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Vol.26036 medu4時代に医学生だった私

医療ガバナンス学会 (2026年3月2日 08:00)


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常磐病院初期研修医
金田侑大

2026年3月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

「medu4が終わるらしい。」

医師国家試験の対策は、ここ十数年で大きく変わった。かつてはYear noteという参考書を片手に、過去問を周回することが合格への王道とされていた。しかし、出題範囲の拡大や出題傾向の多様化に伴い、近年の医師国家試験は、単なる“暗記力”だけでは太刀打ちできない様相となってきた。実際に、私が受けた第119回(2025年)の合格率は92.3%と全体として高水準な一方で、一般・臨床問題の合格ラインは70%台後半に迫るところまで上昇している。

その裏にあるのが、医師国家試験予備校の存在だ。medu4もその一つで、Dr.穂澄氏が2015年に立ち上げたオンライン講義プラットフォームだ。穂澄氏は東京大学医学部を卒業し医師免許取得後、外資系コンサルティング会社勤務や研修医の経験を経たのち、medu4の代表として全講座の講義を務め、自身でも経営者としての役割を担ってきた。その動画講義とPDFテキストをiPad等で視聴・活用するスタイルは、通学という制約を超え、「どこでも学べる」国試対策を可能にし、これまで多くの受験生を支えてきた。

実は、日本で「試験に通るための医学教育」が立ち上がったのは、明治初期の医術開業試験の時代までさかのぼる。「エリートコース」として制度設計され、卒業生は原則として無試験で医師免許を得られた帝国大学医学部に対し、医術開業試験は合格率はおおむね1~2割と超難関で、「前期3年、後期7年」と言われるほど長期の準備を要し、そのために済生学舎のような予備校的医学校が全国に次々と生まれた。これらの私学の一部はやがて私立医科大学へと発展し、「正規の大学」と「試験対策」の境界は当時から必ずしも明確ではなかった。

戦後の医師国家試験が始まってからは、通学型の大手予備校が模試や講義で「国試対策」を標準化し、やがてDVDや衛星配信の時代を経て、オンライン動画講義中心のスタイルへと移行していく。 2020年代に入ると、medu4やメディックメディアのQ-Assistといった動画講義が主流となり、4年生頃から日常的に動画を視聴して、基礎を固めることが”王道”と認識されるようになった。 実際、直前期の一部受講を含めれば、医学生のほぼほぼ全員が何らかの予備校講座を受講しているともされ、もはや予備校は例外的な選択ではなく、標準装備と言ってよい状況になっている。
これが、国家試験の合格点を引き上げる要因になってしまっている点なのが悲しいが、私もご多分に漏れず、medu4にどっぷり、お世話になった。大学時代、インターンに留学に、大学の外に勉強の場を求めていた自分に、人並みの医学知識を与えてくれたのは、medu4に他ならなかった。

そんなmedu4が、2028年3月末をもって全サービスを終了すると公式に発表された。これに先立ち、2025年12月末で新規講座の購入・視聴期限延長の受付を終了することも明らかになっている。

なぜこのサービスが終わるのかについては公式には理由は語られていない。しかし、いくつかの構造的な変化が背景にあるのではないかと、私は感じている。一つには、教育サービスを取り巻く市場環境の変化がある。medu4が登場した2015年当初、オンラインに特化した国試対策はまだ珍しかったが、近年ではQ-Assistなどの競合サービスが台頭し、シェア競争が激しくなっていると言われている。また市場そのものが飽和状態に近づき、新規ユーザーの獲得が難しくなっていた可能性がある。

