
医療ガバナンス学会 (2026年2月16日 08:00)
本稿は、2025年9月15日に医薬経済に掲載された記事を転載しました。
医療ガバナンス研究所理事・常磐病院医師
尾崎章彦
2026年2月16日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
根拠とされるのは、17年にニューイングランド医学誌に報告されたCREATE-X試験である。同試験は、術前化学療法(アンスラサイクリン/タキサン)後に病理学的残存浸潤がんを認めたHER2陰性乳がんを対象とした。標準治療にカペシタビンを追加する群としない群を比較した結果、無病生存・全生存の双方で統計学的に有意な上乗せ効果が示された。とりわけTNBCでのベネフィットが大きく、毒性は手足症候群など既知で、管理可能と判断された。
日本と韓国で実施された試験だが評価は国際的にも高く、国内外のガイドラインでも推奨されている。ところが、日本の保険診療には未収載である。
筆者自身、これまで数例に自費でのカペシタビン補助療法を行った経験がある。すでにジェネリック薬が普及していたため薬剤費負担は抑えられたが、混合診療との境界に触れる懸念は常につきまとった。とくに副作用により入院管理が必要になった場合、その医療費の扱いが自費の取り扱いになってしまう点は、患者にも医療側にも心理的・実務的負担となる。
なぜ有効性が示されたにもかかわらず保険収載に至っていないのか。その核心は、CREATE-Xが厳格な治験(GCP)としてではなく、「日常診療」の枠組みで運用された点にある。独立モニタリング、監査といったGCPの基盤要件を満たさないため、得られたデータは規制上、適応拡大の直接的根拠として扱いにくい。結果として、学術論文上の有効性と、患者が実際に公的保険下で享受できる医療との間にギャップが生じてしまったのだ。
ただ、この試験の性格をより実務的な視点から眺めると、「研究の体裁を取りつつ、日常診療を梃子に実施された販促的取り組み」という側面も浮かび上がる。すなわち、研究費で賄うべき試験薬費用を、公的保険と患者自己負担で請求・補填している。術後補助療法としては未承認のカペシタビンに対し、総額約1億円がカペシタビンの売上げとして計上されてしまったのだ。これらの取扱いは、国民皆保険制度の運用上の空隙を利用したものと筆者は考えている。
そもそも、GCPに沿わない実施と保険請求という流れからみて、中外製薬の主眼はカペシタビンの売上げ拡大だった可能性が高い。研究結果にかかわらず売上げが立つ設計となっており、その狙いは結果的に達成されている。
もちろん、中外製薬には、医師・研究者との関係づくり(いわゆる「お付き合い」)という狙いもあったと考えられる。公開情報によれば、中外製薬から研究を実施した日本乳癌臨床試験グループ(JBCRG)に1億円、研究支援NPOの先端医療研究支援機構(ACRO)に2.36億円が拠出されていた。しかし、論文では資金提供者として中外製薬の名は明記されず、ACROやJBCRGといった受け皿団体だけが記載されているのみである。中外製薬からの金銭提供を隠匿していると言われても仕方のない記載方法だったと言えよう。
また、論文著者レベルの利益相反開示も不十分であった。筆者らが21年に発表した調査では、日本人著者12人中11人が製薬企業との金銭的利益相反を適切に開示していなかった。
これらの問題は、試験の結果そのものに直接結びつくわけではない。しかし、周辺の運用にこれだけ課題がある以上、調査の中身だけは無傷だとみなすのはやや楽観的に過ぎる。最終的に署名の是非は各人に委ねられるが、こうした情報がしっかりと届き、理解されたうえでの判断であったと願っている。