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Vol.26025 医療崩壊はなぜ止められないのか

医療ガバナンス学会 (2026年2月12日 08:00)


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筑波大学/水戸済生会総合病院
千葉 滋

2026年2月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

日本の医療が臨界点に近づいている。2025年6月に放映されたNHKスペシャル「医療限界社会」は衝撃的だった。番組は,東京・吉祥寺における病院閉鎖と,島根県の済生会系列の総合病院で進行する医療の質低下という二つの事例を取り上げていた。吉祥寺の病院は多数の患者に良好な医療を提供し,経営も順調そうに見えながら,建物の老朽化という壁を乗り越えられなかった。一方,島根の病院では医療人材の不足が深刻化し,医療の質そのものが維持困難になりつつある。

番組はこれらを個別の問題として描いていたが,本稿では両者を起点にして,病院が全国的に存続困難に陥っている背景にある共通構造を整理し,医療崩壊を食い止めるために,いま何が議論され,何が議論されてこなかったのかを問う。

●吉祥寺問題―病院の赤字体質

2024年度の調査によれば,我が国では病院(クリニックを除く医療機関)のうち,実に69%が医業利益ベースで赤字に陥っており,補助金や利息等を含めた総収支でも61%が赤字である。黒字病院であってもその利益率が医業収入の1%に満たない例が多数を占めるとみられる。

医業収入の原資は,公的保険,税金,患者自己負担からなるが,自己負担以外の公的負担が90%近くを占める(2023年度:公的保険50.2%,税金37.5%,患者負担12.3%)。こうした構造ゆえ,医療サービスへの対価は診療報酬という名の公定価格で定められ,医療機関が利益を積み上げる余地はほとんどない。この制度下では診療報酬のわずかな調整が経営に大きな影響を与え,損益分岐点に近い医療機関では容易に赤字に転換するリスクを負う。

とりわけ病院においては,設備投資の局面で決定的な問題となる。病院建物の耐用年数は40〜50年とされるが,すでに更新時期を迎えた,あるいは間近に控える病院は全体の55%に達する。一方,建築コストの高騰により,病院新築費用は現在,1病床あたり1億円規模とされる。大学病院クラスでさえ1病床あたりの年間医業収益は5,000万円に届くかどうかが現実であり,仮に利益率を1%とすれば,1病床あたりの利益は年間50万円にすぎない。この全額を建築費返済に充てたとしても,単純計算で償還には200年を要する計算になる。

すなわち,現行制度の下では,病院が自己資金で建物を建てかえることは構造的に不可能である。吉祥寺で地域医療を支えてきた病院が,老朽化への対応を断念し閉鎖に至った背景には,このような病院経営の赤字体質が横たわっている。

●島根問題―地方における医療限界

一方,島根問題の根底にあるのは慢性的な過疎であり,これに連動する医師の都市集中である。いわゆる「医療過疎」という概念自体は1980年代に生まれており,新しい問題ではない。ただ,大学医学部の医局が人事権を通じて地域に医師を配置し,地方医療の質を一定程度維持する役割を果たしていた。しかし2004年に臨床研修必須化が制度化される際,医局人事は「医師の自由で柔軟な研修を妨げている」と否定的に扱われた。その結果,研修医は大学から距離を取り,地方大学の医局は急速に人材の空洞化に直面することとなった。

この変化により,医師偏在を調整する仕組みが実質的に失われ,地方では医療人材の絶対数が不足する状況に拍車がかかった。これは,中核病院においてさえ医療の質が維持できなくなった点で,従来型の医療過疎とは質を異にする。いわば「21世紀型医療過疎」と呼ぶべき状況であり,島根で顕在化した問題はその典型例なのかもしれない。

●地方における再編・統合問題

だが,島根問題はここで終わらない。地方における医療崩壊の背景には,人口に見合わない医療機関の乱立と,それに伴う医療人材の分散という構造的問題がある。ここでは,筆者が日常的に関わる茨城県水戸市およびその周辺医療圏を例に考える。

水戸市の人口は約27万人,周辺の市町村を含む水戸医療圏全体では約45〜50万人規模にすぎない。しかも中心市である水戸市自身がすでに人口減少局面に入り,医療圏全体の人口は今後大きく減少すると見込まれている。一方でこの医療圏には,国・県・日赤・済生会・JAを設立母体とする公的な総合病院が(小児専門病院を除き)5施設存在し,病床数は合計2200床を超える。