さらに、ChatGPTをはじめとするAI技術や生成AIの進化も学習環境に影響を与え始めている。当時、といってもまだ1年前だが、その頃はまだAIにも頼れなかった。私が学生の頃、初めて一般向けの生成AIであるChatGPTがリリースされたが、リリース当時の医師国家試験での正答率は、私の調査ではまだ約55%程度と、とてもじゃないが、パーソナル家庭教師には程遠かった。しかし、今ではChatGPTの正答率はほぼ100%、大量の過去問やガイドラインを横断し、受験生個々の弱点に応じた解説を提供するようになりつつある。このような台頭も、医師国家試験予備校の在り方に影響を与えていないとは言えないだろう。

でも、当時はmedu4だけが拠り所だった。私の医師国家試験は、毎日、親の顔よりも講師の穂澄氏の顔を見る、そんな半年間の戦いだった。

国試本番まで半年余りに迫った8月10日、私はようやく本腰を入れて国家試験の勉強を始めた。

なぜ8月10日だったのか。その日まで医学教育学会があった。私は4年生の頃から毎年参加し、当事者の視点で、医学教育を見つめ直す時間を大切にしてきた。だが今年は決めていた。これを境に、学校の外での学びから一度決別する、と。医師国家試験という、最も内向きで、最も制度的な試験に真正面から向き合う、と。

そうして始めた勉強だったが、現実は甘くなかった。それまで周囲の同級生たちはすでに過去問を何周もし、講義動画も見終え、着実に力を積み上げているように見えた。出遅れた自分だけが、まだスタートラインにも立てていない、そんな焦燥感が、胸の奥を締めつけた。

medu4の動画を再生すると、軽快な講義の声がイヤホン越しに流れてくる。だが、整理されたはずの知識は、私の頭の中ではただの情報の洪水だった。自室の机に向かい、iPadに収められたテキストを前にする。もしこれを紙で印刷したら、いったい何センチの厚みになるのだろう。そんなことを考えるだけで気が遠くなった。何から手をつければいいのか分からない。文字は目で追っているのに、内容がまるで頭に残らない。理解できない自分に、静かな絶望を覚えた。

周囲と比べて、自分はあまりにも遅れている。そう思うと、大学の自習室へ向かう足が止まった。あの空間では、皆が当然のように問題を解き、最新の講義情報を共有し、前へ前へと進んでいる気がした。そこに、準備不足の自分が入り込む余地はないように思えた。

「一緒にやらないか」と誘われても、「一人の方が集中できるから」と笑って断った。本当は違う。ただ、できない自分を見つめることが怖かった。

最初の数週間、私は部屋に閉じこもり、昼夜を問わず机に向かった。静かな空間に響くのは、時折再生されるmedu4講義の声だけ。孤独は、音を持っていた。

深夜、窓の外に瞬く街灯をぼんやりと眺めながら、自分だけが世界から取り残されたような感覚に襲われる。努力しているはずなのに、前に進んでいる実感がない。その心細さは、想像以上に重かった。

独りきりの限界を感じるのは、そう遅くなかった。ある秋の日、意を決して自習室の扉を叩いた。

自習室には、同じように国試に向き合う仲間たちが座っていた。机の上には過去問集、書き込みだらけのテキスト、誰が置いたのか分からないお菓子の袋。そこには“完成された優等生”ではなく、不安と戦う等身大の学生たちがいた。

「おう金田、頑張ろうな」

毎朝決まった時間に席に着く。昨日より一問多く解ける。昨日より一つだけ理解が深まる。その小さな前進が、やがて自信の種になった。

自習室に通うようになって、札幌の街も私の生活の一部になった。朝、病院のドトールで湯気の立つコーヒーを買い、眠い目をこすりながら自習室へ向かう。昼休みには仲間と味噌ラーメンをすすり、「あの問題、引っかけだったよな」と笑い合う。夜遅く、氷点下の空気の中で頬を刺す風を受けながらコンビニの肉まんを頬張る。その温もりが、なぜか誇らしかった。勉強だけの毎日だと思っていたが、振り返れば、そこには確かな生活の色があった。

