
医療ガバナンス学会 (2026年1月29日 08:00)
金沢大学医薬保健学域医学類
2年 安野 颯人
2026年1月29日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
●オレンジとは
オレンジとは、「人の暮らしをBe happy!に」をテーマに、国内3県で在宅医療を起点とし、衣食住を含むさまざまな事業活動を展開するオレンジグループのことである。在宅医療を起点としているとはいえ、安易に医療機関と一括りにはできないグループで、活動拠点は12か所に上る。
初めに見学したのが、そのうちの「つながるクリニック」で、当日、そこでは「シーティング外来」が行われていた。これは、オレンジグループの1つである「チェアラボ金沢」というシーティング・ポジショニング専門チームを中心に、完全オーダーメイドの車いす作製を通じて、一人ひとりの世界をぐっと広げるお手伝いをする外来である。
オレンジグループには「オレンジキッズケアラボ」という、医療的なケアを必要とする子ども達の託児所のような施設もある。6歳から18歳の就学中の障害のある児童に対するサポートだけではなく、未就学の幼児も受け入れている点で全国でも珍しい施設である。ここに集まる子どもたちの多くは脳性麻痺などにより運動機能に障害をきたしており、1日のほとんどを車いすの上で過ごしている。
紅谷浩之先生(医療法人社団オレンジ理事長)は、「医学は体の内側(投薬)に答えを求めるが、実は外側(椅子)が健康に及ぼす影響の方が大きいのではないか」という想いから『椅子づくり』を始められた。そして、「自分たちで作ってみようよ」と、グループ内に『椅子づくり』の職人チームをつくり、シーティング・ポジショニング専門チームが誕生したそうだ。確認だが、紅谷先生は医師である。なぜ椅子をつくるのか、なぜ医療機関に椅子づくりの専門チームがあるのか。大学で学ぶ講座には、当然、椅子づくり教室なんてものはない。それは医学ではないからだ。
紅谷先生は、「地域の皆様を、Be happy! に。医療はそのための1つの手段に過ぎない。」と話される。身体がリラックスでき、かつ最高のパフォーマンスが出せる椅子づくりのための作戦会議が「シーティング外来」なのだ。安易に医療機関と一括りにはできないというのは、このためである。一人ひとりを幸せにするために必要とあらば医療を使い、他に必要なものがあればそれをつくっていくグループ――それがオレンジだ。
●11歳の少年との出会い
話を当日のシーティング外来に戻そう。そこにいたのは、11歳の男の子だった。
身体の発育に伴い、3歳から使用してきたバギーでは小さくなり、その新調のために本外来を訪れていた。一通りの採型と、お母さんからの『注文』が終わると、お母さんが一言、「このバギーも小さくなったらどうしよう。もうそこまで大きくならなくていいよ。」と言った。文字面上では過激に映るかもしれないが、お母さんの11歳の息子に対する愛情に溢れた一言だった。
私も11歳の頃、靴が小さくなってしまったが買ったばかりで新しく、「靴が小さくなったから、新しいのを買ってほしい。」と母になかなか言い出せなかったことを思い出した。この少年にとって、車いすやバギーは『医療機器』ではなく、靴や服、メガネと同じように『身体の一部』なのだろうと感じる一幕であった。
今回新調したバギーの他に電動の車いすも使っており、学校ではそれを乗り回して、暴走しているそうだ。「自分で動き回れることの喜びと、転んで怪我をしたときの痛さを、小さい頃に感じてほしい。」紅谷先生はそうお話された。自分の意思で動き、動いたから失敗し、失敗の痛みを知る。体を動かせなくても、電動車いすがあればこれに似た経験ができる。「危ないからやらない」ではなく、「危ないからこそやってみる」。そして、「その失敗から学ぶ」。このような学びをサポートできる医師になりたい、と心からそう思った。
このような話で盛り上がっていると、お母さんがこうお話された。「この子が怪我をするのはいいけど、友達に怪我をさせないかが心配です。」と。これがお母さんの率直な想いであり、恥ずかしながら私には到底想像することもできなかった。患者やそのご家族の想いを汲み取る、なんて言うけれど、そんなことはできもしない幻想なのだと痛感させられた。一人ひとりの「本音」に真摯に向き合うしかない。そう実感した。そして大切なのは、「本音」を話してもらえる関係性が構築できているか、ということなのだろう。紅谷先生をはじめ、オレンジの皆様のこの関係づくりは凄まじい。だからこそ、『文句』ではなく『注文』をしてもられるのだ。
電動車いすにより自由に動きまわれるようになった少年は、その手に入れた『自由』で何をしたかったのか。ある日の体育の授業開始前に整列すると、少年は一人の友達がいないことに気が付いたそうだ。そして、先生のいる職員室まで電動車いすをいつものように暴走させ、その友達の様子を確認しにいった。11歳の少年が『自由』を手に入れてやりたかったことが、『友達の心配』だったのだ。電動車いすで暴走できる環境がなければ、この優しさが形になることはなく、少年の感情が表現される機会はなかっただろう。