病床数の多さ以上に,それが多数の病院に分散している点がより大きな問題である。いずれの病院も十分な専門医数を確保できず,経営は厳しい。加えて,複数施設で建物の老朽化が進行し,新築あるいは大規模更新の必要性が差し迫っている。

ここには,人口減少と過疎化,医師不足(注・2022年統計で茨城県は人口あたり医師数が全国で2番目に少ない),病院経営の悪化,そして巨額の建築投資の必要性,という問題が凝縮している。病院の再編・統合に踏み込まなければ,個々の病院が力尽きる形で消耗していく「自己融解型」の病院崩壊が避けられない。

水戸医療圏では,再編に向けた議論が10年以上にわたり繰り返されてきた。しかし,耐用年数40〜50年の病院建築を前提に,元本返済の目処が立ちにくいという経済構造の下で,設立母体の異なる複数病院を再編・統合するには,極めて高い統治力と調整能力が求められる。その困難を乗り越えるだけの力は,これまで発揮されてこなかった。昨年,茨城県が県立中央病院と県立こども病院の統合を発表したことで,ようやく次のステージに進み始めた。この流れの行く末を注視する必要がある。

島根の事例について,NHK番組内では病院再編や建物の問題は取り上げられていなかった。しかし,現在の我が国ではどの地方でも,病院の再編・統合が避けて通れない課題であり,それに伴って必ず建物の問題が生じる。たとえ現時点では表面化していなくとも,遅かれ早かれ島根でも水戸医療圏で顕在化しているのと類似の病院建築の問題が可視化されるはずだ。そう考えると,島根問題は吉祥寺で起きた混乱とも接点をもつ現象であることがわかる。

●医療費の無駄削減による医療崩壊阻止は可能か

医療費には巨大な無駄が存在するー少なからざる割合の国民がそう感じているだろう。だが,その無駄を削減して病院収入を拡充し,進行する医療崩壊を食い止める,と言う算段は成り立つだろうか。

医療費の無駄削減は,各政党の政策に例外なく掲げられている。しかし,目下の総選挙において各党が声高に主張しているのは,消費税や社会保険料の引き下げである。削減された医療費を病院医療に重点的に再配分するという意見は,いずれの政党からも示されていない。各党の政策を整合的に解釈すれば,仮に医療費の無駄削減が実現したとしても,その成果は病院収入の拡充ではなく,国民負担の軽減に吸収されると理解するほかない。

そもそも無駄削減は,政策目標の中でもとりわけ実行に結びつきにくい類のものである。その理由は明白で,無駄を削減しようとすると既得権の剥奪につながることが多いからだ。とりわけ病院医療への配分拡充を目的とした削減を企図すれば,クリニックの収益構造に踏み込まざるを得ない。だがそこに踏み込むことは,国民の受療行動と医師の職業選択を半世紀以上にわたり規定してきた社会的合意に対する挑戦にもなる。病院医療の危機に対応することをゴールとして,短期間で改変できる性質のものではない。

●適正な医療費総額は?
ここでは,視点を変えてみたいと思う。近年の診療報酬改定は,薬価や材料費を1-2%下げ,本体部分を0.4-0.9%程度上げるという形で,全体ではマイナス改定が続いてきた。これは高齢化に伴う医療費総額の自然増を抑制するという,基盤的な考え方に沿うものである。ただ,企業の平均給与水準が年率3-5%で上昇する一方,医療機関職員給与が据え置かれたままという状況を踏まえると,この枠組み自体すでに限界に近づいている。

こうした背景から,診療報酬は2024年度に本体部分0.88%増となり,その中に給与分が明示された。さらに2026年度は3.09%という大幅なプラス改定が決定している。しかし,それでもなお,老朽化した病院建築や設備投資といった需要を満たすにはほど遠い。加えて,医療の高度化に伴って高額医薬品や医療材料費の増加が医療費を押し上げているにもかかわらず,その影響が十分に織り込まれてはいない。

そもそも,医療費総額の適正水準はどこにあるのか。この問いそのものが,これまで正面から議論されてきたとは言い難い。削減一辺倒の議論が妥当かどうかを検証するためには,国際比較という視点が不可欠である。ただし,国ごとに医療費の定義は大きく異なっており,数字だけを並べた議論は誤解を招きやすい。拡充か抑制かという政策判断のためには,比較対象となっている費用について確認する必要がある。

