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臨時 vol 16 高久通信「ワクチン療法の新しい展開」

医療ガバナンス学会 (2009年1月31日 09:48)


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高久史麿

※この記事は月刊誌「安全と健康」よりご許可を頂き転載させていただいており
ます。


この連載では、生活習慣病の予防につながる医学記事を主に紹介してきたが、
今回は新しい医学の流れの一部をご紹介したい。

ワクチン療法というと誰でも思い浮かべるのは感染の予防である。最近、特に
東南アジアで鳥インフルエンザが発生し、このワクチン療法が話題になっている
が、従来から百日咳、麻疹、脳性小児麻痺等の感染症に対するワクチン療法が行
われてきた。いずれも感染症の原因となる細菌やウイルスの形を変え、無毒化等
してからヒトに注射し、その結果起こる抗体産生等の免疫反応を利用して、病原
性のある細菌やウイルスの感染を予防する方法である。

最近、このワクチン療法に、生活習慣病やがんの治療に応用しようとする新し
い流れが出てきた。その中で特に注目されているのは、高血圧に対するものであ
る。この仕事はスイスの研究者たちによって2008年に報告1)されている。
もともと高血圧の発症にはアンギオテンシンIIという体内物質が大きく関係して
いるが、これにウイルス由来の物質を付け加えて注射することによって、アンギ
オテンシンIIに対する抗体を生体内に作り、血圧を下げようとする試みである。
このワクチンを0、4、12週目に1回皮下注射することによって血圧の低下を
維持することができたと報告している。高血圧に対しては、通常毎日錠剤を服用
する治療が行われるが、高齢者の場合、薬を飲むのを忘れることがある。今回の
ワクチン療法は4週間に1回程度通院して血圧を測定し、その時ワクチンの注射
を打てばよいので、便利な治療法といえよう。日常的に使われるようになるのに
はまだまだ時間がかかると思われるが、新しい高血圧の治療法として注目される。

もう1つ、認知症の主要な原因であるアルツハイマー病に対するワクチン療法
が近年注目されている。アルツハイマー病では脳中にβ-アミロイドというタン
パクが蓄積し、これが神経細胞を破壊して認知症が起こると考えられている。そ
こで、あらかじめ動物実験でその有効性を確認した後に、認知症患者にβ-アミ
ロイドワクチン療法を行った。最近発表された論文では、患者が亡くなった後の
脳を調べたところ、ワクチン療法を受けた患者では確かに脳中のβ-アミロイド
は消失していたが、認知機能の低下や寿命はワクチンを打たなかった患者と変ら
なかったという2)。ワクチン療法の開始の時期やβ-アミロイドそのものをワ
クチンとして使うことの問題点等もあり、認知症のワクチン療法には残された課
題が多いが、認知症に対する全く新しい療法として興味深い。

この他、各種のがんに対する新しいワクチン療法もいろいろ話題になってい
が、別の機会に譲りたい。

●プロフィール・たかく ふみまろ
1954年東京大学医学部卒。72年自治医科大学教授、82年東京大学医学
部教授、88年同医学部長、95年東京大学名誉教授、96年自治医科大学学長、
04年日本医学会会長。医療の質・安全学会理事長。

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