ちなみに、この少年はケアラボでもいつも暴走しており、よく怒られているそうだ。当然、そこで飛び交う言葉は、「危ないからやめなさい。」ではなく、「今は遊ぶ時間ではない。」「先に片付けをしなさい。」といった、11歳の男の子が必ず言われるようなセリフである。
この一連のエピソードを私は一切メモを取ることなく、見て、聞いていただけであるが、その全てを鮮明に覚えている。講義室で行われる座学では、一生懸命にメモを取りながら聞いているのにも関わらず、全く覚えられない私が、である。これこそ、『現場』でしか得られない学びである。そして、私には到底想像もできなかった、お母さんの想いや少年の行動こそ、『リアル』なのだ。帰り際に少年が、「静電気の痛さを感じてみたい。」と言った。自分で体を動かす機会も少なく、手の痛覚も人より感じにくいため、経験したことがなかったのだ。
「よし!次は顔で静電気の痛さを感じよう!」と次の遊びの計画がその場で決まった。本人の声に耳を傾けて、それを実現する。これが医療の本質なのだと学ぶ経験となった。最後に少年を囲んで写真を撮ったのだが、11歳の男の子らしく甘えてきたので、思わず頬っぺたをツンツンした。色々な我慢を強いられる局面も多いかもしれない。それでも、少しでもその我慢を取っ払い、いつまでも「やってみたい」の原動力を持ち続けられるように、そこに支援が必要ならば、前のめりで手を差し伸べられる私自身でありたい。
●「使いやすい」ものと「使いたい」もの
シンポジウムの途中に紅谷先生から、オレンジが作製した熊鈴を見せていただいた。目的や用途以前に、そのデザイン性の高さに驚いた。思えば、オレンジのオフィスはじめ、あらゆるものがおしゃれである。つながるクリニックにはみいつカフェが併設されているが、どちらがクリニックでどちらがカフェか分からないほどに綺麗である。ケアラボには医療的ケア児が集まるが、普通の託児所と何ら変わりない雰囲気だ。熊鈴やこれらの施設の見学は、「使いやすいものが、必ずしも使いたいものとは限らないのではないか。」と考えるきっかけとなった。
特に医療・福祉の領域は「使いたい」よりも「使いやすい」が優先されるように感じる。さらに、この「使いやすい」は多くの場合、利用者ではなく管理者の立場で考えられているのではないだろうか。つい足を運んでしまうようなクリニックや、友達と遊ぶのが楽しみで、通うのが楽しくて仕方がなくなるようなケアラボは、使いやすそうというよりもついつい使いたくなるようなデザインであった。
では、安全性といった医療・福祉の観点が考慮されていないかといえば、全くそんなことはない。象徴的なのは、ケアラボの照明である。間接照明が多く、照明でありながら上向きに設置されている場所もあった。それは、ベッドのあるスペースの天井だ。おそらく、ベッドの上で過ごす時間の長いお子さんへの配慮なのだろう。どのような状況でも、どのような場所でも、常に目の前の一人ひとりのために、利益や効率ではなく、ただ目の前の一人ひとりのために。このオレンジの理念から学ぶべきことは多かった。
●最後に。自分たちの手でつくるということ。
1日目の夜に行われた懇親会の後には、上昌広先生(医療ガバナンス研究所理事長)と福嶋輝彦さん(株式会社PTP代表取締役会長)、そして我々若者を交えてホテルの一室で夜中まで二次会が行われた。椅子が足りなければ地べたに座ってお酒を飲む。福嶋さんは、舛添要一氏厚生労働大臣の大臣政務秘書官などを務められた方である。当然、そこには原稿も時程もなく、我々が聞きたいことを好き勝手に質問する。流行りのYouTubeでは決して聞くことのできない『リアル』なお話を聞くことができた。
2日目の朝には、若者は早めに集合して駐車場の雪かきをした。雪国育ちの私にとっては何てことのない日常であるが、ほとんど雪を見たことも触れたこともなかった学生にとっては試練であった。頭脳明晰な東京大学医学部の学生に、脳筋な私が教えることのできる唯一のことが雪かきのやり方なのではないだろうかと感じるほどであった。また、移動中に車がスタックしてしまい、皆で雪をどかして、車を押して脱出することもあった。シンポジウム中に、議論が白熱して時程が大幅に遅れても、その都度柔軟に調整して対応していった。
私はこんな『手作り感』が大好きだ。ハプニングが頻発しようが自分たちの手でつくり出すからこそ学べることがあるからだ。『暴走して、転ぶ』ことでしか得られない学びがあるのは、ケアラボに集まる子どもたちも私たちも同じなのだと身をもって学ぶ経験となった。本シンポジウムの魅力の1つが、偉大な先輩方に圧倒されて、憧れを抱かせてくれることに加えて、熱の有り余った同世代の仲間に出会えることだ。
「自分がやりたかったことは本当にこれなのか。」と救急救命士を辞めてオレンジに入職された方や医師とレストランのシェフという二足の草鞋で活躍される方、都内の名門病院の職を捨て被災地に乗り込み、今なお地域の活性化や町おこしに奮闘される方など、パッションが凄まじい方ばかりである。そんな同世代の輝きが、夢を追いかけて大学に入り直しておきながら、いつの間にか、テストや課題に追い込まれるだけの大学生活を送っていた自分自身に気づかせてくれた。
素敵なご縁をくださる。リアルな学びをいただける。そして、喝を入れてくださる。そんな先輩方や仲間たちに、改めて感謝申し上げたい。
来年のシンポジウムこそは、私も『リアル』なお話ができるように。そんな一年を送っていく。