
医療ガバナンス学会 (2026年2月18日 08:00)
この原稿はAERA DIGITA(2025年12月10日配信)からの転載です
https://dot.asahi.com/articles/-/271444
内科医
山本佳奈
2026年2月18日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp
もちろん、アメリカでもインフルエンザは毎年流行[※3] します。ただし、国が広く、州ごとに状況が大きく異なるため、全国的に「インフル流行」のニュースになることはあまり多くありません。一方、日本では、医療機関や学校からのデータが定点的に集められる仕組みが整っており、学級閉鎖や欠勤の増加といった「生活への影響」が把握しやすいという特徴があります。
こうした「見えやすさ」も、日本でインフルエンザが季節の話題として定着している理由の一つなのだと思います。背景には、日本社会が感染症に対して高い関心を持ち、細かく情報を共有する文化があることも影響しているのでしょう。そのため、冬になるとインフルエンザのニュースが日常の一部として、自然に受け入れられてきたのだと感じます。
●インフルエンザ流行には複数の要因
科学的にみると、インフルエンザの流行には複数の要因が重なって影響するとされています。とりわけ 気候や絶対湿度が重要な役割を果たしており、絶対湿度が低いと流行が始まりやすい ことが、米国での大規模な解析研究で示されています(Shaman et al., [※4] PLOS Biology 2010)。
そのほかにも、人口密度や人の移動パターン(Balcan et al., [※5] PNAS 2009)、学校の休暇による接触パターンの変化(Eames et al., 2011[※6] )などが流行の広がり方に影響します。特にアメリカでは地域ごとに生活環境や気候が大きく異なるため、流行が「非同期」で起こる ことが特徴です(Viboud et al., [※7] Science 2006)。実際に CDC の FluView を見ると、ある州では活動レベルが高くても、別の州は静かなままという状況が毎年のように見られます。
私のいるサンディエゴは、冬でも気温が高く、沿岸部では相対湿度が60〜70%と比較的高めに保たれています。温かい空気は多くの水分を含むため、空気中の水分量(絶対湿度)は 7〜9 g/m³ 程度と、日本の冬(東京では 3〜5 g/m³ 程度)に比べて明らかに高いのが特徴です。こうした絶対湿度の違いがインフルエンザの空気中での生存性に影響することは、アメリカの研究で示されています(Shaman et al., 2010[※8] [※9] )。肌では乾燥を感じても、科学的にはウイルスが長く空中にとどまりにくい環境といえます。
一方、サンディエゴから車で1時間半ほどのところにある、ドジャースの本拠地として注目されるロサンゼルスも沿岸地域で、冬の絶対湿度はサンディエゴと同様に高い水準にあります。ただ人口が多く、都市部では人との接触頻度が増えるため、局所的な流行は起こりやすくなります。それでも「寒さ×乾燥」がそろう日本の冬とは異なり、アメリカ西海岸では流行が一斉に立ち上がることは少なく、地域ごとに緩やかに広がる傾向があります。
このような「地域ごとの立ち上がりの違い(非同期性)」については、米国の疫学研究でも、人口分布や都市構造、移動パターン、さらに局所の気候条件が流行のタイミングをずらす要因になる と報告されています(Viboud et al., 2006[※10] [※11] )。
●その国ならではの流行
公共交通機関の「密」が感染拡大の一因になるのは確かですが、日本の地方都市のように、車社会でもインフルエンザは毎年のように流行します。つまり、電車の有無だけで流行の違いを説明することはできません。実際には、気温や絶対湿度(Shaman et al., 2010[※12] [※13] )、人口密度や移動パターン(Balcan et al., 2009[※14] [※15] )、学校の休暇に伴う接触パターンの変化(Eames et al., 2011[※16] [※17] )、ワクチン株の一致度(Belongia et al., 2016[※18] [※19] ) といった複数の要因が重なり合って、その国ならではの“流行の波”を形づくっています。こうした要因の組み合わせが異なるため、インフルエンザの流行パターンは国ごとに独自の姿になるのです。
近年の研究では、学校の長期休暇により子どもの社会的接触が減少し、その結果としてインフルエンザなどの呼吸器感染症の伝播が一時的に抑制されることが示されています(Eames et al., 2011[※20] ; Eames et al., 2012[※21] )。このため、休暇期間中に小児の感染報告が減少し、休暇明けに接触が戻ることで流行の時期が変動する可能性が指摘されています。さらに、休暇期間中の帰省や旅行により人口の移動が増えることで、ウイルスが地域間で広がりやすいと考えられています。
実際、CDC FluView の監視データでも、年明け以降に地域的な流行が拡大するパターンが観察される年があります(CDC FluView[※22] )。こうした複数の要因が組み合わさることで、アメリカにおける流行パターンは複雑になり、予測が難しくなるとされています。
こうして比べてみると、日本とアメリカで異なるのは、インフルエンザそのものというより「流行の見え方」なのかもしれません。日本の冬には「寒さ×乾燥×全国一律の生活リズム」という条件がそろうため、全国でほぼ同時に流行が立ち上がります。一方、気候も暮らし方も地域によって大きく異なるアメリカでは、流行の始まり方や広がり方がそろわず、州ごとにまったく違う表情を見せます。同じウイルスでも、国が変わればこれほど姿を変える——そのこと自体が、私にはとても興味深く映るのです。
【参照URL】
[※2]https://news.ntv.co.jp/n/kyt/category/society/ky43b8adca9d494a9cbd2faac22c82159a
[※3]https://www.cdc.gov/flu-burden/php/data-vis/index.html
[※4]https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.1000316
[※5]https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.0906910106
[※6]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21624781/
[※7]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16574822/
[※9]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20186267/
[※11]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16574822/
[※13]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20186267/
[※15]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20018697/
Epidemics. 2011;3(2):103–108.
doi:10.1016/j.epidem.2011.03.003
[※17]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21624781/
[※18]Belongia EA, Simpson MD, King JP, et al.
Variable influenza vaccine effectiveness by subtype: a systematic review and meta-analysis of test-negative design studies.
Lancet Infect Dis. 2016;16(8):942–951.
[※19]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27061888/
[※20]https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/21624781/
[※21]https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1002425
[※22]https://www.cdc.gov/fluview/index.html
https://dot.asahi.com/articles/-/258394