我が国の2023年度の国民医療費は約48.1兆円で,名目GDP比で8.1%に相当する。しかし,この数値をそのまま国際比較に用いることはできない。国際比較で一般に用いられるOECD『Health at a Glance』の health expenditure は,医療サービスや薬剤・医療材料費に加え,疾病予防費用,介護費用の一部,救急搬送の費用,さらには厚生行政にかかる言わば間接経費までを含む,より広い概念で定義されている。OECD定義に基づくと,2023年の我が国の health expenditure は約60.3兆円,GDP比では10.2%となる。さらに各国間の制度や経済等で調整した後の数値では,2023年の我が国の health expenditure はGDP比10.7%と整理されている。

医療費の国際比較においては,この10.7%という数値を用いるほかなく,この水準はOECD加盟38か国中10位に位置する。米国の16.7%は明らかに別格として除外し,次に高い水準にあるドイツやスイスは11.7%である。日本との差は1%程度にすぎず,10位といっても10.7%という数字が特に低いとは言えない。だが一方,GDP比で見る日本の医療費は,突出して高いと言える水準ではない。

他方,同年の一人当たりの health expenditure に目を向けると,様相は異なる。我が国の一人当たり health expenditure は48.5〜51.1万円と算出されており,購買力平価で補正後の米ドル換算では4,800〜5,600ドルに相当する。この指標での順位はOECD諸国中19位であり,米国の約40%,次いで多いドイツやスイスの65〜70%程度にとどまる。もちろん,我が国の一人当たりGDP自体がOECD諸国中22位であることを踏まえる必要はある。ただ,それを考慮しても,日本の一人当たり health expenditure は,北米・欧州・豪州の多くの国と比べて見劣りする水準にあると言わざるを得ない。

GDP比に立ち返って,仮に health expenditure を1%程度上積みしたとしても,先進諸国の上位群にやっと追いつく程度である。2023年の名目GDP約591兆円の1%はおよそ6兆円に相当し,国民医療費ベースで見るとhealth expenditureの約80%だから5兆円弱と算出できる。この規模の上積みは,診療報酬改定で議論される調整幅より一桁多い。もしこの規模の資源を病院医療に的確に配分できるのであれば,医療崩壊を食い止める現実的な選択肢となり得るのではないか。

●民間保険はパンドラの箱か
国民医療費を5兆円増やすという議論は,すべての政党の主張と逆行している。何はさておき財源がない,と一笑に付されるのがおちだろう。「持続可能な制度改革が必要だ」と多くが認めても,公的保険料の引き上げ,増税,患者自己負担増のいずれにも強い反発が起こることは必至で,民主主義政治が内包するポピュリズム傾向に押し切られると容易に推察できる。

では三者以外の財源はないのか。その候補として民間保険が多くの人の目に留まっているはずだ。民間保険の活用となると,国民皆保険・横並び診療(混合診療の禁止)の原則と相入れない部分が生じる。基本的人権や平等という憲法規定に抵触する,という議論が巻き起こることも,想像に固くない。米国では民間保険が医療制度の中核を担っているが,この制度が格差を生んでいることは広く知られている。日米の医療制度を単純比較すれば,公平性やアクセスの平等性において日本の方が優れていると感じる国民が多数派だろう。筆者自身も,その評価にはおおむね同意する。

だがそれでも今や,民間保険活用を現実的な政策選択肢として正面から議論すべき時に来ていないか。日本国民が享受している,アクセスの平等や公平性という長所を最大限に残す形で民間保険を取り入れるという選択肢は,制度の持続可能性を確保するうえで一つの合理的な方向ではないだろうか。民間保険による支払いが医療費全体に占める割合にシーリングをかけることで,国民皆保険を維持することはできるのではないか。

制度設計には複雑な課題が伴うことは言うまでもないし,負の側面を十分に踏まえる必要もある。さらには,格差が拡大し医療の質がかえって下がるという事態にも警戒する必要がある。しかしそれらをすべて含めて,議論する知恵と意志を持つべきだ。国民の相当数は,何らかの生命保険に加入している。支払っている保険料は,すでに千差万別だ。貧富差が最小になるように制度設計を行った上で,生命保険に医療費の一部をカバーする機能を持たせるなど,叡智を結集して道を切り拓くべきである。議論を先送りしたまま時間だけがすぎれば,選択肢そのものが失われる可能性がある。

 

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