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Vol.163 釜石湾沿岸地域での医療支援から感じたこと ~釜石の槌音~

医療ガバナンス学会 (2011年5月9日 06:00)


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東京大学大学院新領域創成科学研究科
サステイナビリティ学教育プログラム
修士課程2年
廣瀬雄大
2011年5月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp


巨大津波で深刻な被害を受けた岩手県釜石市で、医療ボランティアとして活動した東京大学サステイナビリティ学修士2年の廣瀬雄大です。
釜石市では、50日を経た今でも、市職員がガレキ撤去や安否確認に追われています。一人でも多くのボランティアを全国に求めたい、それが釜石市災害対策 本部の本音だと思いますが、全国メディアは同市の状況をほとんど報道していません。このため、ボランティアの人数が少なく復旧作業が遅れがちになっていま す。たしかに、釜石は東京から560キロほど、高速道路 東北道を下りてから険しい山道を越えなければ辿り着けない地域ですが、あまりに情報が少ないのではないでしょうか。一人でも多くの方に状況を知って貰い、 それにより復旧への支援がさらに強化されることを期待して、同市の現況を報告したいと思います。

【東北地方太平洋沖地震から約50日】
震災からこの50日間、主に陸上自衛隊第7師団災害派遣隊と釜石市災害対策本部職員が、全力で作業に取り組んでいるが、港湾地区は未だガレキの山である。YouTubeで注目を集めたあの大型貨物船も釜石港湾合同庁舎前の道路に乗り上げ、座礁したままになっていた。
「安否確認及び遺体回収作業のため人材を急募したが、高額日給を申し出ても誰一人として応募がない。我々だけでは人手が足りないから作業がはかどらない」 と市職員は話した。さらに、現場では、倒壊した家屋から出てくるアスベストや海底から運ばれた微細な泥が渾然一体となって空気中に舞っており、容易に呼吸 器をやられてしまう。また、ほとんどの被災者は、自分の家の撤去作業に立ち会いを希望するから(行方不明者がまだ900人を超える状況で当然だ。家族が発 見されるかも知れないのだから)、高齢者も多い立ち会い人にも配慮しなくてはならない。作業がはかどらなくて当然と思った。
また、別の職員は「工場からガスタンク等が大量に流れてきており、危険物や毒物を含むため専門業者でないと手がつけられない」と話す。震災直後は、どれ が危険物で何が汚染物質なのかもわからないまま撤去作業に取り組んでいたそうだが、国や専門家の呼び掛けにより市職員による作業は中止されている。一方 で、釜石市に撤去作業に来る専門業者は少なく、身動きの取れない日々が続いている。

【現地での医療支援活動】
4月29日(金)から5月1日(日)にかけて、自らも被災者でありながら復旧活動に取り組む釜石市災害対策本部職員やガレキの中で不明者を捜して奔走す る地元消防団員らの健康を守るため、JR東京総合病院 小林一彦医師と瀬戸健診クリニック(www.setokenshin.jp)が”釜石市災害対策本部特別健康診断”を行った。健診は、問診票記入―胸部レ ントゲンー血圧測定―医師による診察―血液検査の順で行われ、私は問診票の確認や血圧測定を任されることとなった。
この健診には隠れた目的があり、それは自らを省みず頑張っておられる関係者の方々に、問診の合間に感謝とお礼のメッセージを(それとなく)伝える、とい うものであった。これは医師でもある立谷秀清市長(福島県相馬市)の発案で、実施するのは相馬市に続き釜石市で2件目とのこと、相馬市では高評価を得たら しい。私もすごく良い活動だと思った。ところが、このプロジェクトの肝といってもよいその部分が、私に託される事になったのである。

健診が始まると、元気な挨拶で入室してくる方もおられたが、ストレスと疲労が溜まった表情の方が多いと思った。
「あれ、いつもよりも血圧が高い気が・・・、今の最高血圧は通常の20くらいは高いです。いやになっちゃいますね。」血圧を測定していると、ほとんどの方はこうつぶやき、これを呼び水に世間話が始まる。少しでもストレスの軽減に繋がればと思い、必死に耳を傾けた。
初めは怖い話を聞き出すことが逆にストレスになるのではと心配していたが、そうとばかりは限らないらしい。自分から話す場合には聞き役に徹することにし た。消防署本部で働く30代の男性は当時の状況をこう語る。「3月11日の巨大地震で大津波警報が出て、しばらくして水が来たけど、どうせ自宅の1階が浸 水する程度だろうと思っていた。しかし津波は止まることなく勢いを増し、みるみるうちに水位が上昇して、自宅を飲み込むばかりか丸ごと流されてしまった。 2階に上っていた私は、水が胸の上まで来て頭が天井に押し付けられていた。もう死ぬと思った。たまたま電柱に引っ掛かり、そばにあったコンクリート造ア パートの屋上に飛び乗って助かった。本当に運がよかった」。
血圧測定から小林先生の診察までの合間、僅か3~4分ほどの時間ではあったが、。精一杯ポジティブなメッセージを(非言語的に)伝えるよう努力したつもりだ。震災後中々できなかったのだろう、趣味や特技などの話が盛り上がると笑顔が浮かび、聞いている私も嬉しくなった。

【町の風景と復興に向けて】
町の風景の中では、自衛隊が設営した入浴施設が印象に残っている。釜石のそれは”すずらんの湯”と名付けられ、震災から8日後には災害対策本部前の公園 で利用できるようになっていた。例のモスグリーンのテント製で無骨な感じがしたが、なかなかによい湯らしい。タオルや石鹸、下着類は支援物資から利用する ことができ、裸で行っても大丈夫だ。ボランティアにも開放されているため、入ってみようと近くまで行ったが、これはあくまで被災者のためのもの、と遠慮す ることにした。テント越しに子供のはしゃぐ元気な声と母親の叱る声が聞こえ、この町は必ず復興できると確信した。
自粛ムードなどと言われているが、消費でも貢献できないだろうか。そう思った私は釜石市の特産品を探すことにした。釜石は特産品が多く、もちろん魚介類 が有名だ。釜石駅前の”駅前橋上市場 サン・フィッシュ釜石”は4月29日より平常営業を再開しており、中の定食屋で食べた海鮮丼は絶品だった。残念ながら私は料理をしないので、折角の新鮮な 魚介類も土産に買うことはできない。その代わり、お饅頭の「かもめの玉子」を3箱購入した。「かもめの玉子」は、釜石というより岩手県の名物であるが、義 援金キャンペーンを行っているのが良かった。「かもめの玉子」は取り寄せもできるので、皆様も購入されてはどうだろうか (www.saitoseika.co.jp)。

釜石市の人々は、心優しく親切で、負けずにがんばる精神力を備えている。被災者の方々を思うと本当に心が痛むが、町中に満ちていたのは、悲しみではな く、復旧への槌音だった。私は、全国からの支援があれば、かならず釜石は復興すると感じた。微力ながら今後も支援活動を継続してゆきたい。

廣瀬雄大(ひろせ ゆうた)
愛知県出身。17歳からオーストラリア・メルボルンに8年間滞在。メントングラマー高校とメルボルン大学(工学部化学工学科と商学部経済・金融学科)を卒業し、2010年4月から東京大学にてサステイナビリティ学教育プログラム修士課程在学中。
連絡先:hirose@sustainability.k.u-tokyo.ac.jp

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