最新記事一覧

Vol.26018 「自分たちで決める」実感が地域を動かす——福島ダイアログの教え

医療ガバナンス学会 (2026年1月30日 08:00)


■ 関連タグ

本稿は、2026年1月14日に医療タイムスに掲載された記事を転載しました。

公益財団法人ときわ会常磐病院
乳腺甲状腺センター長・臨床研修センター長
尾崎章彦

2026年1月30日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

■放射線からウェルビーイングまで−「対話」による地域課題の共有

前回ご紹介したように私は現在、トヨタ財団の助成を受け、福島県いわき市を中心に、人口減少社会における地域コミュニティの在り方をテーマとしたプロジェクトに取り組んでいます。北好間地区と並び、このプロジェクトの中で重要な位置を占めているのが、「福島ダイアログ」です。

福島ダイアログは、2011年の震災と福島原発事故を受け、放射線防護の専門家が一方的に情報を伝えるのではなく、住民の声に耳を傾け、対話を通じて課題を共有しようとする取り組みです。

東日本大震災後に国際放射線防護委員会(ICRP)が開始した「ICRPダイアログ」を礎に、現在は、NPO法人福島ダイアログとして、いわき市在住の安東量子さんを中心に活動が続けられています。住民参加型の対話を重ねるという基本姿勢をそのままに、放射線の問題にとどまらず、生活の再建や「よく暮らすこと」、すなわちウェルビーイングをどう支えていくのか、コミュニティの維持や住民主体の関わり方が、一貫したテーマとして追求されてきました。

福島ダイアログのこれまでの記録は文章や動画として公開されており、地域の人たちが自身の言葉で、等身大の思いを語っている姿が印象的です(https://fukushima-dialogue.jp/)。

■復興を支えるリアリティと心の“拠り所”

実は、2025年12月6・7日開催の福島ダイアログに、私は初めて参加させていただきました。これまでその膨大な記録に感銘を受け、多くの学びを得てはいたものの、現地参加の機会がないままでした。しかし、現場に足を運ばなければ分からないことが必ずあるはずです。

初日は、JR常磐線富岡駅から隣の夜ノ森駅まで、富岡町内を歩きながら、放射線量を測定する取り組みでした。

富岡町は、北側は福島第一原発のある大熊町・双葉町に隣接、南側には楢葉町との境に福島第二原発が位置しており、いわば2つの原子力発電所に挟まれた土地です。震災直後は町全域が避難指示区域となり、17年に避難指示が解除されました。現在は、町の北東部約12%が帰還困難区域として立ち入り制限が続いているものの、それ以外の地域では居住が可能となっています。

私自身、福島で健康調査や研究に関わってきましたが、実際に測定器を手に取って線量を確認して回る経験はほとんどなかったので、今回の体験は非常に新鮮でした。街中では空間線量がおおむね0.1μSv/h程度である一方、山のほうに入ると0.2~0.3μSv/h程度まで上昇する場面もありました。

特に、アスファルトの道路から土の上に足を踏み入れたとたん、その違いがはっきりと数値に現れました。自分の目で確かめることで、「放射線」という存在が、抽象的な概念ではなく、生活環境の一部として実感を伴って理解できた瞬間でした。

福島ダイアログの原点には、震災後の混乱の中で、住民たちが自ら放射線測定に取り組んできた経緯があります。当時、放射線被ばくは日常生活そのものを揺るがす深刻な問題であり、身の回りの環境や食べ物を測定することは、自分たちの暮らしを取り戻すための切実な営みだった。そのことがリアルに迫ってきました。

自らの手で数値を測り続けることは、過去の出来事を風化させず、繰り返し胸に刻み直す作業です。復興を誓う営みであり決意の時でもあるのです。

もう1つ、強く心に残ったのが夜ノ森の桜並木です。

この桜並木は戊辰戦争後に植えられ、浜通りを代表する景観として親しまれてきました。かつて桜祭りが開かれ、地域一帯は住宅地として賑わっていました。しかし現在はほとんどの住居が取り壊され、更地が広がり、以前のような風景や賑わいは取り戻せていません。

それでも桜並木は、人間の事情とは無関係に、今年もまた美しい花を咲かせるはずです。福島第一原発事故当時に現場で奮闘し続けた人々を描いた映画「Fukushima 50」でも、象徴的に映し出されていました。夜ノ森の桜並木は、単なる景観や名所を超えて、復興の“拠り所”としてそこにあるのです。

何をもって復興と呼ぶのかは簡単ではありませんが、災害後の復興、さらには衰退しつつある日本の地域を考える上で、このような“拠り所”に目を向けることは、極めて重要だと感じています。こうした存在が、人と人とをつなぎ、心を支えていくのだと思うからです。

■自分たちが決められる、もしくはその実感を持てること

2日目には、住民たちの語りを聞く機会を得ました。意見はさまざまでしたが、全体を通して、地域の将来についてトップダウンではなくボトムアップで、住民自身が決めて、関わり担っていくことの重要性が色濃く浮かび上がってきました。

人口減少が避けられず、地域の「終わり」さえも現実として受け入れていかざるを得ないかもしれない。そんな時代だからこそ、地域の在り方を国や行政が一方的に決めるのではなく、住民自身が決められること、あるいは自分たちで決めているという実感を持てることが、これまで以上に大切になってくるのだと思います。

私自身、似た状況を医療の場で目の当たりにし、「自分たちのことを自分たちで決められる、決めている実感」の重要性を、強く意識しています。

病院や医療の在り方は、診療報酬を通じて国の政策に大きく左右されます。24年の診療報酬改定以降、その影響をこれまで以上に強く感じるようになりました。だからこそ、その枠組みの中であっても、自分たちが主体的に関わり、現場をコントロールしているという感覚を持てるかどうか、そしてその感覚を保ち続けられるような運営ができているかどうかが、医療者が幸せに働くための重要な条件なのではないか——。

福島ダイアログに参加して改めて感じたのは、復興や安全性、さらには地域の課題というものは、現場から離れたところで、数値や制度だけで語り尽くせるものではないということです。あくまで現場で、当事者たちによる「生活を取り戻そうとする営み」の中で、「自分たちが自分たちの地域に関わり、現在・未来をコントロールしているという感覚」を持てるかどうかが、ハード整備そのものよりも重要なのではないでしょうか。

震災後の住民の方々による放射線測定という継続的な「営み」や、富岡に残る桜並木のような地域の「拠り所」。そうしたものに目を向け、コミュニティの将来を住民自身が考える求心力とすることで、人口減少とともに衰退しつつある日本社会においても、これまでとは異なる風景や可能性が見えてくるのではないかと感じています。

http://expres.umin.jp/mric/mric_26018.pdf
夜ノ森駅の前で(向かって右端が筆者)

 

MRIC Global

お知らせ

 配信をご希望の方はこちらのフォームに必要事項を記入して登録してください。

 MRICでは配信するメールマガジンへの医療に関わる記事の投稿を歓迎しております。
 投稿をご検討の方は「お問い合わせ」よりご連絡をお願いします。

関連タグ

月別アーカイブ

▲ページトップへ