求めて地方へ向かう。福井がその目的地になっているのは、そこに「動くリーダー」がいるからだ。
「どこで学ぶか」ではなく「誰のもとで学ぶか」。
この視点の転換が、キャリアを変える。国に依存せず、現場のニーズから動くリーダーを探し、その背中から学べ。
この時代に福井を訪問し、現場と向き合う実践者に出会えたのは幸運だった。そしてこの体験を伝え、広げることが、私にできる「現代の北前船」なのだと思う。

 

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