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Vol.26024 「生成AI」と「外国人」:子ども学・音楽教育学の立ち位置から見る共生の視点

医療ガバナンス学会 (2026年2月9日 08:00)


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岡山県立大学保健福祉学部子ども学科教授
ヴァイオリニスト
安久津太一

2026年2月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

標題の2つのキーワードが、これほどまでに私たちの日常の中で聞こえてくることは、ある意味珍しい社会現象だと感じている。筆者は子ども学・音楽教育学の研究者として、そして教員・保育者養成に関わる大学教員として、日々学校園の子ども達、そして未来の「先生」と向き合っている。ICTの教育現場への積極的導入は使命でもあり、また、多文化共生も学びの中で、いかに深め具現化するか、まさに教育の現代的課題と認識している。

最近はスマホ一つあれば電車の移動中等にも様々なことが学べる便利な時代である。ふとすきま時間に、生成AIの意義をGoogleにワードとして入れてみた。すると「生成AI (Generative AI)とは、テキスト、画像、音声、動画などの新しいオリジナルコンテンツを自ら生成する人工知能」として示された。さらに親切に、その特徴が箇条書きで示されていた。その中で、音楽の立ち位置から、少しだけ気になったのが、人間が思いつかないアイデアを創出したり新たな価値を創造したりするとされていた点である。

今更私が述べることではないが、音楽家やアスリート等、様々なプロフェッショナルは、長年、日々鍛錬して、その中で試行錯誤、苦労を経験する中で、徐々に熟達化する。日本には模倣と創造、守破離など、伝統文化もある。一方で、AIは、まさに瞬時に演奏や音楽を美しく創出することができる。実に素晴らしいことである。しかし、それらの「作品」は、どこかAIに書かせた学生のレポートに似たところがあり、生成される音楽は、美しすぎると言うか、少なくとも筆者に耳には、現段階では何か違和感を覚えるのである。

先人たちが積み重ねてきた技やアートを土台に、今現在、時間芸術と向き合う音楽家たちは、感性を研ぎ澄ませ、その時々最高のパフォーマンスを追求し、さらに不確実な現場の状況にも応じて、臨機応変にひらめきながら仕事をしている。この修練には少なくとも10年は時間を要する。それらの根底には、数百年に亘り、人間が培ってきた「文化」がある。

このようなことを書くと保守的で古い人間と取られてしまうかもしれないが、生成AIが本当に上述の価値の創造を担うのか、未知数だと感じる。膨大なビックデータによる前例の、いわば平均をとって、安全な線を打ち出している気がしてならない。芸術的価値の創造に、どこまで生成AIが食い込んでくるのかは想像もつかず、筆者も興味津々である。研究面でも、現在、演奏家の指の運動の熟達、弦が奏でる微細な音色の感受、生成AIによる画像や音楽と伝統的な表現の融合、遠隔の活用など、さまざまな研究プロジェクトが始動している。生成AIは身近だが、本当の意味での「共生」は、まだまだ道遠しと考えている。

そして「共生」にまつわる話題で、もう一つ、教育現場における「外国人」に関する課題についても考えてみたい。文部科学省が示す多文化共生の方向は、下記の通りである。
外国人の子供たちが将来にわたって我が国に居住し、共生社会の一員として今後の日本を形成する存在であることを前提として、多文化共生が広く謳われてきている。日本人の子供を含め,多様な価値観や文化的背景に触れる機会を生かし,多様性は社会を豊かにするという価値観の醸成やグローバル人材の育成など,異文化理 解・多文化共生の考え方に基づく教育に更に取り組むべきである。

一方、現実世界と言うべきだろうか、街中や、さらにネット上でのここ数か月の風潮としては、やや異なる「外国人」感が、我が国で噴出している昨今だろうか。どちらかというと「外国人」のイメージが、ネガティブに捉えられている傾向が広がっている印象を受ける。

具体的なエピソードを一つ紹介する。帰省ラッシュに差し掛かるタイミングの非常に混雑する東京駅で新幹線を待っていた時である。駅は大行列で人があふれる寸前、ホーム上でさまざまな放送が忙しく流れていたが、ふと放送が英語に切り替わり、耳を傾けると、日本には日本式の整列乗車や譲り合いのマナーがある。外国人は日本のマナーを守るように。守らないと大きな問題となり得るので注意せよ、と言った内容であった。これには「外国人」としてアメリカでの生活経験も有する筆者は、正直なところ、やや違和感を持った。

特にその直前、こんな残念な出来事もあった。初詣並みの混雑を呈していた階下の新幹線改札口で、ベビーカーを押していた日本人の母親と赤ちゃんに向かって、「じゃまだ」と罵声をいきなり浴びせた、日本人の中年男性がいらした。その空気を察して、さっとベビーカーのためにスペースをあけ、譲ったには、すぐ前にいた外国人の若い方々だった。言葉ではなく、アイコンタクトと笑顔、ジェスチャーで、トラブル回避ができたのである。

日本人として複雑な気持ちになった。そもそも美しい日本が、長年培ってきた美徳とは、何であろうか。私は利他の心にそれを求めたい。

日本に近い国、台湾の台北では、日本と同じく整列乗車が見事に徹底されている。一点異なるのは、ベビーカーや赤ちゃん連れ、車いすの方々が、何にもまして社会で最優先となる点である。公共のトイレでも然り、例え行列ができていても、赤ちゃん連れを見ると、即座に人々は先にその方々を通すのである。空港のチェックインカウンターでも、赤ちゃん連れを見つけたら、さっと係員が来て、笑顔でファーストクラスのお客様よりも前、先頭に真っ先にご案内するのである。子ども学の研究者として、子ども真ん中について考えさせられた。

Society5.0は、人工知能(AI),ビッグデータ,Internet of Things(IoT),ロボティクス等の技術が高度化し、ありとあらゆる産業や社会に取り入れられ,生活の在り方そのものが劇的に変わるとされている。AIを教育で取り入れる方法や範囲の議論が始まっている。そして多文化共生の話題も、今後長期的に考える続ける必要があるだろう。

筆者もアメリカ時代、一つ目の大学院を終え、さあ演奏家として芸術家ビザを目指そうと弁護士にも相談して苦労した経験がある。過去の演奏歴をまとめ、一流の芸術家の推薦状を確か30通は集めた。その矢先、無事フロリダ州にあるオーケストラに入団が決まり、ビザが不要となり、「おめでとう」と、弁護士と熱いハグをした日のことを思い出す。

AIや外国人に関する話題が絶えず、多種多様な情報もあふれる今日だが、ふと立ち止まって考えてみたい。そもそも、共生とは、私たち人間が長い歴史の中で培い、身に着けてきた生きる術でもあり、文明の発達の鍵でもある。AIも外国人も、日常の中ではあまり大上段に構えすぎずに、粛々と関わっていきたい。美しい日本文化の創造の歩みを止ないためにも、さまざまな他者、未知の出来事、異文化との関わりを楽しんでいきたい。

 

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