1月。
私は同じ自習室のI君と究極MAPの口頭試問を始めた。

究極MAPは、medu4が医師国家試験直前に配信する総まとめ講座だ。各科目がA4用紙1枚にまとめられ、出題頻度の高い知識が視覚的に配置されている。medu4によれば、この究極MAPだけでも直近の過去問の約70〜80%をカバーできると言われており、私の代の医師国家試験受験生の3割が受講していた。直前期に“どこを攻めるべきか”を示す最短ルートとして、膨大な国試範囲を「ここに集約した」と言い切る潔さがあった。

私はそれを、すべて印刷した。iPadで見るだけでは足りなかった。紙にして、机に積み上げ、物理的な“厚み”を感じたかった。緑のチェックペンで、覚えるべき語句を塗りつぶしていった。一枚、また一枚。塗り終えたら、赤シートで隠す。雪道で転びながら、肌身離さず、いつも眺めて歩いていた。それを、I君と互いに確認し合った。

「これは絶対落とせないな。」

彼の声が重なる。問いを出し、答え、間違え、修正する。ただそれだけのことを、毎朝8時30分、自習室に集まって2人で続けた。medu4をやっていないS君も、文句ひとつ言わずに過去問に向き合いながら私たちの口頭試問を聞き流し、ときおり鋭い質問を挟んだ。

みんなで前に進んでいる感覚があった。知識が「思い出すもの」から「取り出せるもの」に変わっていった。

そして迎えた国家試験当日。会場はアパホテルだった。

分厚い問題冊子を開いた瞬間、心臓が一気に速くなる。

そのときだった。

問題文が、I君の声で再生された。

「ここはポイントだから必ず覚えておけよ。」

あの冬の口頭試問の声が、鮮明に蘇る。

張り詰めていた頭の中が、すっと整っていくのを感じた。孤独だと思っていた勉強の日々は、決して一人きりではなかった。

試験後、出口でI君と合流した。

私は開口一番、こう言った。

「ありがと、お前の声で再生されたわ。」

I君は一瞬驚いた顔をして、笑った。

「俺はさ、金田の声、聞こえなかったわ。」

軽く言ったが、その奥には少しだけ緊張が混じっていた。

2日目。

この日は試験後、I君が先に言った。

「今日は金田の声、聞こえた!!」

その一言で、胸の奥がほどけた。互いに違う不安を抱えながら、それでも毎日同じ問いを重ねてきた。

誰も一人で戦っていたわけではなかった。

試験を終え、アパホテルの会場を出ると、冬の空気が火照った体を冷やした。I君はじめ自習室の仲間たちと「お疲れ様!」と声を掛け合い、それぞれの帰路につく。半年間、積み重ねてきた時間が、ようやくひとつの区切りを迎えたのだと開放感に浸った。

そして、私はそのまま釧路に逃亡した。自己採点だの、ボーダー予想だの、そんな言葉を一切耳に入れたくなかった。雪の街を、ただあてもなく歩いた。半年間、張りつめていたものが、ようやく静かになった気がした。

「medu4が終わるらしい」という知らせを見たとき、あの冬の空気がふっと蘇った。

問題文が、誰かの声で再生されたあの瞬間。あのとき私は、自分が一人ではなかったことを知った。

medu4は終わる。ただ、あの冬に私が学んだのは、単なる試験対策ではなかった。

知識は一人で詰め込むものではない。問いを重ね、声を交わす中で、初めて自分の中に定着する。

私はあの時間の中で、医師になった。

【金田侑大 略歴】
常磐病院初期研修医1年目。北海道大学医学部卒。
今年は帝京平成大学での医師国家試験応援に参加し、受験会場が想像以上に祝祭ムードだったことに驚く。自分のアパホテル会場はもっと殺伐としていた…気がするが、それは単に自分の人生をドラマ化したいだけかもしれない。
大学に入っても予備校と模試から逃れられず、さらにAIに追い越されるという現代医学生フルコースを経験済み。最近は「正答率以外の価値」で生きる方法を模索している。

 

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